大樹機士の協力を得て、氷結機士は反撃を開始する
遅くなりました。22kb……想像以上に長くなっちゃったな……
「あなた……大丈夫?」
「うぅ……酷い寒気がする……頭痛もだ。これが、レフィラインの効能なのか……」
機体を運ぶトラクターの中で、樹甲店の店長・シュロックは大いに震えて側で支える妻のイルカを驚かせていた。
ナレッシュの注文の品を届ける矢先の出来事であった。
現在、トラクターは樹甲店の若い者に運転させており、シュロックは後ろでふんぞり返る立場であった。
しかし時間が経過するにつれ、強烈な寒気と頭痛に見舞われる結果となり、シュロックはモヒカンの頭部を支えて呻く。
「くそぉ……」
「あなた、少し車を止めて休憩しますか?」
「馬鹿野郎、そんな暇あるか! イミニクスどもは屋敷のほうまで侵攻しているそうじゃねぇか、じゃあさっさと駆けつけてやらねぇと……うぅ」
ふらり、と意識が飛びそうになり、慌ててイルカがシュロックの身体を支える。
「と……とにかく、ナレッシュのもとにダッシュだ。急げよ、運転手!」
「りょ、了解っす!」
運転席をばんばん蹴られることに辟易としながら、運転手が店長の望む通り、可能な限りのスピードで飛ばす。
そのスピードが夫に悪影響を与えないか確認しながら、イルカはそっと、ため息を吐き出した。
「……はぁ。まったく、困った主人ですこと」
そうして、車はスピードを上げて前進しだした。
目指すは、領主ドゥルーブの娘、カイラの屋敷。果たして、間に合うのか否か……
結論から先に言わせてもらうと、ギリギリのところで間に合った。
「ナレッシュ!」
「……シュロック!?」
眼前にいる、ナレッシュは。
薙刀を地面に突き刺し、本当に具合が悪そうなのを押し隠すように、周囲の人間にゲキを飛ばしていた。
ああ。もう本当にこの子は。
と、うっすらイルカは涙ぐむ。
かつて、まだナレッシュがシュロック一味だったとき。
領内に、悪質な風邪が流行ったときがあった。
当然、路地裏にたむろする子供たちにも流行って。
路地裏は一面、風邪の患者がたむろする救護施設に早変わりした。
そこで、ナレッシュは平気な顔をして、年少の子供たちの看病を行い……
そしてイルカが気付いた時には、風邪が重症化して、道の隅で倒れ込んでいた有り様だった。
(あの子……また無理をして……!)
いつだって。
いつだって、ナレッシュは本音を語ることはない。
自分が苦しいのに、自分より苦しい子供のことを想い、自分の苦しさをひた隠しにして看病する、そんな子供だった。
だから。
「ナレッシュ、息継ぎをして!」
「……!」
「呼吸を正常に! 日常で、貴方が行っていることよ!」
「……」
「ほら、すー、はー。すー、はー」
「……すー、はー。すー、はー……」
イルカの呼吸につられ、ナレッシュの呼吸が収まっていく。
正しい呼吸の仕方を、ようやく思い出したらしい。
……まったく。
と、イルカは胸を撫で下ろす。
「とにかく、これで状況はこちらのものとなりました。貴方?」
「お……おぉ。そうだな、ナレッシュ! お前に、お届け物だ!」
「俺に……? ……むっ」
ナレッシュは首を捻る。
イルカの発する言葉に、理解が及んでいないのだ。
だが、ナレッシュが放り投げたものを見て、顔色を変えた。
あれは。
あれは。あれはナレッシュの、グレイサードを強化する、必勝の……
「お……おぉぉぉぉ!!!」
ナレッシュは叫び、空中へ跳んだ。
そして、それを背面でキャッチする。
そして、背中に空いたソケットにそれを取り付け、地上へと落下した。
夕暮れの頼りない日光を浴びた、それは……
それは……
デザインの面で言えば、単純なものであった。
ただ、両腕が生えるだけ。
追加の両腕。三本目と、四本目の腕。
まるでインド神話を思わせるような多腕となりて、地上へと降臨した。
……だらりと、力なく両の腕を垂れ下げたまま。
多腕。それはムー大陸において禁忌。
人は二腕しか持たぬ。ゆえに、ナーカルもまた二腕が常識。
理由は単純。
我々の腕が、二本でしかないからだ。
機体は、自分の意思で操作するシステムとなっている。
故に。例え四腕四足の機体があったとしても、本人が操作出来るのは二腕ニ足まで。
それが、機体を操る上での常識だった。
しかし――例えば。
その人間が、四腕四足の使い方を熟知していたとするならば。
あるいは――その人間が、抜群の才能を発揮して、四腕四足を可能とするならば。
それは、まさしく――多腕の英雄という、まったく新しい伝説の始まりとなるだろう。
そして――
「ナレッシュ! 蜂が……!」
「ぬぅん!!!」
イルカが警告するより早く。
ナレッシュは、行動を開始していた。
力なく垂れ下がっていた両の腕に意識が灯ると同時、がくんと両の腕が起動し、腕を持ち上げる。
まるで、生きているかのごとく。
あるいは、その四本の腕の姿こそが、ナレッシュの正しい姿だったのか?
新たな第三、第四の腕が背中にマウントしている薙刀を引き抜き、構える。
――それは、本当にインド神話が顕現したかのような、3つの武器を構える戦士の姿。
その姿、シヴァか、ヴィシュヌか、あるいはプラフマーか。
兎にも角にも、現代に蘇った化身が、その力を振るう。
両腕で握った薙刀で、正面に迫る蜂を突き刺し。
第三の右腕で握った薙刀で、右側に降下した蜂を切り払い。
第四の左腕で握った薙刀で、左側に接近した蜂にカウンターを入れる。
全ては、一瞬の出来事であった。
だというのに――ナレッシュは、見事やってのけたのだ!
普通、新装備には、試運転という期間があるはずなのだが……
この天才児には、そんなものは無用ということか。
「行けるな、ナレッシュ!」
「応よ! 我が友の創り出した兵装、十全に使いこなしてみせる!!!」
シュロックの言葉にナレッシュが応じ、そのまま四本の腕で3つの薙刀を巧みに使用し、周辺に群がる敵を切り裂いていった。
……まったく。
麻薬の影響が未だ残っているだろうに、それを感じさせぬ覇気。
こういう「上がる」状況だと、口調が荒々しくも貴高い人物になるところまで、昔のままだ。
「よし! イルカ、俺はバイザードで出撃する! 用意してくれ!」
「とっくに、用意出来ていますよ!」
そして。
トラクターで運んできた機体、バイザードを起動させる。
バイザードは上半分の胴体しかない機体。だから、上半身は通常通りパイロットと意識を同調させ、その上でシュロックは足元に『ワイルドハント』の操作パネルを設置してある。
即ち、左足を前に重量をかければ、狩人ハーンが射出され、右足を後ろに重量をかければ女王ボウディッカが射出される、そんな単純な仕組みなのだ。
ちなみに、胴体は「しなる金属」として有名な最新科学の技術の粋、『ブエフレル・メタル』によって構成されており、本当の植物のようにしなり、形状を記憶しているかのように元に戻る。
この金属が最新式だけあってお高く、つぎ込むシュロックをグーパンチでぶん殴ったりしたものだが……
「よっしゃ、バイザード、起動! ギターは省略!」
「気を付けて!」
兎に角、シュロックはバイザードで出撃した。
敵は無数。ここに来るまでに空を覆い尽くしていた、蜂形なる奇妙なイミニクスが相手だ。
初対面の相手は、当然気をつけなければいけない相手。
ああ、でも。
この二人ならば。
「行くぞ、ナレッシュ!」
「お前が付いてこい、シュロック!」
始まる、二人の演目。
まるでそこがダンス・フロアであるかのように、二人は周囲を駆け巡り、蜂型イミニクスたちを尽く惨殺していく。
ナレッシュは、背中の第三、第四の腕を最初から生えていたかのように巧みに操り、襲いかかる蜂たちを尽く皆殺し。
シュロックは四つの砲塔のうち、三つを利用して蜂たちを追い詰めていた。
本人曰く、聖剣は最後の手段らしい。
そんな『男の野望』に思わずため息が漏れてしまう、実利主義のイルカだったが……
みるみるうちに敵の数が減っていき、周辺の騎兵たちの士気も高まった。
「おお! 行けるぞ!」
「ナレッシュ様、そして見知らぬ機体よ、感謝致す! これで首の皮が繋がった!」
「この勢いで、敵の攻撃を跳ね返すのだ!」
声援を受けながら、がくん、とグレイサードが膝を崩す。
「……くそ、視界が……二重に……!」
やはり、まだ本調子ではないのか。
はらはらしているイルカの気心を知らず、ナレッシュは再び戦線を維持し始める。
しかし。
敵もこの二機のメカニックが強敵だと判断したのか、攻め方を変更してきた。
その場にいた全員、尻の針を一定方向に向ける。
そこにあるのは――
「……! 狙いは、屋敷か……!」
そう。
敵は、彼らが命を賭して守らんとする屋敷を、いかなる手段かターゲットとして選出したのだ。
「させ、るか……!」
針が射出される……や否や、ナレッシュが凄まじい速度で針の前に出現し、その四本腕を器用に操って針を撃ち落としてしまう。
その攻撃速度は、まさに四臂如来のごとく。
蜂の群れは特に慌てた様子もなく、己の針を自己再生させていく。
……ミツバチは、一度針を刺したらそのまま死んでしまうというけれど。
この蜂型イミニクスはそれ以外の蜂がモデルなのか、一発撃っただけで死亡してしまうことはなかった。
いや、モデルとかあるのか、定かでは無かったが……
とにかく、とにかく、この調子でいけば、蜂たちは殲滅出来る。
「行けっ、ナレッシュ!」
「俺も応援してくれ、妻よ!」
「えぇ……仕方ない、頑張れ、シュロック!」
「よっしゃ! 頑張る!」
現金な夫の姿に微笑みを浮かべつつ、イルカは握り拳を大きく掲げた。
大声を張り上げる。
かつての大親友の、晴れ舞台に。
「負けるな、二人とも!!!」
その、蜂たちは。
かつては、小型イミニクスと人が呼ぶ生物として誕生したものだった。
それが、あの『ボトム・ドゥードゥルバグ』と呼ばれる生物に食べられ。
気付いたら、こうなっていた。
現状、彼らに明確な意思は存在しない。
ただ、彼らの『主』の命令のまま。
狙う敵を襲う。それだけの存在なのだ。
「ギキィ……」
全員、狙いだった屋敷を撃った針を回復させる。
我らの自己再生能力ならば、針を放った後、もう一度針を再生させることなど容易い。
ゾンビのような、服従性を保ったまま。
彼らは霞がかった思考で、尻を再び屋敷に向けて……
「ぬ……させるかっ!!!」
瞬間、ナレッシュが敵の動きに気付き、三刀の薙刀を振るう。
薙刀はその極大にまで膨れ上がった剛力を発揮し、瞬時に5体のイミニクスを斬殺した。
しかし、手が足りない。
撃ち落とす。
斬り裂く。
叩き潰す。
だが――
減らない。
数が減らない。やがて、敵は尻に力を込め……
「氷山氷柱!!!」
仕方なく、ナレッシュは念動力を発動。
自分の左右に氷の柱を創り出し、壁とする。
そして柱の中心、立ちはだかる自分が、
「ぬぉぉぉぉ!!!」
武装を振り回し、迫りくる針を打ち落とす。
まさに、神技。
縦横無尽に埋め尽くす、刃の軌跡。飛ばされた針が、グレイサードの周囲に転がっていく。
「ギギィ……」
周囲の蜂型イミニクスたちは、焦れたのか。
針が生え変わる前の尻を前に向けたまま、突撃を敢行する。
「むっ……」
視界が黒に埋め尽くされるほどの、蜂の大豪雨。
体当たりの途中で針を復活させた蜂たちの、延々と続く突撃。
ナレッシュは、その両隣に氷の柱を作成済みだ。
そして、背後にはカイラの住まう屋敷がある。
――逃げるわけには、いかない。
「ぬぅん!!!」
ナレッシュは気合一閃、薙刀をその場に投げ捨てると、両手に作った巨大な氷の手で蜂の突撃を止めた。
しかし、後方から続々と、蜂たちの群れが押し寄せる。
蜂の圧力に耐えていたナレッシュだったが、その全てを抑えられるほどに、グレイサードの膂力は凄まじいものではない。
押し寄せる蜂の数と比例するように、段々とグレイサードが後方へと押されていく。
もはや、蜂たちは針を突き刺そうとしていない。ただ、相手を屋敷側に押し込もうと他の蜂の身体に自分の身体を差し込んでいるだけだ。
鮫介が見たならば、その蜂たちをラグビーのモールのように例えたことだろう。
「く……おぉ……!」
ナレッシュは苦悶の声を上げるが、それで状況に変化は起きない。
圧力はどんどん強まる。グレイサードはもはや抗うことも敵わず、後方へと足元を滑らせていく。
その先に、何がある?
――屋敷だ。
ナレッシュは、愕然とする。
まさか。
敵の、狙いは。
「さ……せ……る……かぁぁぁっ!!!」
気合の入った咆哮を上げる……も、状況に変化はない。
左右に逃げようにも、既にイミニクスたちが邪魔であり、そもそも逃げたら突撃を許してしまう。
ならばここで耐えられるのか、と問われれば、それも無理だと返答するしかない。
もはや、屋敷までのバリアと接触するまで残り二十メートル。
――努力と根性だけでは、不可能もあることは、戦場にいる中で理解していた。
しかし。これは、あまりにも。
残り十九メートル。
敵はグレイサードを屋敷にぶつけ、バリアを破壊し、あまつさえ中にいるカイラを殺そうとしている。
これに対抗するには、如何にするべきか。
……敵の排除。それ以外に、道はない。
そして、その道は、山奥に一本だけ張ったロープがごとく不安定で、いつ切られるか分からない、もはや道と言えるかどうかさえ分からない綱渡りであった。
残り十八メートル。
それでも。ナレッシュは負けるわけにはいかなかった。
普通の生物ならば、まだいい。
相手の力量を称賛し、果てる覚悟ぐらいは持っている。
だが。
この結末だけは、許容出来ない。
グレイサードの質量を持って、カイラを押し潰そうなど……
許せぬ。
許しておけるはずがない。
そうは思っても、力比べの実力差は埋まるはずもなかった。
残り、十七メートル。
……?
なんだか、敵の圧力が収まっている気がする。
気の所為、だろうか?
あるいは、無意識のうちに、敵戦力を見誤っている?
……いや。
聞こえる。
敵を薙ぎ払う、その音が。
その音を発している、その男こそ……
「シュロック!」
「おお! 助けに来たぞ、ナレッシュ!」
かつて、兄と呼んだ男。
シュロック。
彼が、大樹機士バイザードを駆って、群がる蜂たちを次々と殲滅している。
おお、見よ!
彼の背に持つ、ワイルドハントの偉業を。その右上の射出口から発射されている、聖剣の煌めきを……
「切り裂け、剣王アルスル! その、エクスカリバーの輝きを……!!!」
……シュロックは。
シュロックは、土属性の、それも植物を操る技しか使えない。
炎も、雷も、氷も、風も。
派手な念動力は、何一つ扱えない。
だが。
植物とは、根を張るものだ。
絡みつくものだ。
大地に食らいつき、獲物を逃がさぬものだ。
「ボウディッカ、ドレーク、ハーン! 全部出ろ!」
バイザードの背から、三つのワイルドハントが射出される。
海賊ドレークは伸びた蔓を蜂の外郭に絡め取らせ。
女王ボウディッカはあいも変わらず全てを燃やし尽くし。
狩人ハーンは無数の棘を放ち、後方から押し込もうとする蜂たちを串刺しにした。
それでも、足りない。
「ぐ……っ、くそ、視界が……!」
シュロックの頭に、レフィラインの残滓が疼く。
吐き気。
寒気。
頭痛。
それら全てを、彼は歯で噛み殺した。
「兄貴分がよぉ……弟分の前で、膝なんざつけるか!」
そして、最後の一つ。
剣王アルスルが、光を放つ。
それは炎ではない。
雷でもない。
ただ、植物の生命力を極限まで束ねた、白き根の剣。
「エクスカリバー……ッ!!!」
聖剣が奔る。
蜂の群れを、斬るのではない。
縫い止めた。
葉の一撃が、敵と地面を縫い、その動きを完全に止める。
それはまさに、アーサー王がエクスカリバーへと託した願い。
たとえ、何が相手だろうと……
聖剣は、あらゆる不浄を許さない。
押し寄せる黒の奔流が、一瞬だけ止まる。
「ナレッシュ!」
「応!」
その一瞬で十分だった。
ナレッシュは四本の腕を広げ、背中にマウントした三本の薙刀を一斉に振るう。
「我が妻の屋敷に――触れるなぁぁぁッ!!!」
氷刃が舞う。
薙刀が唸る。
蜂の群れが、黒い雪のように砕け散った。
……残り五メートル地点。
己も参戦しているバリアの振動を背に感じながら、ナレッシュは己の兄貴分の活躍を十二分に目撃した。
遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。
虹の七機士には劣るが、それでも間違いなく、
――あれこそ、大樹機士。バイザードが戦場に刻んだ、紛れもなき戦果であった。




