02 父上助けてください。私の婚約者だったんですよ!?少しくらい考慮してくれたって
「母上……いえ、ティルリカ様。どうか、どうか冷たい目で見ないでください!私は、私はユーイにたぶらかされていただけなんです!本当に愛しているのはあなただけでっ」
足元に縋り付こうとした瞬間にドォン!!という凄まじい衝撃波とともに、マティウスは壁まで吹き飛ぶ。
「妻に誰の許可を得て触れようとしている?息子よ」
現れたのは冷たい瞳をしたバウアー。肩を抱き寄せ、マティウスをゴミを見るような目で見下ろす。
「父上助けてください。私の婚約者だったんですよ!?少しくらい考慮してくれたって」
「黙れ。ティルリカは私の魂の伴侶。貴様は産まれた功績に免じて命だけは助けてやっているが……これ以上口を動かすなら次は魂ごと消滅させる」
バウアーの殺気にマティウスは股間を濡らして震え上がり、魔王として君臨していたプライドは粉々に砕け散る。
「……少しやりすぎじゃない?バウアー」
苦笑いして夫を見上げると先ほどまでの冷酷さが嘘のように、ふにゃりと表情を緩める。
「いいや、足りないくらいだ。ティルリカ、君がいない間私はどれほど寂しかったか……見てくれ、世界中の宝石を集めたんだ。気に入らなければ星ごと買い取ってきてもいい」
「宝石なんていらない。あなたがそばにいてくれれば」
「……っ!!ああ、なんて愛らしいんだ……!ティルリカ、今すぐ寝室へ行こう。失われた数千年分、愛し抜かなければならないんだ」
「ちょっと昼間っから何を、話を最後まで聞いて!」
バウアーはお姫様抱っこでさらっていくと、呆然とするマティウスや周囲の侍従たちを無視して、自分の執務室兼愛の巣へと消えていく。
元家族はその間ちょっとずつ変化していた。妹ユーイはあまりの重労働に耐えかねて逃亡しようとするも自分が世話をしていた魔獣に懐かれ、二度と逃げられない魔獣の守護者の飼育員として一生を終えることに。
マティウスは両親のイチャイチャを毎日特等席で見せつけられるという、息子として最も精神的にキツい刑罰を与えられ、一生独身を貫くことを誓わされる。
毎日がハネムーン。たまに人間界へ遊びに行き、バカにした貴族たちを圧倒的な財力と魔力でひれ伏させては二人で優雅にお茶を楽しむ。
「どこの国を視察しに行く?」
「望む場所ならどこへでも。地獄の果てまでエスコートしよう」
久しぶりに人間界の王都を訪れた時のこと。無能な令嬢として蔑まれていた街を今はバウアーの腕に抱かれ、豪華絢爛な馬車で通り過ぎようとしていた。
人だかりを割って進む馬車の前に、ボロ雑巾のような服をまとった男女が飛び出してきた。
「お、お待ちください!どなたか存じませんが慈悲深いお方……どうか、どうかお恵みを!」
顔は泥と垢で汚れ、貴族らしい気品は微塵もない。姉を勘当し、妹ばかりを可愛がっていた実の両親。彼らは馬車に乗っているのが誰かも気づかず、金目のものに縋ろうと必死。
「……汚らわしい。ティルリカ、見なくていい。今すぐ塵にしてやろう」
バウアーが指先を向けた瞬間、手を優しく抑えた。
「待ってバウアー。せっかくだから、ご挨拶くらいさせてあげて。ふふ」
馬車の扉を開け、優雅に地上へと降りた。最高級の魔糸で織られたドレスが汚れた石畳に触れることさえ許さないほどの神々しさを放つ。
「お久しぶり、元お父様とお母様」
声を聞いた瞬間、二人の動きが止まり、震えながら顔を上げた彼らの目にゴミのように捨てた娘の姿が映る。
「え……ティルリカ!?お前、その姿は!」
「ああ、生きていたのか!良かった、私たちは信じていたんだよ、お前なら立派にやっていけると!なぁ!」
現金。彼らは隣に立つバウアーの圧倒的な威圧感と身につけている家宝級の宝飾品を見るや否や、卑屈な笑みを浮かべて擦り寄ってきた。
「ティルリカ、私たちの可愛い娘!悪かった、あの時は魔王様に脅されて仕方がなかったんだ。私たちを素晴らしいお城へ連れて行っておくれ。育てた恩を返させてくれるだろう?」
泥だらけの手で靴に触れようとした元父親を、冷ややかな目で見下ろす。
「恩?覚えているのは冷たい物置部屋と、妹の食べ残しを与えられた記憶だけ」
「そ、それは……教育の一環で……!」
「それに、あなたたちが媚を売ろうとしているこの方は、あなたたちが私を差し出した魔王様のさらに上の存在彼のお父様ですよ?」
二人の顔から血の気が引いていく。バウアーが一歩前に出ると、圧力だけで地面がひび割れる。
「汚い口で娘と呼ぶな。貴様らがティルリカに与えた苦痛すべてを数千倍にして返しても足りぬ。だが、ティルリカの温情だ。命だけは繋いでやる」
バウアーは指をパチンと鳴らすと、二人の体に決して死ぬことはできないが、一生空腹と渇きを感じ続けるという呪いが刻まれていく。
「ひっ、あああぁぁ!!お腹が、お腹が空いて死にそうなのに、何も喉を通らない!食べられない!」
「ティルリカ、助けて!助けてくれぇ!嫌だ!」
「さようなら。あ、そうそう。ユーイは魔界で元気に家畜の世話をしていますから、安心してください」
馬車に戻るとバウアーは不機嫌そうに私を抱き寄せ、首筋に顔を埋めた。
「……ティルリカ。あんなクズどもに時間を割くのはもうやめだ。視界には君だけが映っていればいい」
「ふふ、ごめんなさい。でも、これで本当にスッキリした」
「ならいい。だが、今夜は覚悟しておけ。汚らわしいものを見た君の目を私の愛だけで塗り替えたい」
王都の人々が畏怖と羨望の眼差しで見送る中、二度と振り返ることなく愛に満ちた魔王城へと帰還して欲しかった復讐劇も一段落し、魔界には平和との過剰な愛情が訪れる。




