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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
凍結機士編(後編)
120/121

絶望の後に来る希望

11KB……何故俺はこんなにも無駄な時間を……




 空が、歪んだ。

 否。

 歪んだように見えただけだ。


 次の瞬間、黒い空が――

 一気に、削り取られた。


 無数に群れていた蜂型イミニクス。その三分の一ほどが、突如として軌道を失い、空中で押し潰される。

 重力。

 圧倒的な、重力空間の渦。

 見えない手が、蜂の群れをまとめて握り潰したかのようだった。


 ぐしゃり、という音が遅れて届く。

 羽音が、悲鳴に変わり、やがて潰える。


「……っ!!」


 ナレッシュは、思わず息を呑んだ。

 あの現象に、覚えがある。

 間違いない。


「勇者……!」


 コースケ殿。

 四代目の勇者、オトナシ・コースケが――やった。


 希望、という言葉が、胸の奥で微かに灯る。


 勝てる。

 俺達は……勝機を、手にしたのだ!


「弓部隊ッ!! 今だ!!」


 ナレッシュは薙刀を振り上げ、叫ぶ。


「落ちた奴から叩け!! 空を全部見るな! 目の前の敵を殺せ!!」


『『『応ッ!!!』』』


 弓が鳴る。

 矢が空を裂く。

 体勢を乱し、中には飛ぶことを忘れて落下した蜂型イミニクスが次々と撃ち抜かれていく。


 一本。

 二本。

 三本。


 矢の消費と、落ちる蜂型イミニクスの数は同一。

 確実に、敵は減っている。


 ――やれる。


 ナレッシュはそう判断した。

 ならば、自分が前に出る。


「俺が道を開く!」


 薙刀を構え、踏み込む。


 氷弾を放ち、羽を凍らせる。

 接近してきた個体は、薙刀で叩き落とす。


 一体。

 二体。

 三体。


 斬る。

 撃つ。

 踏み潰す。


 体は、まだ動く。息は荒いが、戦える。


 十体。

 二十体。

 三十体。


 そろそろ動きが鈍ってくる。

 一息つき、血まみれとなった刃を再び背中にマウントし、予備の薙刀を引き抜き、構える。

 ここより後ろは、我らの大切なる非力な人々の空間。

 何を賭しても、これだけは守り抜かなければならぬ。


 他の近衛兵と戦い、接近したイミニクスを切断する。

 背後で、大きな歓声が上がった。


「すげぇ……!」

「いけるぞ!」

「英雄様がいる!!」


 ――英雄。


 その言葉に、ナレッシュは一瞬、歯を噛み締めた。


 トホ領の英雄。

 それは、今の時代、誰もが口にする俺の呼び名。

 勇者ではない。

 だけど、勇者並の活躍をする、俺を称える名声。


 それが、誇らしかった時代もある。

 英雄、そう呼ばれることで、カイラの旦那としての尊厳を持てるような気もしていた。

 だけど。


 ここのところ、ナレッシュはミスが続いていた。

 例えば、シュロックの麻薬騒動。

 自分が最初から勇者の聖剣探索に同行していれば。あるいは、何かを変えられたのかもしれない。少なくとも、勇者殿まで巻き込むことは無かった。

 例えば地下に向かった決死隊の取りこぼし。

 このムー大陸における通例だ、と考えるのは簡単だ。

 しかし。それでも、コースケ殿はやってのけた。

 人の生命とは尊いものだ。コースケ殿は、容易くそれをやってのけてみせた。それは、あるいは異世界の常識なのか、それとも……

 例えば、カイラへの襲撃。

 一度、ナレッシュはカイラの元に辿り着いていたはずなのだ。だからこそ、蟻型イミニクス――今回は蜂型もいたが――の襲撃を警戒し、もっと多くの近衛兵を残していくべきだった。

 悔いても悔いきれない失態ばかり。

 今、大型イミニクスに向かわせた兵士たちをこの屋敷に帰還させることは出来ない。それではせっかく育った戦意を、萎えさせる結果となろう。

 だから、この場は、己たちだけで収めなければいけない。

 この、イミニクスたちの襲撃を。

 

 無理?

 絶望?


 そんな言葉は、このムー大陸の兵士たちには存在しない。

 俺たちは、やる。

 必ず、果たさねばならない。

 何故ならば。

 それこそが、ムー大陸の「銃後の人を守る」という、100年前に定めた伝統を守ることなのだから。


 その後方の人たち……武器を持たぬ非力な住人たちは、屋敷に退避させている。

 屋敷はカイラ指導のもと、ナレッシュの氷結の門(ゲート・オブ・チル)を含め、近衛兵たちの多くがバリアを展開し、守護していた。

 後方の守りが万全ならば、後は戦場で戦う兵士たちの出番だ。

 近衛兵たちも弓部隊たちも、必死に応戦している。

 ここまでの戦いに間違いはない……と、思う。

 不安は、自分に自信Fがないからか?

 ナレッシュは周囲に迫る黒色を切り刻みながら、己の心に問いかける。


 ――俺は、ミスをしていないだろうか?


 分からない。

 ひょっとしたら、また何か、間違いを犯しているかもしれない。

 だけど、それでも戦わなくちゃ。

 それこそが、このムー大陸に暮らす人々を守る、たった一つの法なのだから――


 

「ぎゃあああああっ!!!」


「――っ!!」


 その瞬間。

 悲鳴。


「ごふっっ!!」


 視界の端で、弓兵のうちの一騎が叩き落とされる。

 蜂型イミニクスの放った尻尾の針が、地面に倒れた兵士のコクピットに直撃したのだ。


「下がれ!!」


 叫ぶが、遅い。

 槍状の針が、コクピットを貫通している。

 血が、噴き上がる。

 巻き起こる、死の臭い。


「……っ」


 一人。失った。

 誰かは分からない。鋼鉄の鎧は兵士たちに十二分の活躍をさせるパワーを与えるが、個別識別がしにくいという難点もある。

 今の兵士は、とつい考えてしまう自分の思考を首を横に振って拒否。

 戦いはまだ続く。

 ならば、自分のやるべきことは一つだけ。


「気を取られるな!! 続けろ!!」


 ナレッシュは怒鳴る。

 自分自身に。


 あの兵士は、たまたま、運が悪かっただけかもしれない。

 けれど。

 これまでの戦意を、萎えさせるわけにはいかない。


 止まるな。

 止まったら、終わる。


 だが――


「ナレッシュ様!! 右!!」


 反応が、遅れた。


 羽音。

 至近距離。


 避けきれない。


 刹那――

 割り込んできた影。


「がはっ……!」


 近衛兵が、代わりに刺された。

 声を聞けば、誰かは分かった。

 名前こそ知らないが、いつも自分の未熟を恥じて努力しようとしている、頑張り屋。

 そんな、彼の機体が。

 胸に、針を。


「な……!」


 唖然とするナレッシュを安堵させるかのように。

 兵士は、笑った。


「……守れ、ましたか……?」


 答える暇はなかった。

 その体は、力を失い、崩れ落ちる。

 二人目。

 失った。

 胸が、重くなる。

 腕が、鈍る。


 それでも――


「まだだ!!」


 ナレッシュは吠える。


 薙刀を振るう。

 氷弾を撃つ。


 だが、蜂は多い。

 数が、減らない。

 撃ち落としているはずなのに、空の黒は薄れない。

 黒い障壁は、威圧感を保ったまま――

 むしろ――増えているようにすら見える。


「……くそ……っ」


 呼吸が、追いつかない。

 念動力が、削られていく。


 三人目。

 四人目。


 誰かが倒れるたび、心臓が締め付けられる。

 おまけに、三人目も四人目も、屋敷を守護するバリアの使い手だった。

 必然、屋敷を守護するバリアが減り、敵の針が段々と、深く屋敷に迫る結果となる。


 それでも。

 それでも――


 吠えるナレッシュを嘲笑うように。

 膝が、がくりと落ちた。


「……っ」


 力が、入らない。

 視界が、揺れる。

 薙刀を地面に突き立て、どうにか身体を支える。


 立て。


 立て。


 立て――


「ナレッシュ様!!」


 叫び声。

 だが、応えられない。


 体が、言うことを聞かない。


 息が、苦しい。

 息を吸う度、あるいは吐き出すたびに、喉が毒素でも受けたかのように痺れる。

 肺が、燃える。

 本当に炎の塊を吸い込んでしまったかのように、肺の奥底が焦げ付いている。

 ああ。


 ここまで、か。


 頭の中に、浮かぶ顔。


 シュロック。

 イルカ。

 街のみんな。


 そして――


 カイラ。


「……すまない……」


 誰に向けた言葉か、自分でも分からなかった。

 蜂型イミニクスが、こちらへ集まってくる。

 尻の針が、鈍く光る。


 終わり。


 ――いや。


 まだだ。

 まだ、終わらせない。

 この背後に、何がある。

 屋敷がある。

 カイラが、いる。

 ならば。


「俺は……負けるわけには、いかないのだ……!」


 血を吐くような気分で、告げる。

 本音を言えば、今すぐ逃げ出したかった。

 己を包む責任の重さから、立ち去りたかった。

 けれど。

 幼少期、グレイサードを任されたという矜持。

 様々な高等教育を受けさせてもらった感謝。

 その上で、英雄と呼ばれるほどに人々を助けてきたという自負。


 もうナレッシュは、子供ではない。

 大人であることを求められたのだ。

 誰に?

 領主に?

 否。

 カイラに、求められた。

 ならば……


 ナレッシュは、歯を食いしばる。

 血の味がした。

 その時。


「ナレッシュ!!!」


 呼び声。

 懐かしい、兄貴分の叫び声。

 顔を上げる。

 そこには――




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