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不死刑—世界を救えば死ねるらしい—  作者: 茄子田わさび
第二章:万魔のラビリンス
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第49話:限界のその先へ

 正直に認めよう、サビンは強い。今この場にいる誰よりも。

 だが、だからって俺たちが負けるという理由にはならない。

 根性論は嫌いだが……『諦めなかった者だけが勝つ』という言葉は今の状況に相応しい。


 ただ一つだけ疑問がある。

 

「…………」


 この男は、何故俺たちを殺さないのだろうか。

 その気になれば、俺もセスカもノエルも一瞬で死体に出来るはずだ。

 それをしない理由はなんなのだろうか。


「何かを考えている顔をしておるな。聞こう、悩み迷える者を導くは我が使命故」


 敵であるこいつの言うことに乗っかるのは腹立たしいが、何か狙いがあるのかと気にし続けるのも(しゃく)だ。

 俺は素直にぶつけてみることにした。


「俺たちを殺さない理由は何だ?」


 サビンは「ふむ」と唸ってから答える。


「そうしない、ではなく、出来ないが答えだ。我が身に課した(くさび)故に」

「つまり、何が言いたい?」

「我が楔は不殺の誓い。この身はこれ以上、他者を殺めることはせぬ」

「ふざけないでください!」


 ノエルが叫んだ。


「あなたは……既に迷宮に多くの冒険者を彷徨(さまよ)わせて、殺したじゃないですか!」

「否。我が殺したわけではない。全ては天命の(ことわり)だ」

「そうやって自分に都合のいい天命とやらに全部丸投げして、責任を擦り付けて……そんなのが、あなたの信じる正しい教えなんですか!?」

「信ずる先に道は在り、いずれ貴殿も答えを見つける日が来よう」


 サビンの説教に、ノエルは肩を震わせて(うつむ)く。

 杖を握る手に、ぎゅっと力が(こも)るのが見えた。


「もう……いいです」


 その声には怒気が含まれている。

 それと同時に、失望、諦め。


「やっぱり、あなたは止めなくちゃいけない存在……だから、ここで沈んでもらいます」


 顔を上げたノエルの瞳には、漆黒の感情が渦巻いていた。


「≪縛侵水(アクエスタ)≫、≪砕水剣(アクナーロ)≫、≪逝水撃(アルモーテ)≫」


 魔法の多重詠唱。先ほどと同じように水の鎖がサビンを縛り、そこに水の剣が殺到、極めつけには頭上から水の槌が振り下ろされる。

 これほど殺意の高いコンボは見たことがない。


「ほう、これは……!」


 流石のサビンも全てを避けることは出来ず、いくつかの攻撃をまともに喰らう。

 次第に肌に切り傷ができ、回避するためにその場から動きさえした。

 

 ──これがノエルの全力。

 

 俺とセスカにすら出来なかったことを、彼女は一人でやってのけた。

 思わず笑いが零れる。

 ノエルは──俺の〝相棒〟は、やっぱり凄いやつだ。


「少女よ、見事だ。その強さ──賞賛に値する」


 サビンが大きな声でノエルを褒め称える。


「必要ありません、あなたからの賞賛なんて」 


 しかし、彼女は有り余る忌避感を隠しもせずにそれを一蹴した。


「ノエルの言う通りよ、アンタは狂ってる。そんな奴から認められたって、これっぽっちも嬉しくないの」


 セスカがノエルの隣に並び、言い放つ。

 それを受けてサビンは愉快そうに笑った。


呵々(カカ)、それで良い。敵を憎みてその所業を断じるは、(これ)また正し。互いに正義がある」


 いくら傷を負ったとしても、それは微々たるもの。

 まだサビンは余裕の姿勢を崩さない。


「そいつは違うな」


 ダメージから回復した俺は、ゆらりと立ち上がりながら剣を握る。

 奴のように偉そうに説教を垂れる気なんて毛頭ないが、その発言だけは正さねばなるまいよ。


「互いの正義? はっ、笑わせんな。お前に正義なんてこれっぽっちも()ぇ。ただのイカれた妄執(もうしゅう)に取り憑かれた狂人だ」


 神だなんだとよく分からない奴を信仰して、自分で造った痛々しい説教を延々と垂れ流し、天理とやらのせいにして人々の平和を崩そうとするただのキチガイ。

 そんな奴に俺たちと同列に勝手に並ばれても、不愉快なだけだ。 

 

 ……それにな、こっちはいい加減(はらわた)が煮えくり返りそうなんだよ。


 お前のせいで、ノエルは心を痛めっぱなしだ。

 お前のせいで、セスカは一回死んだ。

 俺の大事な奴らを、お前はとことん痛めつけた。

 

 それだけで、キレる(・・・)理由なんざ充分だ。


「……そう言う貴殿も、(およ)そ正常な人間とは見えぬが」

「ああ、そうだな。俺も立派な狂人だ。だからよ──」


 ──狂人同士、思いっきり殺り合おうぜ。


 俺は心臓に手を当て、力を籠める。


「力貸せよ、デウリエリ」


 自分の中に巡る力の根源に念じる。

 

 ──ドクン


 心臓が跳ねるのを感じた。


「ぐあっ……!」

 

 全身が燃えるように熱い。体中の血が沸騰しそうだ。


「ヴァニ!?」

「ヴァニさん!?」


 俺の異変に気付いたノエルたちが駆け寄ってくる。


「大丈夫だ……!」


 ……はは、早速約束、破っちまったな。

 

 正直、まだ危ない状況ではない。

 だがこれから先もそうとは言い切れないだろ?

 

 だから、これは前借(まえがり)だ。


──『ああ(メア・)愛しの父よ(ファスティアーラ)聖なる禊よ(ソ・オクレーシア)我らは主なる導きに(クア・ラ・ソーテリ・)よってのみ赦される(フォルネミーア)


 頭の中にあの歌声が聞こえる。

 聞き覚えのある声だ。これは間違いなく、デウリエリのもの。


──『満たされ、愛(ア・デリオーサ・)されることさ(メルビオーナ・)え罪だった(シルヴェリ)我ら罪深き子(カーラ・ミナ)らに救済を(・フェイリ)貴方の御許に(ルクセ・)召されんことを(マーナフェリア)


 うるさいな。結局何が言いたいんだよ、お前は。

 頭の中に向かって問いかける。

 

 返答は、すぐにやってきた。


──『ふふっ、面白いヒト。力を貸してあげましょう』

 

「ぐあああああああああああああああああああッ!?」


 耳元でデウリエリの声が聞こえた瞬間、耐え難い激痛が全身を襲った。

 焼ける、抜け落ちる、俺が、呑まれる。


 ──ふざけるな、お前の主は俺だ。


 零れ落ちそうになる自我を、必死に調伏する。


 荒い呼吸をしながら自分の右腕を見ると、心臓にあったはずの紋様が指の先までびっしりと伸びて覆いつくしていた。


──『さあ、行きましょう』


 ──言われなくても、分かってるさ。


「貴殿……その様子は……?」

「お前が知る必要はない。どうせ嫌でも知ることになるからな」

 

 さっき言われた言葉をそっくりそのまま返してやる。

 

「ノエル、セスカ。念のために耳を塞いでおいてくれ」

「どういう──? いえ、分かったわ」

「まさか──」

「俺を信じてくれ」


 俺に言われた通り、二人は素直に耳を塞ぐ。

 さあ、準備は整った。


 俺は地を駆ける。

 

 ……(はや)い。今までよりも圧倒的に。


 以前までが三割程度だというのなら、今は七割ほどの力を引き出せているということか。

 あっという間にサビンの目の前に躍り出て、その顔面に向かって拳を振り抜く。


「ぐっ……!」


 サビンはロクに反応することも出来ずにモロにパンチを喰らった。

 大きくよろめくが、ダンッと足を踏みしめてなんとか踏ん張っている。


「まだまだァ!」


 何度も拳を繰り出す。


「がッ! ぐあッ! ぬうッ!?」


 全段フルヒット。

 サビンはたまらず体勢を崩し、片膝を突いた。

 その頭を掴み、俺は奴の耳元でデウリエリから受け継いだ力──その最後の能力を使う。


「≪乱歌叫(ハウリング)≫」

 

 直後、寺院中に響き渡る女の大絶叫。


 恐怖の色を顔に張り付けたサビンの耳から、血が噴き出た。

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