第17章 就業規則第三十六条
一
その爆弾は、宮下の何気ない一言で転がり込んできた。
「白石さん、そういえばなんですけど……うちの会社って、副業、やっていいんでしたっけ?」
二月最初の月曜、昼の社員食堂。拓真は味噌汁を持ったまま、静止した。
考えたことが、なかったのである。
いや、正確に言おう。考えることを、無意識に避けていた。総務部所属十二年。就業規則の改定作業を三度も手伝い、規則の原本ファイルの保管場所を社内で最もよく知る男が、自分に関わる条文だけ、読んでいなかった。健康診断の結果票を見ない医者、残高通知を開けない投資家に続く、白石拓真・見て見ぬふり三部作の完結編だった。
午後、拓真は書庫から就業規則の分厚いファイルを引き出し、目次を辿った。あった。服務規律の章、第三十六条。
『社員は、会社の許可なく、他の会社の業務に従事し、または自ら事業を営んではならない』
制定は昭和六十二年。拓真が生まれる前の条文である。「許可なく……してはならない」。つまり原則禁止の許可制。そして拓真は、許可を、取っていない。
血の気が引いた。おれは七か月間、規則違反をしていたのか? 月十万円の売上と、時田さんの涙と、金色のだしの日々は、全部、第三十六条の外側だったのか?
その夜、拓真は震える指で検索し、そして、意外な景色を知ることになる。
まず、法律の原則。会社が社員を拘束できるのは、労働時間の中だけである。終業後の時間をどう使うかは、本来、本人の自由。これは裁判所が繰り返し示してきた考え方で、就業規則で副業を全面的に禁止しても、その効力は無条件には認められない。会社が正当に制限できるのは、おおむね四つの場合に限られる。一、競合他社を利するとき。二、会社の秘密が漏れるとき。三、疲労で本業に支障が出るとき。四、会社の信用を傷つけるとき。
さらに、時代の風向き。国は数年前から働き方改革の一環で副業・兼業を後押しし、モデル就業規則の副業条文を「原則禁止」から「届出制で容認」へと書き換えていた。企業の人事界隈でも、人材確保と社員のスキルアップの観点から、解禁は既定路線になりつつある。昭和六十二年の第三十六条は、法的にも時流的にも、錆びた条文だった。
錆びてはいる。だが、条文は条文だ。拓真は決めた。逃げも隠れもしない。正面から、許可を取りに行く。
二
人事課長の戸倉さんは、五十四歳、石橋を叩いて叩いて、結局渡らないことで知られる慎重派である。
人事部の応接コーナーは、パーティションで仕切られた二畳ほどの空間で、観葉植物(本物)と、来客用の湯呑みと、壁に「風通しの良い職場づくり」のポスターが貼ってある。戸倉さんはそのポスターを背に座る癖があり、社員の間では「風通しポスターの前の、開かずの窓口」と呼ばれていた。育休の取得率を全国平均まで引き上げた実績がある一方、新しい申請には必ず「前例がね」から入る。要するに、石橋の強度計算だけは日本一正確な人なのだった。攻めるなら、橋の頑丈さを証明する紙を、こちらで用意するしかない。アポを取ると、戸倉さんは眼鏡の奥の目を細めた。
「副業の許可申請? ……うちで? 前例、あったかな」
「調べました。ありません。ぼくが第一号です」
「うーん。白石くん、悪いけど、そういうのは、その、様式とかも、ないんだよね」
「作ってきました」
拓真は、クリアファイルを差し出した。中身は三点。一、副業許可申請書の様式案(氏名、副業の内容、想定時間、競業非該当の確認欄、情報管理の誓約欄つき)。二、申請の背景資料(国のガイドラインの要点、裁判例の考え方、他社の規程改定事例を一枚に整理したもの)。三、拓真自身の申請書の記入済み見本。
戸倉さんは、無言で三枚をめくった。二周した。そして眼鏡を外した。
「……白石くん。君、申請に来たの? 制度を作りに来たの?」
「両方です。様式がないと、戸倉さんが困ると思ったので」
これは総務の性である。窓口に様式がない苦しみを、拓真は十二年、窓口側から見てきた。申請者が様式ごと持ってくるなら、審査側の仕事は「検討」から「検収」に変わる。ゼンリョク事変で学んだことの応用だった。交渉とは、相手を打ち負かすことではなく、相手が首を縦に振りやすい形まで、こちらで運んでおくことだ。
それから一か月、拓真の申請は、人事部内を静かに旅した。戸倉さんからは何度か照会が来た。「業務で知り得た情報は使わないと誓約できるか」──もちろんです、扱うのは相手先企業の情報で、当社の情報には触れません。「本業への支障は」──副業を始めてから、健康診断の数値と、社内資料の質が改善した実績を添付します。「社名を名乗って営業していないか」──していません。屋号は個人名です。
三月の半ば、戸倉さんから内線が鳴った。
「白石くん。……承認、下りたよ。条件は申請書のとおり。年一回の状況報告つき。それとね」戸倉さんは、少し咳払いをした。「役員会でね、ついでに第三十六条の改定も検討することになった。君の作った資料、そのまま叩き台にさせてもらう。……四十年ものの条文がね、動くんだよ。君の申請一枚で」
受話器を置いたあと、隣の席から部長が言った。
「白石。お前、規程を動かしたんだぞ。わかってるか」
「様式を作っただけです」
「その様式を四十年、誰も作らなかったんだ」
後日談がある。規程改定が役員会の議題に上がった日、戸倉さんは拓真を廊下で呼び止めて、いつになく早口で報告してくれた。
「白石くん、聞いてよ。専務がね、君の資料を見て『これ、外のコンサルに頼んだのか』って聞くから、『いえ、総務の白石です』と答えたら、専務、しばらく黙ってね。それから『……うちは、社員に副業をさせないことで、こういう力に気づかずにいたわけか』って。……私はね、三十年人事をやってきて、規程っていうのは社員を縛る縄だと思ってたの。でも君の申請を通してみて、初めて思った。縄はね、結び直せば、命綱にもなるのね」
戸倉さんはそう言うと、風通しポスターの前の窓口へ、心なしか軽い足取りで戻っていった。開かずの窓口が開いた音を、拓真は聞いた気がした。
ルールは石碑ではなく、道具である。道具は、直し方を知っている人間のところでだけ、直る。そして直し方とは、たいてい、正しい紙を、正しい窓口に、先回りして置くことだった。十二年の雑用のハブ空港は、いつのまにか、そういう空路を全部覚えていた。
なお、承認の一報を聞いた田淵課長の第一声は「で、白石、副業って儲かるの?」であり、川本さんの第一声は「彼女じゃなかったの!?」であった。彼女ではない。第三十六条である。
そしてこの承認には、続きがあった。二週間後、人事の受付トレーに、副業許可申請の第二号が提出されたのである。申請者、総務部・宮下亮太。副業の内容、イベント運営サポート。戸倉さんは拓真とすれ違いざま、「君の作った様式、もう二枚目が来たよ。……道ってのはね、一人目が通ると、道になるのね」と言った。前例主義の人の口から出る「前例になった」は、最上級の賛辞である。




