シュロックの目覚めと、迫りくる大量の蜂
たった18KB……これを書くのに、俺はなんて無駄な時間を……
遥か、遠く――遠くに行ってしまったはずの、夢を見た。
温かい、春の日。
ぽかぽかと過ごしやすい陽気の中、俺は親友のナレッシュと共に働いていた。
――ああ。なんて、幸せな空間。
「シュロック。この部品は、どこに置けばいい?」
「ん……ああ」
だから。
時間がかかってしまった。
シュロックは郷愁に囚われ、思わず涙ぐむ。
なんて、素晴らしい時間。
かつて、自分が夢想した未来。
でも。
これは、幻想だ。
彼は自分の元を離れ、虹の七機士の大神官としての道を歩みだした。
仕方ない、という気持ちが半分。
許せない、という気持ちが半分。
ああ、だけど。
彼は、栄光の道を歩みだしたのだ。
だから、祝福しないと。
このように。
自分の勝手で縛り付けることなんて、出来ないのだから。
「……シュロック? どうした、何かあったのか?」
「……なんでもない。ちょっと、夕日が目に染みただけだ……」
目の端を指先で拭い、シュロックは微笑む。
――ああ。
過去からの戒めが、自分を覆い潰そうとする。
「シュロック?」
「すまない。お前が俺の部下なんて子供染みた妄想に、いつまでも巻き込むわけにもいかねぇわな」
そう。
あの日、既に決着はついていたのだ。
持たざる者だった、俺とナレッシュ。
それが――凍結機士を操ってみせ、お前は領主の義息子にクラスチェンジ。美しい婚約者まで手に入れて、まともな教育、まともな食事、まともな生活……
当たり前のように、俺とお前の間には、格差が生まれていた。
それはきっと、仕方のないことのだろう。
そう思ってみても……途方のない悲しさが、心に溢れた。
本音を言えば。
やはり、お前にはいつまでも、俺のサポートをしてほしかったのだ。
俺。イルカ、シュロック。
3人でいれば、無敵だと。あの頃は信じていたのだから。
「……ああ、だから、俺はお前が俺の店の従業員になるなんて夢を……恥ずかしいな。すまねぇ、巻き込んじまった」
「シュロック?」
「だけど、ここまでだ。いや、ここまでで十分なんだ。俺は今を生きてる。今を生きなくちゃならねぇ。例え、これがどれだけ覚めてほしくない夢だとしても……夢である以上、いつかは覚めなくちゃならねぇんだ」
そう言って、シュロックは苦笑する。
なんて身勝手な、妄想。
3人で身を寄せ合っていれば幸せなどと、どうしてシュロックを巻き込めたのだろう。
だから、これは彼の我が儘。
未だ交流のあるシュロックをついつい身内と考えてしまう、己の精神の弱さに、苦笑が漏れる。
「ナレッシュ。お前は妄想なのだろう?」
「いや、俺は」
「何も言わなくていい。俺は分かってるんだ。お前は俺の妄想だ。確かに、そうなんだ」
おろおろした様子のナレッシュを捨て置き、シュロックが感極まった様子で宣言する。
「あぁ。俺は目を覚ます。お前とは、さよならだ」
「シュロック」
「でも、忘れない。お前が俺の部下として、共に生きていたこと。決して、忘れるものか」
手を上げて待ったを告げるナレッシュを無視して、シュロックは涙する。
ああ。
なんて、男冥利に尽きる日なのだろう。
全ては、あの聖剣の種から発動した何かのせいなのだろう。
でも、いいのだ。
ナレッシュが、ただの一度でも、俺の部下になってくれた。
それだけで。こんなにも、幸福なのだから――
「――ああ。俺は幸せだよ、ナレッシュ」
「シュロック。だから、俺は」
「皆まで言わなくていい。ちゃんと理解しているよ、お前は幻だって」
何事か言おうとしているナレッシュを遮り、シュッロックは震える唇で叫ぶ。
「だが! だがな、ナレッシュ! お前は俺の友でもある!」
「シュッロック……」
「だから……楽しかった! ああ、楽しかったぜ! お前と過ごす日常が、例え幻だとしても……確かに、そこにあったのだから!!!」
感極まって涙するシュロック。
どうしていいか分からず、困惑するナレッシュ。
幻だと分かっている空間で、何をやっているのだろう。
やがてシュロックは右腕を涙を拭き取り、背後を振り返る。
そこには、ナレッシュがいた。
確かに、ナレッシュが存在していた。
「――ああ。俺は忘れない。お前が俺の店の店員をやっていた姿。ありえたかもしれない、未来を」
「……シュロック」
「じゃあな、ナレッシュ。そろそろ、行かないと」
告げて、シュロックは歩き出した。
どこへ行けばいいのかは定かではない。
でも、この風景は幻だ。
だから目を瞑って、どこまでも歩いていった。
本来ならば壁や柱にぶつかっているだろう距離を歩き詰める。
やがて――光が充満してきた。
ただ、その光は目を瞑った視界の中に白く眩しい何かが飛び込んできたというだけのレベルで、実際は何が起きているのかは分からない。
とにかく、シュロックは光差す方向へと歩み続け、そして――
「シュロック! シュロック、目を覚まして!!!」
「お……おぉ?」
パン、と頬に強烈な痛み。
どうやら、頬を痛打されたらしい。生憎、今の自分は客観的姿勢でそれを自認出来ただけだったが……
「起きなさい、シュロック! こちらを見なさい!」
「ぶげっ! ちょ、ちょっと待てイルカ、俺は……ぐげっ」
またも頬を刺す痛み。
イルカが容赦なく、自分に往復ビンタを喰らわせているらしい。
まったく、それでも将来を誓いあった伴侶の姿なのだろうか?
「まだ目を覚まさない……なら、次は針で……」
「だぁぁ!!? 目、目はしっかりと覚めたぞおはようさんっ!!!」
己の妻の口からとんでもない爆弾台詞が出ようとした瞬間、シュロックは飛び起きていた。
危なかった。
本気で、命の危機を感じる場面だった。
しかしそんな空気などおくびにも出さず、イルカは半泣きでシュロックに抱きつく。
「ああ、シュロック! 心配しましたよ!」
「ああ……うん……」
こちらとしては妻の愛を多少疑ってしまったのだが⋯⋯などとは素知らぬ顔で、シュロックは妻の頭をぽんぽんと優しく叩く。
人間、混乱すると非常識な行動を取るものだ。
だから彼女の行動も、眠る自身を覚醒させるための行動⋯⋯そう、ロックな行動だったに違いない。
「⋯⋯⋯気持ち悪い⋯⋯今は、どういう状況なんだ⋯⋯??」
「はい。あなたが眠ってから、およそ2時間経過しました」
「⋯⋯俺は⋯⋯確か、確か、聖剣を発動して⋯⋯⋯」
「いいえ。聖剣は発動せず、代わりにレフィラインの花が活性化しました。おかげで、あなたとナレッシュ、そしてコースケ殿が夢の世界に囚われてしまいました」
「なんだと⋯⋯? うぷ……それは……危険な……」
「はい。ですが、レフィラインの花粉を浴びた3人は、無事目覚めました。最初にナレッシュが、続いてコースケ殿が目覚めて……あなたが最後ですよ」
「……そうか……それは……苦労を、ごほっ、かけた、な……げふっ、えほっ」
咳き込む。慌てて従業員たちが駆け寄り、シュロックの背中を擦ってくれる。
おかげで段々と、どす黒く変色していた思考がクリアになっていった。
レフィライン。かつて滅ぼしたはずの、最低最悪のムー大陸原産の麻薬。
それに、巻き込まれたらしい。俺も、ナレッシュも、そして異国から来た勇者殿も。
無力感に苛まれる。
これはまるで、あれだ。
自分の弟分として、一生この関係が続くと思われていたナレッシュを、トホ領主が連れて行ったときの気持ち。
あの時の虚脱感、己の意気消沈ぶりははっきりと覚えている。
そうだ。
ふつふつと、シュロックの心に情熱が燃える。
あのとき、決めたのだ。
虹の七機士を超える、機体を作ろうと。
そんな、強大で皆が安心出来る機体があれば、弟分もきっと、楽を出来るだろうと――
「……ナレッシュは」
「え?」
「ナレッシュは、今、何をしている?」
「……さ、さぁ……時間が経っているので……おそらく、自分の屋敷に戻ってカイラ様と合流したとは思いますが……」
「そう、か……」
呟き、立ち上がろうとする。
麻薬に侵された肉体は疲労感が半端なかったが、部下たちが手伝ってくれて、どうにかその場に屹立した。
ぜぃ、ぜぃと、たったこれだけのことで息切れを起こしている。
……本当に情けない。
こんな有り様で……俺は、本当に……いや。
その誓いは、こんな些細なことで、破られはしない。
だから、行かないと。
困っているであろう弟分のもとに駆けつけるのが、兄貴分の役目なのだから。
「……おい。あれは、完成してたか?」
「へ?」
「アレ、ってなんです?」
「馬鹿野郎! 俺がアレって言ったらアレだ、ナレッシュの……アレだ。頼まれてた、追加装備の……」
思い出す。
あれは確か、コースケ殿が来店した日だったか。
早朝、ふらりと現れたナレッシュに、依頼されたのだ。
こういう装備を作ってくれ、と。
その装備は、本来であれば常人は全て気が狂ってしまうような代物だったが……
ただ一人。
天才と呼ばれるナレッシュならば、装備可能なんじゃないか、という代物。
「ああ……アレですか」
「アレなら、完成して、確か……倉庫に放ってあるはずですよ」
「なにせ、翌日には勇者様との会談もありましたから。完成したといっても、俺達は仕上げの部分を手伝っただけで……」
「うぃ。完成させたのは、ほぼテンチョーだけかと……」
「バッキャロウ!!! そんなこたぁどうでもいいんだよっ!!! 完成してるんなら丁度いい、ここに持って来い、いますぐ!!!」
「は、は、はいぃぃぃっ!!!」
「て、手すきの者を行かせます!」
「でもテンチョー、どうしてあんなものが必要なんです? このタイミングで?」
一人、新人の整備員に声をかけられ、シュロックは呼吸を落ち着かせて答える。
「……必要だからだ」
「誰にですか?」
「バッキャロウ!!! 俺が必要と思ったのなら、それは必要なことなんだ! さっさと、倉庫から回収してこい!!!」
「うわー、テンチョーが怠ったッズ!」
「全域警戒警報! 怒ったテンチョーはしつこいっすよ、ピーポーパーピー!!!」
「馬鹿か! それは救急車のBGMだ! 警察はこうだ、パープーパープー……」
「上手っ!?」
「いや、それよりも! テンチョー、本気なんですか、それ!?」
「本気だ!!!」
「あかん。テンチョー、燃えている……こうなったテンチョーは話を聞かないぞ! 総員、死ぬ気でことに当たれ!」
「新人には絶対無理っすよ!?」
「新人は置いていけ! 他にも、初めてイミニクスの視線を見て恐怖を感じた者たちもいるだろう。そいつらもここに置いていく! 他のものは、急いで支度しろ!」
「うわー! テンチョー、マジだー!!?」
こうして。
店長であるシュロックの指示のもと、イミニクスに怯えた店員たちを残し、ナレッシュへのパワーアップパーツを装備した大型車が運用される経緯となった。
目標は一路ナレッシュのもと。
果たして、最終決戦に間に合うのか……
ナレッシュは、蜂型のイミニクスと対峙していた。
彼は知らない。
というよりも、現在100年以上に及ぶ戦争の真っ只中になるムー大陸では、教育に軋みが生まれている。
即ち。
蜂が進化して蟻になったなどの、一般的な生物の知識などは途絶えてしまっているのだ。
「弓部隊、構え!」
「よし! 出番だぞ、お前ら!」
カイラの指示で前に出たのは、名称通りに弓を構えた部隊だ。
銃がこの大陸で流行して、何年経過しただろうか。
今では銃のほうが弓より優れている……などと、ムー大陸人は思わない。
銃には銃の利点もあろうが、弓には弓の利点も、あるのだ。
「ファイア・アロー!」
「サイクロン・シュート!!」
「エレクトリック・バスター!!!」
弓部隊の面々が、各属性を念じた弓を展開する。
――弓は確かに、銃に比べて射程範囲は狭いだろう。
攻撃速度も何を言わんや、だ。
だが、それでも。
それでも、弓ならではの強さは確実にあるのだ。
例えば、先程告げた攻撃速度。
目にも止まらぬ弾丸は、念動力を発動する前に命中してしまう可能性もあった。
無論、弾丸の速度は半端なく速いので、それはそれでダメージは出る。
出るには出るが、念動力を込められない弾丸というのは、それ単体として使用していても、いずれイミニクスに対策されてしまう。
結局、個人の才覚が弾丸に込められる世界。
しかし、弓ならば違う。
矢を放とうとする瞬間。矢は、確かにそこにある。
必殺の武器を拳銃に隠した武装とは違う。弓矢は、確かに凶器がそこにあった。
だから。後は、念動力を矢に込めるだけ。
それだけで、念動力は発動する。
だから――
その矢は。確実に『見える』。念動力を込められる。
故に。
「行け、炎の矢!」
「敵を切り裂け、風の弓!」
「爆ぜよ、雷の衝撃よ!!!」
――素早いとはいえ、拳銃と比較すれば目に見える、矢の軌道ならば。
超能力を発動するのに、一切の支障無し。
その証拠に。各属性を発動させた矢は、射掛けた者たちの狙い通り、寸分たがわぬ照準を以て、敵イミニクスへと襲いかかる――!!!
「ギィアァァァッ!!?」
哀れ、襲い来る蜂形イミニクスのうち、右側の黒獣は。
まるで雨天後の虹橋のような色鮮やかな矢に貫かれ、あらゆる念動力を体内で発動され、瞬時に絶命した。
しかし同時に、左側の蜂が襲撃を仕掛けてくる。
「ガァァァァァッ!!!」
「総員、退避! 攻撃を避けつつ、反撃に移れ!」
隊長が指示するのが速いか、イミニクスの行動が速いか。
間一髪、イミニクスの高速の針攻撃を回避した一同は再び集合し、弓を構える。
「放て!」
隊長の号令のもと、再び念動力を集中しての射掛け。
外れる矢も多かったが、命中した矢はその念動力を発動させ、その命を消失させる。
これが。弓兵部隊の実力。
例え、銃弾という新技術が到来しようとも……
弓矢には、弓矢の強さがあるのだ。こと、このムー大陸では。
「よし、敵全滅! 各員、まだ戦闘態勢維持! 次が来るかもしれないぞ!」
「次って、隊長、でもあんな蜂型イミニクスが他にも大量になんて……」
「あっ! 東の空、敵影を発見! 数は1、2……」
東の空に目を向けていた機体の動きが止まる。
機体トラブルだろうか?
しかし、細かな動きはあった。
瞳を塞ぐよう両手で顔を隠し、おそるおそる外を伺うような、絶望そのものの仕草を。
ナレッシュは一息吐き出し、握る薙刀に力を込める。
悪夢の時間は、まだ、終わりそうにない。
「あんなに……たくさんの……」
視線を向けた兵士の見る先。
湧き出る、数千はいるであろう蜂型イミニクスを目の当たりにして、ナレッシュは覚悟を決める。
――ここが、命を燃やすところだと。
本当はナレッシュ戦まで書きたかったけど、時間が無かった……(笑)




