第61話:野党と貴族
翌日、俺たちはギルドで依頼を請けて目的地へと向かっていた。
道中、特に目立ったことは起きておらず今のところは平和だ。
「ヴァニさん」
「ん? どうした、ノエル」
歩いていると、隣にノエルがやってきて話しかけてくる。
「あの、昨日の女の子のことなんですけど」
「ああ……」
言われて、俺の記憶が再浮上してくる。
フィリア、と名乗った獣人の少女だ。
彼女は結局、何者だったのだろうか。
一人であの森にいた理由、「指令」という意味深な台詞、そして──魔獣を一撃で粉砕したあの特異な能力。
あまりにも謎が多い。
その中でも特に気になるのは──
「どうしてシュラグは気付いてなかったんだろうな」
「はい、それなんです。フィリアちゃん……確かに私たちと一緒にいましたよね?」
「ああ、見間違えじゃない。あの子は確かにあそこにいた」
「どこに行っちゃったんでしょう……」
ノエルは心配そうに呟く。
残念ながら、彼女の行方を探す方法は今のところ、ない。
もしいつか、また出会うことがあればその時に色々と聞いてみるしかないだろう。
「皆、止まりたまえ」
「? どうした、シュラグ」
不意に、一番後ろを歩いていたシュラグが制止の声を上げた。
「風が匂いを運んできている……血の臭いだ」
「そんなの感じないけど」
「私は森で長い間暮らしていたからな、こういったものには敏感なのだ」
生憎、セスカは未だにシュラグに冷たく当たっている。
俺のために怒ってくれるのは嬉しいが、シュラグはもう仲間だ。
できれば、仲良くしてほしいとは思う。
「方角は分かるか?」
「凡そ西に数百メートル……あの谷の方からだろう」
彼はそう言って、遠くに見える谷を指さす。
丁度俺たちが向かおうとしていた場所だ。
つまり、何かが争っているということになるのだろうか。
とにかく、向かってみるしかないが。
「よし、警戒しながら行こう」
全員の返事を聞きながら、谷に向かう。
──数分後、谷に差し掛かった俺たちの耳に届いてきたのは、剣戟の音。
誰か人が戦っているのか?
それだけじゃない、怒号に混じって悲鳴も聞こえる。
「チッ……何やら面倒ごとが起きてるみたいだな」
「急ぎましょう!」
「はい!」
俺たちは走り出し、やがて音の正体が視界に入る。
そこで起きていたのは、凄惨な殺し合い。
高級そうな馬車が一台止まっており、それを守るように十数人の騎士が粗暴な格好をした男たちと戦っている。
既に双方には死者が出ており、状況はあまりよくないようだった。
「野党か……どうする、ヴァニ。助けるか?」
「だな。見ちまった以上は、そうせざるをえまいよ」
頷き、俺は双剣を抜き払う。
「セスカは俺と一緒に左右から奇襲だ。ノエルは念のため馬車に水のバリアを。シュラグ、あんたは後方支援を頼む」
「了解よ」
「任せてください!」
「ああ」
時間はあまりない……今は膠着状態だが、野党の方がやや優勢だ。
早速行動に移る。
「≪堅水壁≫!」
ノエルの水魔法が馬車を中心に包み込み、堅牢な水の膜が展開される。
「な、なんだ!?」
「魔法士! どこに隠してやがった!?」
野党たちはまだ俺たちの存在に気付いていないようだ。
姿勢を低くして疾走しながら、隣に並ぶセスカとアイ・コンタクトをして左右に別れる。
「よう、邪魔するぜ」
「なんだお前は──がっ」
「悪く思わないでちょうだい」
「ひっ──ぐぇ」
野党を切り付け、地面に沈める。
この肉を裂き、骨を断つ感触……魔獣とは違って、やはり気持ちのいいものではない。
だが、相手は屑だ。どんな事情があろうとも俺は屑には容赦はしない。
「誰だ!?」
「ただの冒険者だ。助太刀するぜ」
「ッ! 感謝する! 総員、今が好機だ!」
俺たちの登場に勢いづいた騎士たちが、野党の集団に殺到する。
後は適当に援護しながら何人か倒していれば、状況はあっという間に俺たちのものになった。
「ひいいっ、こいつら無茶苦茶だ!」
「おい、ずらかるぞ!」
「勝てっこねえ!」
野党は敗走。
場に残されたのは、俺たちと騎士の集団、それから馬車だけとなった。
砂埃を巻き上げながら風が吹き、斃れた者たちの体を撫でる。
ノエルは怪我をした騎士の救護活動にあたり、シュラグは周辺を警戒している。
俺とセスカが一緒にいるところに騎士がやってきて、深く頭を下げた。
「助力、誠に感謝する。貴公らが来てくれなければ危ない所だった」
「いや、気にしないでくれ。たまたま依頼で差し掛かっただけだからさ」
「ほんと、卑劣な奴らよね」
それから助けた騎士は自分の名をオーフィスと名乗った。
聞けば彼らは子爵家の者らしく、これから帝都に向かう道程の途中だったそうだ。
「是非、礼をさせてもらいたいのだが……」
「要らんよ。それより人数も減っちまっただろ、少しでも早く帝都に向かった方がいい。また何かあっても困るからな」
「しかし……」
オーフィスが粘っていると、馬車から誰かが降りてくるのが見えた。
いかにも貴族、といった身なりの壮年の男性だ。
男性は俺たちの元へやってくると、軽く頭を下げた。
貴族が平民に頭を下げるなど、ありえない話だ。
その対応に困惑していると、男性が口を開く。
「君たちが助力に当たってくれた冒険者か、本当にありがとう。私はオルブライト領の領主をしている、マリウス・フォン・オルブライトだ」
「どうも……俺は冒険者をしている、ヴァニだ」
「セスカ・イープロイと申します」
貴族を前に、癖が出たのか敬語で話すセスカ。
彼女の名前を聞いて、マリウスは目を細めた。
「ほう……イープロイか。|アルニトラ王国公爵家のご令嬢が何故ここに?」
「……色々ありまして。実家とはもう縁が切れています」
「そうか……。いや、詮索するような真似をしてしまい、すまなかった」
マリウスの態度は物腰柔らかで貴族らしくない。
だが、彼の眼から感じるオーラはやはり貴族社会で生き残ってきたもののそれだ。
マリウスは一瞬思案するように整えられた顎鬚をなぞり、それから再び俺たちに目線を向けた。
「不躾な頼みだということは承知しているが、よかったら帝都までの護衛を君たちにも頼めないだろうか?」
「私も賛成です。彼らほどの腕前があれば、安全に帝都に着くことができるかと。……どうだろうか?」
と言われても困ってしまうな。
それに、仮にもオーフィスは騎士だろう。プライドというものはないのだろうか。
何にせよ、答えは決まっているがな。
「悪いが、その頼みを聞くことはできない。俺たちは依頼の最中でな。これを放棄しちまったら、依頼主に迷惑がかかる」
さあ、どう出る? 憤慨するだろうか、それとも無茶に要求を通そうとしてくるだろうか。
いくらここまでの態度が良くても、所詮は貴族だ。
化けの皮、剥がさせてもらうぜ。
「……立派なものだな。責任を持って仕事をし、その責務を果たそうとする。良い冒険者だ」
しかし、マリウスの反応は俺の予想しているものとは大きく異なった。
「それであれば仕方がない、先ほどの頼みは忘れてくれ。しかし、君たちに既に受けた恩を忘れるつもりはない。今後もし何かあれば、いつでも私の所を訪ねてくれ」
「……あ、ああ」
「感謝します、マリウス卿」
ここまで人の良い貴族に出会った俺は少々虚を突かれてしまった。
毅然と対応できているセスカが凄いな。
そして、ノエルが治療を終えたのを待ってマリウスたちと別れようとしたその時──
「た、大変だ! 炎飛竜の群れがこっちに向かってきてるぞ!」
馬車の方から騎士の悲鳴が上がった。




