第06章 一か月目・勉強開始
一
副業一か月目の敵は、クライアントでも競合でもなかった。
睡魔である。
拓真の計画はこうだった。二十時四十分帰宅、二十一時半から二十三時半まで二時間勉強。完璧な計画に見えた。実行初日、拓真は入門書を開いて十四分で寝落ちした。二日目、十一分。三日目、ソファに座った時点で寝た。本を開いてすらいない。自己ベスト更新である。
意志が弱いのか。拓真は落ち込んだが、たまたま読んだ睡眠の本が、彼を救った。
曰く、夜の意志力は「残高」である。人間の集中力や決断力は朝が満タンで、日中の仕事、人間関係、満員電車で確実に引き出され、夜には残高不足になる。夜に勉強できないのは根性の問題ではなく、口座が空なのにATMに並んでいるだけの話。ならば、残高が満タンの時間に引き出せばいい。
つまり、朝。
拓真は生活を反転させた。二十三時就寝、五時半起床。会社に行く前の六時から七時を勉強時間にする。ついでに睡眠の本の教えに従い、三つのルールを決めた。寝る九十分前に風呂(深部体温が下がるタイミングで眠くなる)、寝室にスマホを持ち込まない(ブルーライトと無限スクロールの遮断)、起きたらまずカーテンを開けて朝日を浴びる(体内時計のリセット)。
朝型に切り替えて最初の週、拓真は五時三十五分の世界というものを、生まれて初めて見た。
カーテンを開けると、空はまだ夜の底に薄い水色を混ぜ始めたところで、向かいのアパートの窓は全部暗い。通りを新聞配達のバイクが一台、几帳面な音で走っていく。やかんを火にかけると、その音がやけに大きく聞こえた。世界の音量がまだ絞られている時間帯なのだ。誰からも連絡が来ない。誰にも何も頼まれない。十二年間、拓真は「誰かに必要とされる時間」だけを生きてきたが、この一時間だけは、誰のものでもなかった。強いて言えば、初めて手にした、自分の領土だった。
机に向かい、白湯を一口飲んで、ノートを開く。六時ちょうど、隣の部屋の住人の目覚ましが壁越しにかすかに鳴り始めるころには、拓真の一日の一番いい部分は、もう半分終わっている。この感覚を覚えてしまうと、もう戻れなかった。夜更かしが「時間を盗む」感覚だとすれば、早起きは「時間を先取りする」感覚だった。盗んだ時間には利息がつくが、先取りした時間には配当がつく。
効果は一週間で出た。朝の一時間は、夜の三時間に匹敵した。誰にも話しかけられず、通知も鳴らず、頭は冴えている。拓真は生まれて初めて「時間の質」というものを体感した。時間は長さだけでなく、濃度を持っている。同じ六十分でも、朝の六十分と、疲れ果てた夜の六十分は、別の通貨なのだ。
一方で、朝型化には副作用もあった。午後二時の会議である。昼食後の、空調の効いた会議室の、資料読み上げ型の会議。朝五時半起きの体に、これは麻酔に近い。三週目のある日、拓真は部内会議で三秒、意識を失った。落ちる直前に自分の首がガクッと動く、あの恥ずかしい落下。幸い誰にも気づかれなかった(気づかれなかったと本人は思っている)。
対策として拓真は、昼休みの終わりに十五分だけ机で目を閉じる仮眠を導入した。調べると、短い昼寝は午後の集中力を回復させる、れっきとした技術らしい。コツは十五〜二十分で切り上げること(深く眠ると逆にだるくなる)と、直前にコーヒーを飲んでおくこと(カフェインが効き始めるのが約二十分後で、目覚ましと同時に効いてくる)。総務の島で毎昼十五分目を閉じる男は、当初「白石くん、具合悪いの?」と心配されたが、一か月もすると風景になった。新しい習慣が風景になるまでの所要時間は、約一か月。これもこの半年で学んだ、教科書に載っていない定数である。
睡眠の改善は、紙で記録した。枕元にノートを置き、寝た時刻、起きた時刻、目覚めの体感を三段階(◎○△)で書くだけの、原始的な睡眠ログである。一か月分が溜まると、素朴な発見があった。◎の前夜は、例外なく二十三時前に布団に入っている。△の前夜は、風呂が遅いか、寝る直前までスマホを見ているか、どちらかだった。当たり前の相関である。当たり前のことが、自分のデータで裏付けられると、他人の説教の百倍効く。「早く寝ろ」は世界一聞き流されてきた助言だが、「お前の◎は全部二十三時前だ」という自分の筆跡は、聞き流せなかった。
副産物もあった。早寝のためにコンビニ弁当の夜食をやめ、朝型になったことで通勤前に十分歩く余裕ができた。副業の勉強を始めたはずが、気づけば健康改善が先に始まっていた。後から知ったことだが、これは偶然ではない。睡眠は、健康・集中力・感情の安定、すべての土台であり、人生を変えたい人間が最初に触るべきレバーは、実は目覚まし時計なのだった。
二
勉強の中身は、地味の一言に尽きた。
入門書を読む。基本の型を学ぶ。結論を先に書く(PREP法)。一文を短くする。ひらがなと漢字の比率。読者は読みたくて読むのではなく、知りたくて読む。だから書き手の自己表現ではなく、読み手の疑問への回答を書く──。
なるほど、と拓真は思った。これは、総務の仕事と同じだ。通達文は芸術ではない。読んだ社員が迷わず動ければ勝ちである。おれは十二年、それだけをやってきた。
二週目からは、実際に書いた。架空のテーマで練習記事を作り、翌朝の自分が赤を入れる。「昨日のおれ、下手か」と毎朝つぶやくのが日課になった。昨日の自分に駄目出しできるのは、今日の自分が成長した証拠である。成長とは、過去の自分への解像度が上がることなのだと、拓真は知った。
三週目、事件が起きた。朝五時半に起きる生活を続けていた拓真が、会社で「白石さん、なんか最近、顔色よくないですか?」と言われたのである。顔色が「よい」と言われて動揺する人間は珍しい。十二年間、顔色を「悪い」と言われ続けた男には、褒め言葉の受け取り方がわからなかった。
「え、あ、いや、そんな、たまたまです、すみません」
なぜ謝る。
四週目の日曜、拓真はクラウドソーシングサイトに登録した。プロフィール欄で三十分固まった。実績、なし。資格、普通自動車免許のみ。アピールポイント……。
拓真は正直に書いた。『会社員十二年目。総務部で社内文書・マニュアル・議事録を書き続けてきました。派手な文章は書けませんが、「読んだ人が迷わない文章」を書きます。納期は絶対に守ります』。
登録完了ボタンを押す。手が少し震えた。時給も肩書も保証されない世界に、名前を出して立つ。会社という温室の外の空気は、思ったより薄くて、思ったより、うまかった。
三
クラウドソーシングに登録したはいいものの、いきなり応募するのは怖かった。拓真はまず、武器の手入れから始めることにした。
ふみこさん──ではなく、まだこの時点では名も知らぬ先人たちのブログが、口を揃えて勧めていた練習法があった。「写経」である。お経ではない。上手い記事を、一字一句そのまま書き写すのだ。
最初は馬鹿にしていた。書き写すだけで上達するなら苦労はない。しかし、やってみて驚いた。読むのと写すのとでは、見える解像度がまるで違う。読んでいるときは「わかりやすい記事だな」で終わる。写していると、なぜわかりやすいのかが指先から入ってくる。一文が短い。一段落に言いたいことが一つしかない。難しい言葉の直後に、必ず具体例が置いてある。接続詞の「しかし」が、一記事に二回しか出てこない──。
拓真は「分解ノート」を作った。良い記事を見つけては、見出しの構造、一文の平均文字数、漢字とひらがなの比率、具体例の位置をメモしていく。まるで理科の解剖実習である。上手い文章というカエルを開いてみると、中身は驚くほど設計されていた。文才という霊的な何かではなく、再現可能な骨格が入っていた。
骨格なら、写せる。写せるなら、組める。
三週間で、拓真は練習記事を九本書いた。
九本の題材も記録に残っている。「初心者向け・投資信託のえらび方」(自分が知りたかったから)、「三十代からの睡眠改善」(自分に効いたから)、「持株会のメリットとリスク」(自分が当事者だから)、「コンビニ弁当を二週間やめてみた」(実験しながら書いた)──。書きながら気づいたことがある。拓真には、書くことがないのではなかった。この二か月の自分の変化そのものが、題材の鉱脈だった。文章の先生たちが口を揃えて言う「読者は半年前のあなた」という言葉の意味が、九本目あたりで、ようやく体でわかった。半年前の自分に向かってなら、拓真は、いくらでも書くことがあった。ついでに副作用も出た。会社の議事録を書く速度が、体感で二倍になったのである。会議終了の十五分後に清書が回覧され、部長が「白石、お前、議事録に取り憑かれてないか」と真顔で心配した。取り憑かれてはいない。骨格を覚えただけである。
さらにもう一つ、部長の朝礼挨拶の代筆(これも拓真の隠れ業務だった)に、学んだ型をこっそり適用してみた。結論を先に、一文を短く、具体例を一つ。すると翌週、他部署の課長が部長に「最近の朝礼、話が入ってきますね」と言っているのを、拓真は給湯室で聞いた。部長は「まあ、年の功かな」と満更でもない顔をしていた。年の功ではない。PREP法である。しかし拓真は黙っていた。手柄はいらない。自分の腕が世間で通じるという手応えのほうが、何倍もうまかった。
ただし、この時期の拓真は、一度だけ危ない橋に近づいている。
タイピングを速くしようとネットの寿司タイピングゲームを始めたところ、これが想定外に面白く、気づけば深夜一時、全国ランキングと戦っていたのだ。翌朝、寝不足の頭で拓真は反省文をノートに書いた。『勉強してる感のある遊びに注意。教材を買い集めて満足する人をノウハウコレクターと呼ぶらしい。おれの場合はスシコレクターだ』。
自己投資はたしかに利回りが高い。ゼロから最初の一歩の学習は、株式投資など比べ物にならないリターンを生む。だが投資と同じで、「買った(学んだ)気になる」ことと「リターンを得る」ことの間には、実践という長い橋が架かっている。橋を渡らない自己投資は、ただの娯楽費だ。
拓真は寿司を封印し、九本目の練習記事を書き上げ、いよいよ実弾での応募を始めることにした。




