一章第二話 合コン
毛は電車の中で、自分の手をじっと見ていた。
(今日こそは変わる)
(今日の俺は“選ばれる側”だ)
根拠はない。
だが魔法を手に入れたという事実が、彼の中で妙な万能感を生んでいた。
あの神。
あの白い空間。
そして飛んだ感覚。
(俺はもう普通じゃない)
そう思いたかった。
それに加えて、誘ってくれた友人Aは彼女持ちで、今回の合コンではあくまで開催者としてついてくるだけだった。
他に来る友人Bも良いやつだが、イケメンの部類ではない。
だから毛は今日の合コンは勝ち戦だと思っていた。
⸻
だが現実は、いつも通りだった。
「次はツルピカ駅です」
アナウンスが無情に流れる。
毛は固まった。
「……え?」
一瞬、理解が遅れる。
(ツルピカ駅?)
(待ち合わせはピカピカ駅だから逆方面では?)
気付いた時には電車は走り出していた。
毛の心が沈む。
(やばい)
(いや、待て)
(これは逆に“遅れて登場する男枠”だ)
漫画の知識だけが彼を支えていた。
⸻
15分後。
駅前広場。
毛は走っていた。
しかし“全力疾走”ではない。
(速すぎると周りに迷惑だ)
(到着した時に遅すぎるとイメージが悪い)
その結果、“ランウェイをクネクネ歩くイエティ”の様な移動姿になっていた。
⸻
友人Aが手を振る。
「おー毛!遅いぞー!」
その声に救われるように毛は頭を下げた。
「すみません……少し遅れました」
声を整えたイケてるボイスのつもりだった。
だが実際は、喉の奥で潰れたような音だった。
女性陣の表情が一瞬止まる。
(……え?)
(声、小さくない?)
(怖いんだけど)
毛は気付かない。
むしろ安心していた。
(よし、第一関門突破)
⸻
店に向かう途中。
悲劇は重なる。
「本日のご予約は確認できません」
店員の声が淡々と響いた。
空気が一瞬で凍る。
友人A「え?いや予約したよな?」
友人B「え、マジで?」
沈黙。
毛の頭の中では別のことが起きていた。
(来た)
(これは“全員で協力するイベント”だ)
(こういうのを乗り越えると絆が生まれる)
完全にズレていた。
⸻
20分後。
別の店。
ようやく着席。
乾杯。
グラスが鳴る。
その音でようやく“合コンが始まった”気がした。
友人Bが場を回す。
「じゃあ自己紹介いきましょうか」
毛の心臓が跳ねる。
(来た)
(ここだ)
(ここで人生が変わる)
⸻
毛は昨日の夜100回練習した。
(剛田毛です。よろしくお願いします)
完璧なはずだった。
しかし現実は違った。
「……ご、剛…毛です……よろしく……」
声が消えるように落ちた。
女性A「え?」
女性B「剛毛?」
女性C 「見ればわかるけども…」
毛「……ウホ」
(終わった)
(今、人生終わった声でた気がした)
⸻
友人Bが必死にフォローする。
「毛の趣味なんだったけ?」
毛「……筋トレ……とか……」
女性たちの視線は友人Aに流れる。
(あっちの人イケメンだなだな)
(彼女いるのかな)
毛は気付いていない。
女性の興味が自分に向いていないことを。
⸻
毛の中で空気が徐々に死んでいく中で
毛は焦り始める。
(何か)
(何か爪痕を残さないと)
そのとき思い出す。
割り箸の袋。
(あれだ)
(これならウケる)
⸻
黙々と折り始める。
誰にも気付かれない。
時間だけが過ぎる。
毛の心の声だけが加速する。
(まだか)
(まだ笑いは来ないのか)
(誰か突っ込め)
⸻
1時間後。
女性の一人がようやく気付く。
「それ何してるんですか?」
毛の心臓が跳ねる。
(来た!!)
毛「……箸置きです」
女性「へえ」
終わった。
会話終了。
⸻
毛の脳内。
(違う)
(もっと驚くやつだったはず)
(“すごーい”とか言われるやつだったはず)
現実は静かだった。
⸻
終盤。
毛は決断する。
(ここしかない)
立ち上がる。
「……あの!」
全員が見る。
毛の手が震える。
(失敗したら終わり)
(また大切な何かを失うかも知れない)
(でも今しかない)
⸻
「俺、マジックできます」
沈黙。
友人B「え、なに?」
毛「この水をワインにできます」
女性A「は?」
女性B「え?」
空気が完全に停止する。
⸻
毛は集中する。
(イメージ)
(赤ワイン)
(味)
(香り)
(記憶)
毛「水よ……ワインになれ」
⸻
グラスが変化する。
透明が赤に染まる。
香りが立つ。
女性A「え……」
女性B「え、すご……」
空気が一気に動く。
⸻
その瞬間。
毛は初めて気付く。
(俺……今、輪の中にいる)
人生で初めての感覚だった。
⸻
その後の数十分間の場は盛り上がる。
笑いが起きる。
会話が少し続く。
毛は小さく息を吐く。
(成功した)
(俺、成功した)
⸻
だが帰り道。
現実は静かだった。
誰からも連絡先は聞かれない。
友人Aだけが女性に囲まれていた。
⸻
(……あれ?)
(俺もいたよな?)
(あの場に)
⸻
帰宅。
風呂。
そして違和感。
左足のスネ。
冷たい。
毛「……え?」
見る。
また毛が消えている。
⸻
(まただ)
(また失った)
(失う事を覚悟して臨んだのに戦果は0だった)
(俺は一体何をしているんだ…)
⸻
そのときスマホが鳴った。
友人Aから電話。
『俺の彼女が毛に今度紹介したい子いるらしいんだけどどう?』
毛の思考が止まる。
⸻
(……女?)
(……紹介?)
(俺に?)
(マジで?)
⸻
悲しみは一瞬で消える。
毛「お願いしまああああす!!!!」
即答。
⸻
その夜。
友人A経由で女性のLINEを教えてもらった。
友人Aは後は自分で頑張れとメッセージをしてくれた。
毛は人生で初めて女性のLINEを手に入れる。
何度も文章を書き直す。
消す。
また書く。
⸻
毛(これは失敗できない)
毛(やっと巡ってきたチャンスなんだ…!)
⸻
通知が来る。
『この映画私も気になってました。』
毛は震える指で返信する。
「今度一緒に観にいきませんか?」
そして数時間が経ち既読がつく。
毛は生きた心地がしなかった。
返事がきた。
『良いですよ〜。行きましょ!』
⸻
窓の外。
静かな夜。
毛は窓を開けて夜空へ飛び立ち
空高くから叫んだ。
『ピァアアアアアッッッッ!』




