第62話:弓使いの腕前
「大変だ、炎飛竜の群れがこっちに向かってくる!」
その報せを聞いて、俺は舌打ちを一つする。
……なんだって、よりによってこんなタイミングでそんな厄介な魔獣が。
「ヴァニ、どうするの?」
「決まってんだろ、潰すしかねぇ」
とはいっても相手は空を飛ぶ魔獣だ。
──炎飛竜。俗にワイバーンと呼ばれる一種だ。
本物の龍とは比べるまでもないが、それでも言わずもがな強い。
空を高速で飛び、体内にある熱器官から超高温のブレスを吐くことを得意とする。
その爪も鋭く、質量も加わってまるで熊が空を自在に飛んでいるようなものと想像してもらえればいいだろう。
「おい、相手は何体だ?」
「せ、正確な数は分からないが十体ほどだ!」
俺は報告にやってきた騎士を捕まえて訊く。
十体ならまだやりようがある数だ。だが、地形が絶望的に悪い。
「マリウスさん、あんたはオーフィスに護衛してもらってくれ。馬車は危険だ、掴まれて上空に持ってかれたら終わりだからな」
「あ、ああ。すまないが頼む」
「セスカ、一緒に片付けるぞ」
「そうこなくっちゃ。久しぶりの戦いで身体が疼いてるの」
セスカは好戦的に笑う。
……まったく、頼もしい限りだな。
『GYAOOOOOOOOOOOOOOOO!!』
遂に俺たちの前に姿を現した炎飛竜が、挨拶代わりに巨大な火球を放ってくる。
しかし、避けるまでもなかった。
「≪堅水壁≫!」
そう、俺たちにはノエルという凄腕の魔法士がいるのだから。
火球は水の防壁と衝突すると蒸発反応を起こし、あっという間に掻き消える。
それを確認した炎飛竜はくるりと空中で姿勢を変え、更に上空へ上がっていった。
「ヴァニさん、セスカさん、ご無事ですか!」
「ああ。ナイスだ、信じてたぜノエル」
「でも……これからどうしましょう?」
炎飛竜たちは一筋縄ではいかないと思ったのか、列をなして上空をぐるぐると回っている。
見逃してくれる気はないようだが、今すぐに襲ってくるわけでもない。
こちらも流石にこの距離では攻撃が当たらないし、暫く睨み合いが続くだろう。
──と、その時シュラグがこちらにやってきた。
「ヴァニ、ここは私に任せてくれないか」
「ああ、それは構わんが……届くのか?」
いくら弓士とはいえ、あれだけ距離の離れている炎飛竜に攻撃を当てることができるだろうか。
おまけに、この谷は風が強い。相当熟練した腕がないとまず不可能だろう。
だがシュラグはフッと笑って弓を構える。
「問題ない」
──剛射。
重い風切り音を伴って放たれた矢は、一直線に炎飛竜の元に到達する。
そして。
『GYUOOOOOOOOO……!』
一頭の頭部に深々と突き刺さり、命を失った炎飛竜は重力に従って地に落ちた。
「おいおい、マジかよ……」
「信じられない……!」
その超絶技巧に息を呑むが、当のシュラグは得意にした風でもなく、ただ冷静に次の獲物を見据えている。
これが帝都にまで噂で流れてきた凄腕の弓士……ってやつか。
もしかしたら、俺たちはとてつもない人間を仲間に引き入れたのかもしれないな。
シュラグは再び矢をつがえる。
そして──放つ。
『GYAOOOOOOOOOOOON!?』
またもや炎飛竜が墜ちた。
俺たちだけでなく、騎士までもが呆気に取られていた。
この場にいる誰もが固唾を呑んでシュラグの腕前に見惚れている。
一頭が墜ちて、また一頭が墜ちる。
残りが三匹ほどになった頃、炎飛竜たちは諦めたようにどこかへ飛び去って行った。
「…………すげぇ」
俺の口から感嘆の声が漏れる。
百発百中、絶対命中、それは男なら誰もが憧れる響きだ。
それを、隣にいるこの男はさも当然のように行ってみせた。
「すげぇ、お前すげぇよシュラグ!」
「なっ……!? どうしたというのだ、ヴァニ」
俺は気付けば、年端もいかない子供のようにシュラグの手を取って目を輝かせていた。
自分でも何をしているんだろうと思う。だが、この心から湧き上がる興奮は言葉だけでは説明できないのだ。
「なぁ、今度俺にも弓を教えてくれないか!?」
「それは構わないが……君は剣士だろう?」
「剣士だからって弓を使わないわけじゃないさ、お前の腕前を見てたら俺もやりたくなった。あの感動はきっとクロスボウじゃ味わえないからな」
そう言うと、シュラグは被っていた帽子の鍔を押さえて顔を隠した。
まさか照れてるのだろうか。クールそのものだったシュラグの印象と、ギャップで面白いな。
「ぐぬぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……! あの男、あの男……!」
「お、落ち着いてください、セスカさん」
「アンタは悔しくないの!? あんなヴァニの顔、アタシは初めて見たわよ……! 大切な初めてをアイツに奪われるなんて……!」
「そ、それはそうですけど……」
少し離れたところでは、セスカたちが何かを話している。
そちらに意識が向きかけたところで、シュラグが軽く咳ばらいをした。
「とにかく、これで脅威は去った。私たちは本来の目的に戻るべきではないか?」
「ああ、そうだな」
「ま、待っていただきたい!」
しかし、そこで再びやってきたのはオーフィスとマリウス。
彼らの背後には騎士たちも集まっている。
「貴公ら……その腕前、やはり只者ではないな」
「ああ、シュラグは凄いだろ。それにセスカもノエルもだ。みんな俺の自慢の仲間だぜ」
「君はカウントされていないように聞こえるが?」
誇らしげに言うと、シュラグがツッコミを入れてきた。
「あ? そりゃそうだろ。俺なんて特に凄いところは一つもねぇよ」
「それは違うでしょ」「それは違います」
今度はノエルとセスカが綺麗に声を被せながら否定する。
ほんとこいつら息ぴったりだな。
「ごほん……兎も角、二度も助けられてしまったな。君たちにはどうしても礼をしたいが、それは望んでいないのだろう?」
「ああ、別に俺ら金に困ってるわけでもないし──そうだ」
「む? 何か欲しいものがあるのかね?」
「ああ、情報が欲しい。ただし探るには危険な情報だ。終末思想と、実際に世界を滅ぼす計画を企ててる奴らについて、何か耳に入ったら教えてくれないか?」
「穏やかではない話だな……。そのような者たちが存在していると?」
顎に手を当てながら問うてくるマリウスに、俺は首肯する。
「既に冒険者ギルドの上層部には通してある話だ。だがくれぐれも内密に頼む。こんな話を聞いて、色んな方面に感化される奴が現れたら面倒だからな」
「その懸念は尤もだな。よし、分かった。帝都を含め、私の領内でも情報を探ってみることにしよう。何か掴めば報せる。どこに連絡すればいい?」
「今、俺たちはルナンザの町に滞在している。だが、もし確実に届くとしたら冒険者ギルドの帝都支部長、イザベラ・カルデナント宛に使いを送ってくれ」
俺がそう言うと、マリウスは頷いた。
「承知した。では、名残惜しいが我々はそろそろ発つとしよう……改めて、本当にありがとう」
「そりゃこっちの台詞だ。くれぐれも気を付けてな」
そうして俺たちは帝都に向けて出発するマリウスたちを見送った。
正直に言うと、少し心配はしている……が、彼らなら無事に辿り着くことができるだろう。
「君は物怖じしないのだな」
「あー、気付いたら慣れてたな。まぁこんなもんさ、こっちが腹割って話せば、大抵の奴は向こうも心を開いてくれる」
「アンタの場合失礼すぎるのよ、貴族にあんな態度を取るなんて」
「あはは……私にはちょっと真似できないですね」
俺たちは俺たちの目的に向かって、ガヤガヤとしながら谷を歩く。
不思議な気分だった。
一人が落ち着いていたのに、一人でいいと思っていたのに。
いつの間にかこんなにも仲間が増えて、それが心地良いだなんて。
だからこそ、いつかまた一人になるのが怖くもなりつつあった。




