第60話:迷いと選択
シュラグの口から出た予想外の名前に、俺たちは凍り付いた。
「【終末の使者】……だと……?」
何故、何故ここで奴らの名前が出てくる。
思わず声に出して確認すると、シュラグの纏う空気が冷たくなった。
気付けば、いつの間にか俺の背後に回っていたシュラグが首筋にナイフを突きつけてくる。
「ヴァニ!」
「ヴァニさん!?」
「答えろ、何故君が奴らの名前を知っている?」
「……そりゃ、こっちの台詞だ」
そう返すと、ナイフのひんやりとした感触が首に深く押し当てられた。
よく研がれているようで、触れているだけなのに肌が切れて血が流れだす。
「関係者だというのならば、容赦はしない」
「落ち着け。俺たちも奴らとは因縁があるってだけだ」
「証拠は?」
「奴らのメンバーの一人、そいつを千剣の迷宮で殺した」
「…………」
少しの逡巡の後、シュラグがスッとナイフを戻して元の位置に帰る。
「突然の無礼、誠にすまなかった。奴らの話になると冷静ではいられないのだ」
「いいや、気持ちは分かるから気にしないでいいさ」
ただの浅い切り傷だというのに、ノエルが治療をしてくれる。
それを受けながら、俺は目の前の男がどれだけ大きな地雷を抱えているか理解した。
しかし一方で、セスカは怒気を隠しもせずにシュラグを睨んでいる。
「……アンタ、よくもヴァニを……!」
「どうどう、セスカ。俺は気にしてない。既にシュラグから謝罪も貰った。だから噛みつこうとするな」
「アンタが気にしてるかしてないかの問題じゃないのよ! こいつはヴァニを傷付けた。それだけで、殺す理由には充分だわ……!」
あと一歩、何かきっかけがあればセスカはすぐにでもシュラグに襲い掛かるだろう。
だが、さっきの動きで分かった。シュラグはかなり強い。
今のセスカとシュラグが本気でぶつかれば、どちらかがよくて重症……最悪死ぬ。
「頼む、セスカ」
「…………チッ」
心からの訴えを込めてセスカを見ると、彼女は渋々といった様子で椅子に座った。
「よければ詳しく聞かせてはくれないか。奴らのことを」
「ああ、いいぜ。といっても、俺たちもまだ調べてる途中で本当に少ししか知らないが──」
それから俺は、シュラグに迷宮で出会った男、サビンのことを話した。
奴が死の間際に語った計画も含めて、全て。
「世界の終末を望む者たち……そんな奴らに、何故シオンが……?」
「何か心当たりは?」
「いいや、ない。彼女はただ平穏を愛する女性で、揉め事や事件に関わることなど絶対になかったはずだ」
「じゃあ、もしかして……」
ノエルが呟くと、シュラグは激昂したようにテーブルを両手で殴りつけた。
「ただ巻き込まれただけだというのか!? 何故だ、彼女は何もしていなかった! あんな風に殺される理由が、どこにあるというのだ!?」
小屋に気まずい沈黙が流れる。
シュラグは肩で激しく息を繰り返し、少しして深呼吸をすると椅子に座り直した。
「……ヴァニ、頼みがある」
「何だ?」
「虫のいい話だとは理解している。……だが、やはり私を君たちの仲間に加えてくれないか」
「アタシは反対よ」
しかし、シュラグの申し出をセスカは鋭く突っぱねた。
セスカが彼を見る瞳は剣呑で、先ほど抱いた怒りがまだ消えていないようだった。
「ヴァニを傷付ける奴は許せない。例えそれがどんな理由だったとしても、ね。確かに気の毒だとは思うわ。だけどそれとこれとは話が別よ。アタシはアンタと一緒にいたくない」
「……はは、その指摘は御尤もだ。本当にすまなかった」
「セスカさん……」
力なく笑うシュラグに、俺はどこか自分を重ねていた。
思い返すのは、遠い昔──鏡花がいなくなったあの日以降のことだ。
俺は、彼女を追い詰めて殺した犯人たちを捜すのに躍起になっていた。
どんな手を使ってでも必ず殺す。それが自分にできる唯一のことだと、その時は信じていたからだ。
だが、止められてしまった。
感情の行き場を無くし、生きる意味を見出せなくなった俺は、その日から〝死〟に取り憑かれるようになったんだ。
……今のシュラグは、まさにあの時の俺とそっくりだ。
「……奥さんを殺した奴らのことが憎いか」
「当たり前だ」
「その手で殺してやるまで気が済まないか」
「どんな手を使ってでも、奴らは必ず地獄に突き落とす」
「復讐を終えたら、あんたはどうするつもりだ」
「シオンの元に行く。……私にその資格があるかは分からないが、それでも会いたいから」
なるほど、気持ちは痛いほど理解した。
だが、それじゃあ駄目だ。
「一つだけ条件がある」
「……言ってみてくれ」
「俺たちは復讐を止めない。いや、それどころか手を貸そう。犯人を突き止めてどうするもあんたの自由だ。何故ならそれはあんたの正当な権利だから」
よく「復讐は何も生まない」とキレイゴトを吐く人間がいる。
だが、そんなのは所詮大切なものをたまたま奪われなかった運のいい幸せな人間の戯言だ。
それに何より、復讐というのは死んでいった大切な誰かのために行うものじゃない。
遺された者が、前に進むためにするものだ。
いつの間にか立場が逆転していた俺だが、静かに、しかし瞳に強い覚悟を込めてこちらを見るシュラグの目を見つめ返しながら言う。
「自分のしたいことをしたらとっとと死ぬのはナシだ。あんたには今後も俺たちの仲間でいてもらう。元々、そのためにここに来たんだからな」
「……私は」
「ここで即答できないなら、俺たちは力を貸さない。他の奴を当たるし、【終末の使者】とも俺たちだけで戦う。もしかしたらあんたの仇もその拍子に殺しちまうかもしれないが……な」
見せてくれよ、シュラグ。お前の覚悟ってやつをさ。
奥さんの仇を取るためなら、何でもするんだろ?
なら、俺という悪魔の手を取れ。
シュラグは一度だけ写真を見たあと、諦めたようにふっと笑って俺に手を差し伸べる。
「どうやら君には交渉の才能もあるらしい。分かった、その条件を呑もう」
「約束だぞ」
俺はシュラグの手を握り返すと、がっちりと固い握手を交わした。
「セスカも、それでいいな?」
「……ふん、あんたが決めたなら、アタシはそれに従うだけよ」
「ノエルはどうだ?」
「私は歓迎します。よろしくお願いしますね、シュラグさん」
「ああ、よろしく頼む」
彼は立ち上がると、写真立てを棚の前に持っていき、元の位置に戻す。
そうしてそこに写る自身の最愛の妻を、そっと指で撫でた。
「……シオン、暫くここに戻ってくることはできない。だが、待っていてくれ。必ずまた会いに来るから」
そして振り返り、俺たちに向かって一礼する。
「ここに誓おう。私の弓は復讐の弓だ。だが、君たちのことは必ず守りぬく。今度こそ……私は失わない。この弓と矢は亡き妻シオン──それから君たちのためにある」
「……おう、頼りにしてるぜ」
顔を上げたシュラグの瞳に、俺は彼の強さの本質を見た気がした。
こうして、俺たちのパーティに頼もしい仲間がまた一人加わることとなった。




