第50話:破戒僧
「ぬおおおおおおおッ! おぉ…………ッ!!」
耳から血を流しながら、サビンが荒い息を吐く。
どれだけ外皮が硬かろうと、その内側は人間らしく脆いようだ。
俺は奴の姿を冷徹に見下ろしていた。
──『嗚呼、愉しい! もっと、もっと謳わせて!』
「黙ってろ」
俺は頭の中のデウリエリに念じて無理矢理黙らせる。
主導権は完全に俺にあった。
だが、諸刃の剣だ。俺の精神力が弱った時、俺はコイツに乗っ取られるだろう。
「よもや……よもやここまでとは! 貴殿、どのような禁忌に手を染めたのだ!」
「お前に比べりゃよっぽどマシな禁忌だ」
「答えよ!」
ああ……駄目だこりゃ。
完全に鼓膜が逝ってやがる。俺の声なぞ聞こえてないようだ。
死に体のサビンに向かって、俺は剣を振り上げる。
殺しはしない。
瀕死になるまで追い込んで、そこから何が何でも情報を吐かせる。
始末するのはそれからだ。
そして剣を振り下ろし──
突如サビンの手に現れた得物に阻まれた。
危険を感じた俺は瞬時に飛び退く。
サビンはいつの間にか、長い棍の先に刃の付いた武器を持っていた。
「クク、クカカカカカカカカカカカカカ!!」
サビンは壊れたように哄笑する。
雰囲気が段違いに変わっていた。
先ほどまでの荘厳な僧侶の雰囲気はもうどこにもなく、今の奴は破壊と死の匂いを撒き散らす鬼神の如きオーラを漂わせている。
「いや失敬! あまりにも素晴らしい試練を前に、感情の昂ぶりが抑えきれぬのだ! よくぞ、よくぞ我の前に現れてくれた!!」
片手で顔を覆い、尚も呵々と笑い続けるサビン。
しかし急に静かになり、その猛禽類のような鋭い瞳を俺に向けた。
──そこにあるのは、確かな殺意。
「我が身に穿たれた楔は今、解かれた。改めて名乗らせてもらおう。我が名は【終末の使者】第十一の座、サビン・ドゥワディ。──《破戒僧》也ッ!!」
凄まじい覇気が俺の身を襲う。
どうやら奴も本気になったようだ。
「楔が解かれた」……とかなんとか言ってたが、つまりここからは本気の殺し合い。
それ相応のリスクある戦いになるということに他ならない。
「……ヴァニさん」
「ああ、気を付けろよ。何をしてくるか分からん」
隣にやってきたノエルに警告する。
あの手に持っている棍が気になるな。どうも、只ならぬ気配を感じる。
「後でお説教なんだからね」
「……お手柔らかにな」
逆隣にやってきたセスカがそう言う。
俺は苦笑しながら返した。
こっちの準備も整った。ここからが本当の最終決戦だ。
「我が剣──仏滅剣【クシャハラ】……かつて最愛の妻と娘を殺した我が罪の象徴だ。そして今から──その罪が増えることとなろう」
サビンは棍を構え、次の瞬間俺の目の前に現れる。
──ガキィンッ!
剣と棍が交差し、火花が散った。
しかし押されている。力は奴の方が上のようだ。
だが速度なら──
「遅いッ!」
「ぬゥッ!」
俺は拮抗していた力を逸らし、サビンの横に抜ける。
そして振り返り様に剣を叩きつけ、そしてまた場所を変えて襲い掛かった。
三度、四度。
技と力がぶつかり合い、閃光が寺院を駆け抜ける。
「セスカ!」
「任せて!」
合図と同時、待機していたセスカが背後からサビンに斬りかかる。
「ぬうううううううううううんッ!」
サビンはその接近を感知して、棍を横薙ぎに振り回す。
しかし──
「ふっ」
奴の向こうにいるセスカと目が合い、彼女はニヤリと不敵に笑う。
セスカは空中に跳躍して棍を躱すと、その上に着地。
そして紅蓮を纏った剣でサビンを斬り付けた。
「ぐぅッ!」
僧侶服が斬り裂かれ、サビンの上半身が露出する。
そこにはビッシリと、恐らくは過去の戦いで付いたであろう傷跡が刻まれていた。
「舐めないでちょうだい。同じ手を二度は食わないわよ」
「見事也……それでこそ、殺し甲斐があるというものよッ!」
サビンの標的はセスカに切り替わる。
彼女の反射速度では、サビンに対応できない。
だから。
「させるかよ」
「チィッ! やはり貴殿が邪魔をするか!」
俺は素早くセスカの前に立ちはだかり、その棍を代わりに防ぐ。
合図として肩を叩かれ、棍を受け流しながら立ち位置をセスカと交代。
「やああッ!」
連携しながら、しかし確実に。
俺たちはじわじわとサビンを追い詰めていく。
比較的軽傷な俺たちとは対照に、サビンの体にはどんどん傷が増えていった。
さっきまでの俺たちとは立場が逆転したわけだ。
そして、後もう少し──
「≪絶影≫」
切り札は出し惜しみしない。
きっと奴の目線では、俺の姿が急に掻き消えたように映るだろう。
実際その通りだ。今、俺の体は幽体のように消失している。
背後に出現した俺は、その背中目掛けて剣を突き立てる。
「ぬぐゥッ!? どこから現れた!?」
確かに硬い。だが、今の俺に押し切れない程ではない。
刺し貫かれ、サビンが苦悶の声を上げる。
「≪炎閃刃≫!」
「ぐぅゥ!」
セスカの剣が炎の軌跡を描き、眩く焼き焦がす。
「──お待たせしました」
ノエルの声が聞こえる。どうやら準備は整ったようだ。
そう、俺たちはずっと時間稼ぎをしていた。
この土壇場で、打ち合わせこそなかったがマルクスとの戦いで一度は経験したことだ。
それに、今や俺たちの互いへの信頼は疑えないモノになっている。
ノエルの足元にある魔法陣が光り輝き、周囲を蒼く照らす。
「水に依りて我は在り、呼び醒まされしは母なる海、見届けしは父なる川、神秘の水門よ、開け──≪水華無情≫」
ノエルの背後に水門が現れ、そこから水の奔流が何本も飛び出す。
その数、三十以上。
それら全てがサビンに向けて射出され、その体を水が穿つ。
「……………………ガハッ」
穴だらけになったサビンは、血を吐きながら前のめりに倒れた。
「勝負ありだ」
俺とセスカは、サビンの首筋に剣を突き付ける。
「さあ、洗いざらい吐いてもらうわよ……アンタたちのこと、それからアンタたちの計画を」
「フフ……フ、敗けたのか、我は……」
浅い呼吸を繰り返すサビンは、どこか満足そうな表情で言った。
「良かろう……報 いは勝ち取った者に与えられて然るべし」
そして体を起こし、あぐらを書いて座り込む。
その姿からはもう敵意を感じない。
「我らは〝終末〟を望む者……その目的は、世界を無に還すことに有る」
「終末……!?」
「左様、元々全ては虚無から始まった。故にこそ、我らは還るのだ。正しい在り方に……唯一の安らぎに」
「虚無が正しい在り方だって、それが正解なんだってアンタたちは言うの?」
「では問おう。今のこの世界が正しいと、何故言い切れる?」
言われて、セスカは一瞬言葉に詰まった。
「苦しみ、飢え、凍え、泣き叫ぶ者たち、大切なものを喪う哀しみ、平等な命のはずなのに生まれる差……これらをして尚、この世界は美しいと真に言えるか?」
「でも、だからって……世界ごと壊すなんて間違ってます!」
「それは貴殿が未だ絶望を知らぬ故よ。だからこそ、そのために我らは存在するのだ」
「…………意味が分からないわ」
サビンはフッと笑う。
「遅かれ早かれ、人はいずれ絶望する。ならばそうなる前に虚無へ……何も感じぬただ一つの救いへ導くのだ」
その話を聞いて、俺は胸中複雑な思いに至っていた。
正直言って、コイツが言っていることの一部分だけは理解できる。
俺の目的も死んで無に還ることだからだ。
だがな。
「そりゃ違うぜ」
サビンは黙したまま、俺の方へ目を向ける。
「結局のところ、お前らの主張はこういうことだ。『僕たちは病んでて辛いから世界ごと心中します』ってな。とんだ迷惑だ。大層なこと言ってるだけで、幸せに生きてる他の連中のことなんて何も考えちゃいない」
別に死にたいなら死ねばいいと思う。
だが、それに他人を巻き込むのは筋が通ってない。
ハッキリと理解した。俺はこいつらと相容れないようだ。
「それもまた、一つの考えよな。我はそれを否定せぬ」
「で? 今回こんなことをした理由は? おっと、天理がどうとか言って逃げるのはなしだぜ」
「それはな────こうするためだ」
しかし次の瞬間、なんとサビンは傍らに落ちていた棍を拾って自分の腹に突き立てた。
血が噴き出て、がくんとサビンの体が前に崩れ落ちる。
「何を!?」
「っ……!?」
セスカとノエルが驚愕の声を上げた。
俺も驚いている。
「フフ……我が剣【クシャハラ】は命を吸い取りその力を解き放つ…………貴殿らが来るまでの間、既にその力は充分に溜まった……。そして……我の命を以て、完成と成る…………」
暴風が吹き荒れ、寺院が崩れ始める。
同時に、あちこちで魔物の唸り声がし始めた。
「まさか……これって……!」
「ああ、大氾濫が起きるぞ。……それも過去最悪のモノがな」
「そんな……!」
サビンの命はもう尽きようとしている。
「ああ……テマ、ドルジェ…………我も…………君たちの、元…………へ…………」
そして奴が事切れると同時、大量の魔物が俺たちを襲った。




