01 魔王様に婚約破棄されるなんてお姉様も落ちぶれたものね
「魔王様に婚約破棄されるなんて、お姉様も落ちぶれたものね」
きらびやかな夜会会場。妹のユーイが勝ち誇ったように笑い、私の婚約者であった魔王マティウスに身を寄せた。
「ティルリカ、君のような可愛げのない女は魔王妃にふさわしくない。私は聖女の力を持つユーイを選ぶ。これからは、隅っこで私の幸せを指をくわえて見ているがいい」
冷酷な眼差し。実の両親さえも「家名の恥だ」と蔑んでいる。大きなショックを受けた瞬間に脳内に、濁流のような記憶が流れ込んできた。
(……は?何この既視感。生意気なツラは見覚えがある)
蘇ったのは数千年前に当代の魔王を産み育て、甘やかし、時には厳しく教育した先代魔王の妻としての記憶。目の前でふんぞり返っているこの男は己の息子。しかも、死んだあとに甘やかされて育ったせいでこんなに性格のねじ曲がったバカ息子になっていたなんて。
「……誰が、誰の幸せを指をくわえて見るって?」
放つ魔圧のプレッシャーに会場の空気が凍りつき、マティウスが顔を引きつらせる。
「不敬な態度はなんだ!私は魔王だぞ!」
「魔王?笑わせないで。離乳食を吐き出して泣き喚いていた子がよくもまあ偉そうになったもの」
ドレスの裾をまくり上げると、呆然とするマティウスの頬を思い切り張り倒した。
パーーーーンッ!!
「ぎゃあっ!?な、何をする!?」
「何って母親としての教育。女を見る目もない、恩も忘れるし挙句に母親の生まれ変わりに向かって婚約破棄?一回死んで出直してきて」
魔王専用の制裁魔術と尻叩きを展開し、公衆の面前でマティウスをボコボコにした。最強の魔王が一介の令嬢に手も足も出ず、床を転げ回って「ごめんなさい!痛いです母上ぇ!」と泣き叫ぶ姿に会場は静まり返る。
実家からも「魔王様を殴るなんて!」と勘当されたが、願ったり叶ったり。ボロボロになったマティウスを引きずり、魔界の最深部にある先代魔王の廟へ向かう。
そこには、愛する妻を亡くしてからずっと引きこもっている最強の夫がいたはず。はぁ、なさけないこと。
「……誰だ。眠りを妨げる者は」
漆黒の玉座に座る冷徹で苛烈な美貌の男。元夫バウアー。不機嫌そうに目を開けたがこちらを見た瞬間、瞳が大きく見開かれた。遅い。
「ティルリカ……息子の婚約者の?いや、魂の輝きは……まさか君なのか?」
「ただいま、バウアー。ちょっと息子がバカに育ってたから教育し直すために帰ってきた」
次の瞬間、最強の魔王と呼ばれたバウアーが子供のように飛びつき、強く抱きしめてきた。
「ああ……ティルリカ!私の愛しい妻!君のいない世界はあまりに退屈で無価値だった……!もう二度と離さない。君を傷つけるものはこの世界のすべてを滅ぼしてでも排除するから!」
そこからの展開は早かった。妹ユーイはマティウスが怯えて使い物にならなくなった途端、彼を捨てて逃げようとしたがそのやり方に対してバウアーの怒りに触れてしまい、魔界の最下層で下働きをすることに。息子はバカだが、我一番に逃げる王妃など王妃になる自覚もなかったと証明したも同じ。
実家の両親は「魔王の義親になれる」と浮かれていたがバウアーによって爵位を剥奪され、没落。なんせ己を勘当したのだから、冷遇が把握してすぐさまわかりやすい。
マティウス、息子は毎日母だった元婚約者とバウアーの前で正座させられ、これまでの無礼を悔い改める写経魔道書をさせられる日々。一方で、自分はバウアーからこれでもかと溺愛されていた。
「ティルリカ、今日はどこへ行きたい?人間界を滅ぼして君の庭にしてもいい」
「そんな物騒なこと言わないで。普通にお買い物に行きたいだけ」
「わかった。では、街の商会をすべて買い占めておこう」
「もう……極端なのよあなたは」
前世以上の独占欲と愛をぶつけてくる夫に苦笑いしつつ、新しく手に入れた日常を存分に楽しむ。数千年の時を超えて再会した、最愛の夫バウアー。威厳はどこへやら、今の彼は膝に乗せて片時も離そうとしない重度の愛妻家に変貌していた。
一方、娘を捨てた元婚約者の息子と、虐げた元家族にはさらなる絶望が待つ。魔王の怒りは深いのだ。魔界の王宮でバウアーの腕の中に抱かれながら、鏡越しに下界の様子を眺める。
そこには、能無しと笑っていた妹ユーイの姿があって今は、魔界の最下層にある家畜小屋で魔獣の世話をしていた。
「嫌よ嫌よ!なんで私がこんな臭い場所で!私は聖女なのよっ。お姉様助けて、お姉様ぁ!!」
叫びは届かない。聖女の力といっても、元はと言えば母親である己の魔力を無意識に吸い取っていただけ。記憶を取り戻し、魔力を回収した今、彼女はただのワガママな娘に過ぎない。実家の両親も同様。
魔王の義実家という看板を失い、さらに虐待がバウアーの耳に入ったことで全財産を没収。今は路地裏でお互いに「お前の教育が悪かったからだ!」と罵り合う毎日を送っている。
そんな中、魔界の廊下を雑巾掛けしている男が一人。元婚約者のマティウス。




