第10章 転機
一
四か月目の初め、転機は意外な方向からやってきた。
きっかけは会社の仕事だった。総務部で新しい経費精算システムが導入され、例によって「白石ぃ、マニュアル作っといて」と丸投げされた拓真は、例によって完璧な操作マニュアルを作った。スクリーンショット付き、つまずきポイント先回り解説付き、よくある質問付き。導入後、問い合わせはほぼゼロ。情報システム部の担当者が感嘆して言った。
「白石さん、このマニュアル、外注したら二十万は取られるクオリティですよ」
二十万。
拓真は帰りの電車で、その言葉を反芻した。おれが「頼まれて、タダで、当たり前に」やってきた仕事に、市場では値段がついている……?
その夜、拓真はクラウドソーシングサイトの検索窓に、初めて「ライティング」以外の言葉を入れた。「マニュアル作成」。出るわ出るわ。業務マニュアル作成、一本三万円。社内規程の整備サポート、五万円。Excelの管理表作成、二万円。研修資料のパワポ化、四万円。
拓真が十二年間、日常としてやってきたことばかりだった。
そのまま拓真は電卓を出して、恐る恐る、ある計算をしてみた。経費精算マニュアル、外注相場二十万円。この十二年で拓真が作った社内マニュアルは、大小合わせて三十本を超える。仮に一本平均五万円としても──百五十万円。会社の給料とは別に、拓真は百五十万円分の「作品」を、頼まれるがまま、無自覚に生産していたことになる。
電卓の数字を眺めながら、拓真の胸には、二つの感情が同時に湧いた。一つは、もったいなかった、という悔い。もう一つは、奇妙な武者震いだった。無自覚に百五十万円分作れたのなら、自覚的に作ったら、どうなる? 埋蔵金は、掘り起こした瞬間から資産になる。問題は金額ではなく、自分の足元に鉱脈があると、誰も教えてくれなかったことだ。いや──教えてくれなかったのではない。値札を見ようとしなかったのだ。残高通知の封を、切らなかったのと同じように。
週末、熊沢さんとの定例電話(いつの間にか月イチの習慣になっていた)で、この発見を報告すると、熊沢さんは「やっと気づいたか」と笑った。
「白石、人的資本って言葉を教えてやる。人間はな、一人ひとりが金融資産みたいなもんなんだ。知識、経験、スキル、信用。その塊が人的資本で、給料ってのは人的資本が生む配当だ。……で、ここからが大事だぞ。お前は自分の人的資本の目録を、一度も作ったことがなかった。持株会の残高通知を開けなかったのと、まったく同じだ。自分の資産を、見ずに生きてきた」
「……はい」
「二十代の若造がライティングをゼロから学ぶのと、十二年物の事務スキルを市場に出すのと、どっちが強いと思う? 中古って言うなよ。熟成って言え。お前のスキルはな、社内でしか通じないと思い込まされてただけの、立派な売り物だ。世の中の中小企業はな、マニュアルがなくて、Excelがぐちゃぐちゃで、規程が二十年前のまま、って会社だらけなんだ。お前の『当たり前』は、よその『喉から手』だ」
二
拓真は自分の商品棚を作り直した。
プロフィールの肩書を『Webライター』から『現役総務が作る、業務マニュアル・社内文書サポート』に変更。実績欄には、社名を伏せた形で十二年分の「熟成品」を並べた。マニュアル三十本超、議事録数百本、規程改定、システム導入時の社内展開──。
肩書の前に、屋号でも一晩迷走したことを白状しておく。最初に思いついたのは「オフィス・シライシ」(昭和の探偵事務所である)。次が「TS総合事務サポート」(何の略か三日で忘れる自信があった)。「事務の窓口」(実在しそうで怖い)。「しらいし堂」(和菓子屋である)。深夜二時、拓真は悟った。おれは今、名前という一番楽しい作業に逃げ込んで、一番怖い作業──自分を売り物として世に出すこと──を先送りしている。ノウハウコレクターの親戚、「準備コレクター」である。結局、屋号は本名の「白石拓真」にした。ふみこさんの言葉を思い出したからだ。この仕事の報酬は、自分の名前で立てること。ならば看板も、名前でいい。
反応は、劇的だった。
一週間で三件の相談が来た。最初の受注は、従業員二十名の運送会社からの『新人向け事務マニュアル作成・三万五千円』。ヒアリングして、構成して、書く。作業時間、約十時間。時給換算三千五百円。初案件の十七・五倍である。
何より、仕事そのものが楽だった。いや、正確に言えば、大変なのに楽だった。ライティングでは調べながら書いていた内容を、マニュアル作成では知っていることの整理として書ける。ホームで戦うとは、こういうことか。副業選びの正解は「流行っている仕事」ではなく「自分の蓄積が使える仕事」なのだと、拓真は身をもって理解した。
二件目の相談は、個人の税理士事務所からだった。「顧問先に配る資料のExcelが、代替わりした所長には触れない魔窟になっている」という依頼で、開いてみると、たしかに魔窟だった。セルの結合が縦横無尽に走り、手打ちの数字と数式が混在し、どこかに「触るな」とだけ書かれたシートがある(触らなかった)。拓真は三時間かけて構造を解読し、入力欄と計算欄と出力欄を分離した設計に組み直した。報酬二万五千円。納品時、所長は「前任の父に、十年言えなかった『使いにくい』が、やっと成仏しました」と言った。世の中の事務所の数だけ、触れない魔窟と、言えなかった「使いにくい」が眠っている。市場とは、つまり、世の中の我慢の総量のことだった。
四か月目の収入。ライティング二万八千円、マニュアル案件三万五千円、合計六万三千円。
目標の月八万円が、初めて射程に入った。
そして給料日、拓真は歯医者の予約を取るような気軽さで、もうひとつの懸案を片付けた。持株会から百株単位で株を証券口座に振り替え、二百株を売却。得た約二十四万円を、積み立てている全世界株式の投資信託に移した。十二年間開かなかった扉は、開けてみれば、ただの事務手続きだった。恐怖の九割は、手続きを知らないことでできている。
売却の手続きは、三段階だった。持株会の事務局(つまり拓真の二つ隣の席の担当者)に単元振替の書類を出し、二週間後、自分の証券口座に「東邦精機工業 二〇〇株」が現れ、そして、売り注文の画面を開く。
成行か、指値か。画面の前で、拓真の指は少しだけ止まった。怖さではない。妙な感傷だった。この二百株の向こうには、二十三歳の拓真の「あ、はい」がいる。何も考えず、考えないことすら気づかず、ただ天引きされていた歳月。売るのは株ではなく、あの歳月の一部を、別の形に両替する作業だった。
売却ボタンを押す。約定通知は、あっけなく三秒で来た。二百株、二十四万六千円。手数料、無料。十二年の「あ、はい」の一部が、三秒で、名前のつく金に変わった。拓真はその足で積立の追加設定を済ませ、それから、二つ隣の席の担当者に翌朝、菓子折りではなく口頭で礼を言った。「手続き、簡単でした」「でしょう? みんな難しいと思い込んでるだけなんですよねえ」。窓口の人は、いつでもそう言う。そして窓口に来ない人には、その一言は、永遠に届かないのだった。
三
丸山運送との初回打ち合わせは、オンラインで行われた。約束の時刻、画面に映ったのは、日焼けした顔の丸山社長、六十八歳。開口一番、こう言った。
「白石さん、先に謝っとく。ワシ、パソコンはグーグルしかできん」
「グーグルができれば十分です」
「あと、この画面のワシの顔がずっと天井を映しとるらしいんだが、直し方がわからん」
十分ではなかったかもしれない。カメラ角度の遠隔サポートに七分を費やした後、ようやく本題に入った。
丸山運送、従業員二十名の地場運送会社。相談内容は「新人向け事務マニュアルの作成」──だったのだが、話を聞くうち、拓真は問題の本体が別の場所にあることに気づいた。
事務は、時田さんというベテラン女性が、たった一人で二十五年間回してきた。請求書の発行、ドライバーの勤怠、燃料カードの管理、取引先ごとの「暗黙のルール」(A社は月末締めだが担当の田中さんが二十五日に電話をくれたときだけ前倒し、など)。そのすべてが、時田さんの頭の中にだけある。そして時田さんは、来年の春、家庭の事情で退職する。
「社長、一つ伺いますが」拓真は、準備してきた質問リストの一枚目を出した。「もし時田さんが明日から一週間、急病でお休みされたら、最初に止まる業務は何ですか?」
画面の中の丸山社長が、固まった。天井カメラ事件のときより、長く固まった。
「……全部だな。請求が出せん。給料の計算もできん。……白石さん、ワシは今、けっこう怖いこと言われとるな?」
「はい。でも、大丈夫です。怖さに気づいた会社から、順番に強くなるので」
我ながら営業めいた台詞だと思ったが、本心だった。これは総務十二年で骨身に染みたことだ。仕事が特定の個人に握られている状態──属人化は、会社にとって時限爆弾であると同時に、実は本人にとっての檻でもある。休めない。引き継げない。辞めると迷惑がかかるから、辞め時すら選べない。「あの人がいないと回らない」は、賛辞の顔をした鎖なのだ。
拓真の進め方は、総務時代の型そのままだった。まず時田さんに二時間のヒアリングを行い、業務をすべて書き出す(六十八項目あった)。次にそれを「頻度×止まったときの被害」で四つに分類し、マニュアル化の優先順位をつける。毎日発生して被害の大きい請求業務から着手し、年一回の業務は最後でいい。全部を一度にやろうとしないこと。完璧な百点のマニュアルを半年後に出すより、七十点を来月出して現場で直すほうが、必ず良いものになること。
ヒアリング中、印象的な瞬間があった。時田さんが「こんなの、私が適当にやってるだけで、マニュアルにするような大層なもんじゃ」と言うたび、拓真が「今のそれ、金額換算すると外注で月数万円の管理業務ですよ」と返すと、時田さんは毎回、狐につままれた顔をした。二十五年の「当たり前」に、初めて値札がついた顔だった。かつての拓真と、同じ顔だった。
納品は、PDFと紙の二本立てにした。当初はやや格好をつけて「動画マニュアルも」と提案しかけたのだが、事務所を見学(画面越しに社長がスマホで一周映してくれた)して撤回した。事務所の壁は手書きの張り紙で覆われ、FAXが現役で唸っていた。現場には現場の文化がある。届く形式は、正しい形式より偉い。
検収の日、時田さんが打ち合わせの最後に、少しだけ声を詰まらせた。
「白石さん。私、これで、辞められます。……変な言い方だけど、二十五年で初めて、堂々と休める気がする。ありがとうね」
報酬三万五千円と追加発注(慶弔見舞金規程の整備、二万円)の向こう側に、人の安堵があった。ライティングの★5評価とも、社内の「白石は断らないから好き」とも違う、ずっしりと重い手応えだった。仕事の報酬は金と、もう一つある。自分の十二年が、誰かの檻の鍵になるという発見。それは給料明細のどこにも載らないが、確かに残高が増える種類の報酬だった。




