第二百七十二話 真犯人
「勘十郎様こちらです」
「ふむ、せっかくだ、兄弟水いらずで話がしたい。二人にしてもらえないだろうか」
「もちろんです。どうぞ!」
清洲城の一室、贅沢な造りの部屋の中央に布団が敷かれていました。
わたくし達は、その枕元の部屋にふすま一枚へだてて息を潜めて隠れています。
もちろん明かりを消して、ふすまを1ミリ程度開けて、ふすまから離れてそこから中をのぞき見ています。
「ふむ」
「その前に、腰の物を」
「ふん、わかっている!!」
大小の刀は取り上げられたようです。
この言い方からすると、そうとう短気、かんきがつよいお方のようです。
勘十郎様が部屋に入ると、世話係の小姓が部屋を出て、2人きりになりました。
「兄上、2人きりなどいつぶりでしょうか?」
勘十郎さんは、寝顔をのぞき込みました。
「……」
眠っているので返事を返しません。
「ふふふ、兄上。私は自分こそが弾正忠家の、家督を継ぐのにふさわしき者だと考えておりました。いいえ、継ぎたい、継がねばならないとさえ思っていました。だから、周囲の者にもそう思って貰えるように振る舞っていました。結局、楽して贅沢をしていると、もっと贅沢がしたいと思ってしまうものなのかもしれません。なぜだか、これで充分という考えにはなりませんでした。それは、今でもかわりません、欲望は大きくなるばかりです」
権力者とはだいたいそんなものです。
欲望とは膨らむばかりのものなのです。
でも、その考えは三郎とは相容れない考え方です。
さぞかし、三郎の行動が不思議で理解できなかったでしょうね。
「最初は、家臣の全員が私の味方でした。大うつけなどと兄上を呼ぶ者までいて、私はよくたしなめたものです。権六が1番言っていました」
勘十郎さんは、寝顔をのぞきこんだまま顔をしっかり確認しています。
そして、満足をすると座る位置を直して正座になりました。
わたくしの隣にいる権六さんが、下を向いています。
部屋が明るければ、顔が真っ赤になっているのを確認出来るのではないでしょうか。
「なのに、最近ではその権六までが、私を見限っているように感じています。私のまわりにいる、弾正忠家古参の重臣の心が離れていることは、ずいぶん前からわかっていました。ですから、私は力づくで弾正忠家の全てを奪いとろうと戦を仕掛けましたが、兄上には権六をもってしてもまるで歯が立ちませんでした。ふふふ、なにもかも兄上の方が上という事のようです。まいりました」
そう言いながら、勘十郎さんは布団を少しめくり、又もとに戻しました。
布団を戻すと顔に暗い影を落とし、口元に悪魔のような笑みを浮かべました。
「ですが、最後に笑うのは私の方だったようですね。兄上は甘すぎます、実の弟とはいえ、こんなに警戒心を無くしてしまっては……」
勘十郎さんは少しずつ手を動かして、胸に手を入れました。
ゆっくり、中を探るとその手を引き抜きました。
その手には短刀が握られています。
装飾が施された贅沢な短刀です。
短刀を、鞘から抜きます。
カチャリ、少し大きな音がします。
勘十郎さんは、少しあせった表情になると、枕元に視線を移し寝顔を確認したようです。
表情に変化がないのを確認すると、ほっと安心した表情になりました。
そして、素早くその短刀を布団の上から、胸のあたりに突き立てました。
「はははは、兄上さらばじゃ! ふふふ、これで、ますます贅沢が出来る!! はははは」
数回短刀を突き立てると勘十郎さんは、後ろにひっくり返りそうなほどのけぞり、大きく笑っています。
「ぐわあぁーはっはっ!!」
大きな声で三郎が笑いました。
とてもうれしそうに、ズラーさんの肩をかりて、私の後ろで三郎が笑っています。
「なっ!?」
勘十郎さんが、驚きの表情になりました。
その時、権六さんがふすまを開けました。
「ぎゃあああぁぁぁはっはっはっ!!」
三郎は勘十郎さんの驚きの顔を見ると、さらに大きな声で腹を抱えて涙を流して笑い出しました。
その顔に怒りの表情、いいえ、怒りの感情がまったく感じられません。
ドッキリ成功みたいな感じで心から楽しんでいるようです。
「……こ、これは、いったい?」
「ひひひひ、勘十郎、ひっかかったな! それは、わしの影武者じゃ!! 十田3人衆の内の一人ダニーじゃ!」
「ひっ!!」
布団から起き上がる影武者に驚いて、勘十郎さんは尻もちをつきました。
死んでいると思っていたのでしょう。
でも、十田3人衆のダニーさんの体には短刀どころか鉄砲の銃弾でさえも傷を付けられません。
全くの無傷です。
十田3人衆の本当の姿はカッパです。
でも、魔法で姿を変える事ができるのです。
目の前に見本があれば、そっくりに変身出来るのです。
ダニーさんが三郎の横に並びました。
鏡の中の姿のようにそっくりで見分けがつきません。
布団に寝ていたのは、影武者ダニーさんだったのです。
「勘十郎、お見舞いご苦労!! 楽しませてもらった! 久しぶりに元気な姿が見られてよかった! ふふふ」
三郎は心から楽しそうです。
久しぶりに弟の元気な姿を見られて、心底うれしかったようです。
三郎は弟の勘十郎さんが何をしても許すつもりでいたようですね。
自分を殺そうとした弟でも、おとがめ無しで笑って許すとは、甘いお兄さんです。
権六さんが驚いた表情で、三郎の顔を見ています。
「ぐぬぬぬぅぅー!!」
でも、そのお兄さんの三郎の余裕な表情を見て、勘十郎さんの顔がみるみる赤くなります。
恥ずかしくて赤くなっているわけではありません。
烈火の如く怒っているのです。
「ふうぅぅ、わああぁぁはっはっはっ!!」
勘十郎さんは大声で、笑い出しました。
笑っていますが、表情はさっきの烈火の如くいかった表情のままです。
「兄上は知っていますか?」
勘十郎さんは烈火の如くいかった表情のまま、声だけは冷静な氷のような冷たい言い方です。
わたくしは、その表情と口調のアンバランスに、思わず全身に寒気がして、ブルッと体が震えました。
「なにっ!?」
三郎が勘十郎さんのただならぬ雰囲気に真顔になりました。
「ぷくくく……小折の……」
表情は相変わらず怒りの表情ですが、体は腹を抱えて笑っています。
「小折?」
わたくしが「小折」という言葉に反応してしまいました。
「生駒家の娘……たしか、おキツとか言ったのう。たいそう美人だったと聞いていた。その娘が……プッククッ」
勘十郎さんは続けて話すのをやめて、三郎をにらみ付け表情は笑顔にならずに、声だけで笑って言いました。
「おキツが、どうしたのじゃ??」
それを見て、無表情になった三郎が話を続けるように言いました。
三郎は、何かに気が付いたのか怒っています。
無表情の怒りはいけません。
三郎が本気の証拠です。
「兄上が何度も小折に足を運ぶほど、ほれていたと聞きました。ですから、生駒の当主に『その娘がいると信長が通ってきて、岩倉の信安殿に謀反を疑われるぞ』と脅かしてやったら、すぐにどこかに嫁に出されてしまった。ふふふ、兄上が小折城の中を泣きながら走ったと聞いた時には腹を抱えて笑いましたぞ」
「お、おまえかーっ!! おまえがあぁぁーっ!! おまえがやったのかああぁぁー!!」
わたくしは、怒りが抑えられませんでした。
これほど、激しい怒りは初めての事です。
なみだが止まりません。
こいつが、嫌がらせをして笑うため、わ、笑うそのためだけに、人の人生をもてあそんだのです!!
「ズラー! デェス! カツトシを隣の部屋へ!!」
わたくしは2人にかかえられて、隣の部屋に運ばれました。
今のわたくしは、マモリ様の紋章の付与のおかげでバカ力になっています。
三郎はわたくしが怒りに我を忘れ、勘十郎さんを殺さないように隔離しました。
「そうか、お前がやったのか。小折城の中を泣き叫んで走ったのはわしではにゃあ!! カツトシだ!!」
「ちっ!」
勘十郎さんは吐き捨てるように舌打ちをしました。
よかったです、隔離をされていて。
もし、近くにいたら、平手打ちをしていたかもしれません。
今のわたくしが本気で平手打ちをしたら、首が何回転かしてねじ切れていたかもしれません。
「『ちっ』じゃにゃあわ!! どたぁーけが!! 勘十郎! おみゃあが、わしに何をしても、わしは笑って許す覚悟がある。だが、これはいかん、いかんのだがやー!! わしはおみゃあをゆるせーへんでかんわ! ええか、勘十郎! カツトシは尾張の恩人ぞ!! おみゃあをここで許したら、尾張の若い者、カツトシを信頼する者全てを敵に回すことになる。だれもついてこーせんくなるのだがやー!!」
三郎は力なくくずれ落ちた。




