第56話:トラブル
「へぇー、ここがルナンザなのね」
翌日の昼、遂にルナンザに到着した俺たち。
セスカが前に出ながら辺りをキョロキョロとして感慨深そうに言う。
本当に長かった……。
ここまで大体二週間は掛かったか。
馬車を使わず、徒歩で旅してみたいと言い出したのはノエルだ。
その希望に沿って今回は歩きで来たが、まさかこんなにかかるとは思ってもいなかった。
そんなこんなでやってきたルナンザは、まさに小さな町というのに相応しかった。
大きな街のような華々しさも、賑やかさもない。
だが、どこか温かいような──そこで穏やかに暮らす人々の気風が反映された町。
そんな印象だ。
「やっとベッドで寝られるな」
俺は伸びをしながら言う。
背中の骨がポキポキと心地良い感触と共に鳴った。
ちなみに寝る……というのは、あくまで二人向けにそういう表現をしただけだ。
昨晩の通り、どうせ俺は今日も眠れないだろう。
「そうね。でもその前にお風呂に行きたいわ。温かいお湯に浸かるのが第一目標よ」
「あ、分かります。ここまで数日に一度、水浴びしかできてませんでしたからね」
セスカの発言にノエルが頷いた。
確かに、人間である前に女性陣にとって風呂というのは大切なものだ。
特に二人はまだ若い。ここまでの長旅で肌が綺麗なままなのは驚くべきことだが、流石に髪は少しぼさぼさになってしまっている。
「じゃ、大衆浴場探しでもしてこい。俺は先に宿を見つけとくよ」
「お願いするわね。ふっふふん、おっふろ~おっふろ~♪」
「また後で合流しましょう、ヴァニさん!」
俺はひらひらと手を振りつつ二人と別れ、ルナンザの町を歩く。
どこかに良い宿は……といっても、選り取り見取りなわけでもないだろうからすぐ見つかるだろうが。
探しながら、この町に来た目的を再確認する。
俺たちがここまで旅してきた理由は、この町の近くに凄腕の弓士がいるとシリウスから聞いたからだ。
町の中、ではなく近くと言っていたのが少し気になるが……そんなものは些細なことだ。
だから、まず俺たちがすることは情報収集。
さっき通り過ぎたが、当然ながらこの町にも冒険者ギルドがある。
そこに言って聞き込みをするのが手っ取り早いだろう。
「……お」
静かな町を歩いていると、看板が掲げられた宿が目に留まる。
『椚亭』と書かれたそこは、大きさも申し分なし、店自体もそこまで汚れておらず印象は悪くない。
「いらっしゃい」
扉を潜ると年季の入った鈴の音が鳴って、奥から中年の女性がやってくる。
「宿泊したいんだが、三人分の部屋は空いてるか?」
「ええ、もちろん空いてますよ。宿代はおひとりあたり一泊で銅貨六枚、食事付きでしたら銅貨八枚です」
「随分安いんだな? この宿の広さでそれって、採算取れるのか?」
「ふふふ、長年の秘訣ですよ。うちの宿は、とにかくお客さんに安らいでいただくことを目的としていますから」
女性は口元を隠しながらにこやかに笑う。
……ふむ、良い雰囲気の宿だな。気に入った。
「それじゃ、三人分だ。これで頼む」
「はいはい、それじゃあお釣りを用意するのでちょっと待ってくださいね」
「ああ、釣りは要らんよ」
「ええ? こんなに大きなお金、そのままいただくなんてできませんよ」
「いいからいいから、ほんの気持ちだ」
カウンターの上に置かれた金貨三枚を見て、女性は目を丸くする。
当然といえば当然だ。
この世界で基本的に使われるのは銅貨か、よくて銀貨。
大体一般人向けに売られているものの相場的にも、その辺りが主流になってくる。
ちなみに銅貨十枚で銀貨一枚分となり、銀貨五十枚で金貨一枚分になる。
ぺこぺこと頭を下げる女性から鍵を受け取り、先に部屋に上がろうとしたその時。
「おう、邪魔するぜい」
ドカリと音を立てて扉が開けられ、外から三人のガラの悪そうな男が入ってきた。
「い、いらっしゃいませ」
男たちはずかずかとカウンターの前にやってくると、肘を付いて女性を見る。
「泊まりだ。三十二人分頼むわ」
「三十二人!? う、うちにそんな部屋数はありませんよ!」
「だったら用意しろよ」
「そんな無茶な……! 一部屋三人でも、今の空き数じゃ足りないのに……!」
女性が困っていると、男の内の一人がカウンターを蹴る。
「おう、ぐだぐだうるせぇんだよ! できるのか、できねぇのか!」
「無理です!」
「婆さんよぉ、俺らは何もタダで止めろっつってんじゃねぇんだ。金は出す。ほらよ、これでどうだ?」
そう言って肘を付いていた男がカウンターの上に袋を置く。
音からしても相当な量が入っているそれを、女性は確認し──
「き、金貨三十枚以上……!」
そして青ざめさせた。
金貨が三十枚以上もあれば、大抵の人間は三か月以上何もしなくても暮らせる。
それだけの大金をポンと出されて驚くのも無理はない。
「何が目的ですか!」
「だから言ってんだろ、泊まりに来ただけだ」
「これ以上ガタガタ言ってっと──」
取り巻きの男が腰の短剣に手を伸ばしかけたのを見て、俺はその手を掴む。
「なんだテメェは」
「ただの客だ。それより迷惑なんでな、交渉なら静かに礼儀正しくしたらどうだ?」
「あぁ? テメェ、関係ねぇ奴は大人しくすっこんどいた方がバターだぞ!」
「ビターな」
「馬鹿野郎どもが、ベターだろうが」
一触即発の空気に身構えていたが、天然で繰り出されるボケに思わず転けそうになる。
何なんだこの三人組は。
金はある、腕っぷしに自信もありそうだ、なのに頭が悪い。
……いや、この場のリーダー格らしき男は冷静だが。
リーダー格の男がカウンターから体を離し、俺に向き直る。
デカいな。身長百九十はありそうだ。
「お前、名前は」
「ヴァニだ」
「そうか、ヴァニ。俺はギリアムという。単刀直入に言おう……お前、うちの傭兵団に来ないか?」
「は?」
男──ギリアムは、予想外のことを言ってきた。
てっきりこれから喧嘩になるかと思っていたんだが、狙いが読めん。
だが、答えは決まっている。
「断る」
「理由は?」
「俺は冒険者だ、既に仲間もいる。何より……こんな人の良い女性を捕まえて恫喝するような奴らの仲間になる気にはなれん」
そう言うと、ギリアムは目を丸くした。
そして、顔を手で押さえながら大笑いする。
「ははははは! そうか、そりゃ悪かった。確かにお前の言う通りだ。──おう、ロイド、キース。帰るぞ」
「へい!? で、でも宿はいいんで──」
「元はと言えばお前がしょうもない脅しをしたからだろうが」
「……すいやせん」
ギリアムは男たちを引き連れて出口に向かう。
「あ、あの! こちらのお金は──」
「要らねぇよ。迷惑料だと思って受け取ってくれ」
そして去り際、背を向けたまま俺に言う。
「ヴァニ、お前とはまた会うことになる気がするぜ。うちのボスにもよろしく伝えておく」
「トラブルなら遠慮願いたいが?」
「そんなんじゃないさ。俺たちは野党崩れのチンピラじゃないからな」
そう言って今度こそ宿の外へと出て行った。
……なんなんだ、アイツらは。
いずれにせよ、これから泊まる宿でこれ以上無用な騒ぎを起こさずに済んだのはありがたいが。
「お客さん、ありがとうございました。先ほどは助かりました」
「いや、俺は何もしてないさ」
それにしても、また会うことになる……か。
それに、ボスと言っていた。アイツの上がいるということか。
奇妙なところで縁ができちまったな。




