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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
凍結機士編(後編)
119/121

兵士の誇り

14KB……こんなもんかな……




 空を覆う、無数の蜂たちの姿。

 数百という数ではない。数千という空の色を黒色に変えるような軍勢が、こちらに向かって接近してくる。

 それでも、自分たちは立ち向かえと言われている。

 無理だ。

 そう泣き叫んで、武器を捨てて今すぐ逃げ去りたかった。

 だけど。

 それは無理なのだ。

 俺達の心が……それだけは出来ないと、叫んでいる。


『……お前達、分かっているな』


 隊長が努めて冷静な声を出す。

 隊長は既に四十過ぎ。綺麗な奥さんに、子供も二人いる。

 死にたくないはずだ。

 逃げ出したいはずだ。

 ああ。だけど。


『俺達は、ここで奴らを迎撃する……お前ら、運が悪かったな。せっかく前線の兵士からスカウトされて、死の危険のない護衛職になったのに、こんな役目背負わされて』

『いえ』

『僕たちもやるっスよ』

『応とも。俺達の背後には銃後の民がいる。俺達が前線で戦っていられたのは、銃後のみんなが支えてくれたおかげだ……だから』


 すっ、と隊長の声が落ちる。

 覚悟が決まった、ということなのかもしれない。


『俺達が逃げることは許されない。ここで逃げたら、銃後のみんなが俺達を支えてくれている、今のムー大陸のシステム自体を疑うことになってしまう。つまり……銃後の民を危険に晒すということだ。そんなことを、お前らは望むのか?』

『望むはずがありません!』

『我らがこの戦争を続けられるのは、みんな、銃後の皆さんの支援あってのものです! その銃後の人たちを守れるならば、この命、惜しくはありません!』

『よく吠えた! そうとも、我らは兵士になれなかった非戦闘員たちの代わりの牙! 命を軽々しく使うことも許されてはいない! 戦って、戦って、戦って、膝をついても相手の足に噛みつけ! 頭を失っても、最期まで敵を駆逐するために動け! 銃後の人を、自らも飢えているのに我々に食料を提供し、無力だと嘆かずに我々に戦う力を与え、我々のために必死になってイミニクスの弱点を探ろうとしている人々を! お前達の妻を、夫を、父を、母を、息子を、娘を! 己の天命に賭けて、全て撃ち落とすんだ!!!』

『『『応ッ!!!』』』

『よし、弓部隊、構え! 敵は上空、即ち弓矢の射程内だと知らしめよ!!!』

『『『応ッ!!』』』


 ……そんな感じで弓部隊が気合を入れ直しているを見て、ナレッシュは思わず口元が綻び、慌ててきりりと結ぶ。

 こちらの戦力は。

 まず、自分。そして、弓部隊がおよそ20人弱。弓部隊以外にも、屋敷を守っていた近衛兵たちがおよそ50人ほど。

 ……まったく、数が足りない。

 せめて、今大型イミニクスへと進軍している兵士たちを呼び寄せられれば……という考えが思考の端を過ぎり、ナレッシュはぶんぶんと首を横に振る。

 いや。彼らは大型イミニクスを相手に編成した部隊だ。こちらに呼び寄せることは出来ない。

 結局――戦うしかないのだろう。

 ナレッシュはそう判断を下し、自らに起きる震えを戒める。

 死ぬのは、誰だって怖い。

 それは、自分とて例外では無かった。

 親しき者との永遠の別れ。シュロック、イルカ、街のみんな……そして、我が最愛の妻、カイラ。

 カイラを残して逝くことが、何よりも恐ろしかった。

 ……銃後のみんなを守りたいという気持ちは、当然ある。

 あるにはあるのだが、それでも愛する妻を差し置いて、という気持ちは持ってしまう。

 ナレッシュにとって。カイラは、やはり第一に考えてしまう女性ということなのだろう。

 ―そうして考えていると、逆に気持ちが落ち着いてきた。

 カイラを、守る。

 それこそが、己の生きた証ならば。


『――ナレッシュさん、今よろしいですか!? そ、空が黒く染まって……!?』

「……コースケ殿」


 と、そんな時。

 ナレッシュの通信(テレパス)に割り込んできたのは、召喚された勇者、コースケ。当然空がイミニクスの黒に染まり、環境を変化させたことに驚いたらしい。


「すまぬ。反応が遅れたが……無数の蜂型イミニクスが出現。狙いは、俺と俺の屋敷……だ」

『は!? ナレッシュ殿が!? 何故!?』

「理由は……説明している暇は……無い。とにかく、コースケ殿は対大型イミニクスのために、精神力を温存するよう」

『え!? ちょ、ちょっと待って、一体何が……!?』


 混乱している様子の勇者殿の通信(テレパス)を、打ち切る。

 異世界の勇者コースケ殿には辛い結末を見せてしまう可能性が大だが、これも経験と思ってもらおう。

 犠牲のない戦いなど、存在しないのだから。


「ナ、ナレッシュ様! あれ!!!」

「む……?」



 と、護衛軍の兵士が指差した先を見上げれば。

 なんと、空中に……あれは、なんだろうか……?




「うん……切られた」


 鮫介はナレッシュと接続していた念糸が突然切断されたことに気付き、小さくため息をついた。

 遠くの空中には、相変わらずの黒い影。

 イミニクス。

 それも群体。蜂型イミニクスという、蟻型以上にワケの分からないものが、空中に無尽に陣取っている。

 正直、気持ち悪いなんてレベルじゃない。


『あれは……あれは、なんなのですか!? コースケ様!?』


 悲鳴を上げるコースケ付きの副官。コースケは努めて冷静に、言葉を零す。


「イミニクス……だと思う。形状的には、蟻型と同様かな」

『しかし! 蜂型のイミニクスなど戦争開始以降、確認されたこともなく!?』

「別に今まで無かったからって、これからも無いって可能性は100%じゃないだろう? 新しい種族が今この瞬間生まれた、そう考えるほうが妥当だよ」

『はっ……』


 副官は納得いかない様子を見せつつ、とりあえずは従ってみせる。

 おそらく、鮫介が冷静な態度を取っているから、自分だけが慌ててもしょうがない、と思い始めたのかもしれない。

 そんなことを考える鮫介の胸中はというと、


(なんだアレなんだアレなんだアレ!!? 蟻の次は蜂型!? 今まで伝え聞いていたイミニクスの情報と真っ向から矛盾しているぞ!?)


 ――などと、大いに慌てふためいていたのだが、そんなことはおくびにも出さない。

 何故ならば、勇者は常に冷静沈着。鮫介がいつも読んでいた(ライトノベル)に出てくる勇者は――そして響太郎は、何が起きるとも驚いたり嘆いたりせず、むしろうきうきと楽しそうな笑みを浮かべていた。

 それを思えば。『勇者』たる鮫介も、それに従うのみなのだ。


「……ん……」


 鮫介をクロノウスの両腕を大きく伸ばし、人差し指と親指で横に長い「窓」を作る。

 そして、その窓枠を、空中のイミニクスに当てはめた。


「……ナレッシュ殿には、念動力は大型イミニクス戦のために貯めとけって言われてるけど。まぁ、これくらいなら……」

『……え?』

『コースケ様?』


 副官にオトナシ近衛部隊の面々、整備兵の皆さんまでもが疑問の顔を鮫介にぶつける中。

 鮫介は僅かに頬を赤らめると、それでも間違ってはならないとコクピットシートに置いたメモ帳を確認しつつ、叫んだ。

 それは、神話が好きな少女が鮫介に教えた、新たな必殺技の『詠唱』。

 恥ずかしいと思う心を胸にしまい、少女の希望に沿う形で、


「【我が高貴なる紫紺の重力球は!】」

『!!?』

『っ!』

『コ、コースケ様……!?』


 皆が戸惑う中、鮫介はもうどうにでもなれー、といったヤケクソ感が漂うまま、叫び続ける。


「【炎を食み、土を喫し! 雷を頬張り、風を飲み込み、氷を頂き、水を啜る! 嗚呼、我が重力玉に敵は無し! 収束せよ、我が空間念動力から逃れる術は無し! 行け、必殺のォォォ……『紫紺の暗黒球(ブラック・ホール)』!!!】」


 ――『詠唱』とは。

 およそ100年前にイミニクスとの戦争が生じて以降、主にムー大陸のギラティム鏡態を発現させた者たちがしていた行為である。

 必殺技を発動する際。それに合う呪文を詠唱するのは、格好良いとされていたからだ。

 それから10年。詠唱の伝統は、完全に廃れていた。

 やはり、詠唱している最中に、イミニクスに攻撃された経験が大きいのだろう。

 趣味を解さない輩め。

 とはいえ、これは実戦。戦闘経験が蓄積されるに連れて、やはり詠唱は邪魔ということで、排斥されてきた。

 けれども、詠唱には利点もあった。

 まず第一に、その必殺技の目的を確定させる点。

 その必殺技が、どういう技なのか。

 何を目的とした技なのか。

 そういう願望が、明確化する。

 鮫介は、この詠唱を以て、己の念動力を明確化出来た。

 即ち、己の作る重量球が、実際に炎から氷まで全てを飲み込む、最強の重力球であると……!


 そして。

 詠唱付きで放たれた重力球は……





『ナ、ナレッシュ様! あれ!!』

「む……?」



 と、護衛軍の兵士が指差した先を見上げれば。

 なんと、空中に……あれは、なんだろうか……?

 敵の空間の中に突如、紫色をした円球状のようなものが発生するのと同時、その円球状の物体は突如、己の中心へと引っ張るように……


「くきゃ!?」

「きしぇぇぇっ!!?」


 引っ張る。

 引っ張る。

 強引に、押し込むように。その肉も血も、全てを吸収するかのように。

  

 飲み込んでいく。

 高波が、小さな建造物などものともしないように。

 全てを飲み込み……そして、そして……出口はどこなのだろう?

 分からない。

 学のない自分には、到底思いも寄らないことであったが……

 ナレッシュは瞠目して、唾を飲み込む。

 少なくとも――

 大空を塗り固めていた黒模様の、三分の一ほどが(・・・・・・・)削り取られ(・・・・・)、奥にある夕日を見せていた。


『あー……ナレッシュさん?』


 そして、声。

 ナレッシュは震える手で前髪を握り締め、急いで念糸を繋ぐ。


「……コースケ殿……」

『ああ、良かった、繋がった。こちら鮫介、先程支援になればと思い、ちょっと……した、念動力を発動させました」

「あれを……コースケ殿、が?」

『大型イミニクス討伐のため念動力を溜めておけとの指示だったので、いらぬおせっかいだったかもしれませんが……助けになったのならば嬉しいです』

「いや、大変感謝……する、が。あんな大掛かりな念動力、コースケ殿の負担に……なっていなければ……良いのだが」

『え? ああ、その辺りは全然。僕も大型イミニクス二匹を討伐してますから、その分のパワーレベリングで成長してたんですかね?』

「ぱ、ぱわ……? ……とにかく、感謝する!」


 コースケ殿との通信を終え、ナレッシュは空を見上げる。

 突如巻き起こった嵐以上の災厄に、敵の体勢は乱れている。

 間を置けば冷静さを取り戻すかもしれないが、今ならば……


「……勝てる!」


 降って湧いた幸運。

 いや、これは縁だ。

 自分とコースケ殿の縁があったから、コースケ殿が今のタイミングでトホ領にいて、援護をしてくれた。

 ならば、ここで俺が奮戦しなければ……あの子の活躍を無為にするわけには、行かない!


「行くぞ!!!」

『『『応!!!』』』


 そして――

 突然火蓋を切られた戦端は、開始された。




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