第二百七十一話 新天地
三郎は、岩倉城を勢いのまま攻めることはせず、その日のうちに清洲へ全軍引き上げました。
おかげで、翌日から小折城へ土豪の衆が押しかけてきました。
その行き先が何故か、わたくしのボロ小屋です。
「わ、わたくしは、前野小太郎と申します」
小六さんに連れられて来たのは、岩倉城の奉行の次男の小太郎さんです。
他にも、稲田家や堀尾家の次男の方達が訪問してきます。
三郎は、岩倉城を力攻めする気はないようです。
家臣を取り込んで弱体化させ、落とすつもりのようです。
「カツトシー!!」
大きな声で入って来たのは三郎です。
着ている服がボロなので、三郎が誰かわからないみたいです。
わかっているのは、小六さんと藤吉郎だけのようです。
「三郎!」
「さ、三郎様」
「まさか、三郎信長様か?」
「まさか清洲の三郎様の事か?」
「三郎様が、なぜ足軽小屋なんぞに」
「三郎様を呼び捨てにしたぞ! カツトシ殿はどのようなお方なのだ?」
ボロ小屋に来ている人達がザワザワしています。
「おおそうじゃ! 先におキツの所に行って来る!」
じゃあ、なんで先にこっちに来たんだよ!!
三郎はいそいそと中門に向かいました。
「おい、おみゃー達邪魔じゃー! どきゃあーがれー!!」
吉乃御殿から帰って来た三郎が、集った人達に道を開けさせました。
「ははっ」
詰めかけた、岩倉織田家の重臣の次男が道を開けます。
「ひゃぁーくしゃーがや。吉乃御殿とはおおちがいだがや!」
三郎は鼻をつまんで、臭そうにしています。
まあ、大勢の男が集ればそうなるでしょう。
「ふん、そりゃあ、おキツ様はいい匂いがしたのでしょうね」
わたくしは、少し不機嫌になっています。
「あたりみゃあだがや。こんな所におったら健康なものまで病気になってまうがや」
「はああぁーっ!!」
わたくしは、怒れてきました。
わたくしは、お嬢様ですけど、その病気になりそうな所に住んでいますがっ!!
「カツトシ! おみゃあに、たのみたゃあ事がある!」
そんな精神状態のわたくしに、三郎は姿勢を正して頭を下げました。
最近は、キリリとしまった美形の顔に貫禄がついて、男前が上がっています。
わたくしは、そんな三郎にドキッとしました。
いけません、わたくしにはマモリ様という方がありますのに。
チラリと、小指の紋章を見ました。
やばかったです。紋章がなければおちていたかもしれません。
「えっ!?」
「ふふふ。生駒家の許可は取った。おみゃあは、今日からわしの直臣じゃ。最底辺の足軽じゃがな」
「ええーっ! 生駒の最底辺の足軽のままでいいです! で、頼みたいこととは?」
「ちっ! まあええわ! 一緒のことだ!」
三郎が舌打ちをしました。
生駒様が、カツトシが「いい」と言えば「いい」と言ってくれたのでしょうか。
よかった!!
三郎の直臣になったら、何をやらされるか。
毎日こき使われそうです。
「うおっ!! 三郎様の申し出を断ったぞ!!」
まわりの男達がザワザワしています。
藤吉郎がうらやましそうに見てきます。
あんた、三郎の直臣になりたいの?
ふふ、ならば、近いうちに頼んであげますよ。
でも三郎は、もうあなたを家臣だと思っているとおもいますけどね。
「うむ、小牧山の麓に長槍道場を作る。そこで尾張北四郡の若い衆を集め鍛え上げ、精鋭に育てよ。その兵で岩倉城を攻める。岩倉が落ちたら岩倉城は廃城にして、小牧山に城を作り、わしの居城にするつもりじゃ! 一足先におみゃあが入って街造りをしておけ」
「ええっ!!」
来ました!
無茶な仕事、とてもわたくしには出来るとは思えませんが。
「ふふふ、五郎左! おみゃあが手伝ってやれ!!」
「はは!」
おお、優秀そうな人です。
三郎もわたくしでは無理とわかっているようですね。
「わしは、いそがしい、まあいくで」
三郎はさっさと出かけていきました。
代わりに五郎左さんが残りました。
「は、はじめまして、五郎左さん」
わたくしは初対面なので、丁寧に挨拶をしました。
「はああぁーっ!? 何を言っているのですか、カツトシさん。わたしは、万千代ですよ。五条川でダニーさんに投げられた万千代ですよ! いやだなあ」
「……??」
いやだなあ、と言われましてもすっかり忘れて思い出しもしません。
はて、万千代? 会ったことありましたっけ?
「春日井郡の丹羽様ですか。私は前野小太郎長康です」
前野小太郎さんが挨拶をしました。
「立派なお屋敷と大きな道場を作ります。お手伝いよろしくお願いします」
五郎左さんは顔見知りみたいですね。
頭を下げました。
「おおっ! わかりました。仲間を集めてお手伝いしましょうぞ」
「それなら、俺達も手伝う」
「おおっ!! やるぞー!!」
集っていた人達が、協力を申し出てくれました。
わたくしは、ボロ小屋を出て東を見ました。
小折城からは、そのまま小牧山を見ることが出来ます。
平野にポコンとお椀をふせて置いたような山が、単独でひとつだけあります。
三郎は、岩倉の事はもう眼中にないようですね。
すでに、駿遠三の今川家と美濃の斎藤家との戦いを想定し、難攻不落の要塞を作ろうと考えているのかもしれません。
わたくしは、長い小折城での暮しを卒業して、小牧での生活がはじまろうとしています。
と言っても全速で走れば十五分ほどの距離です。
浮野の戦場といい、三郎はなるべく、わたくしに小折城から離れないように、近い場所を選んでくれているみたいです。
小牧山の南側の荒れ地に、道場の建設が大規模に始まりました。
1000人ぐらいが一度に鍛錬できるようにと、学校ぐらいの広さで道場が整備されます。
もちろんこの道場の存在は、門外不出の秘密です。
いっさい記録に残ることはないでしょう。
小牧山は、木がうっそうと茂り濃い緑の山です。
山から木々のにおいがしてきます。
山の麓は360度、見渡す限り荒れ地です。
こんな所にポツンと1人で住むのはさみしすぎます。
しっかり整備された街道も無く、昼間でも誰も近くを通りません。
まあ、秘密の道場には丁度良いのかもしれません。
木材の運搬は、川並衆と生駒家が本職です。
続々運ばれてきて、すぐに住めるくらいの建物が出来ました。
お給料は、まだもらえませんがご飯が食べられるということで、門下生は募集をしなくても集って来ます。
「五郎左、寺の移動は終わったのか?」
三郎が馬で小牧山の道場にやって来ました。
小牧山は、神聖な山としていくつか寺院や宗教施設がありました。
その、移動をお願いしていたようです。
今日はその確認のようです。
「はっ! 工事が始まる頃には移転してくれることになりました」
「ふむ、うっ!」
三郎は馬の上で、うなるとそのまま馬から落ちました。
「えっ!?」
「がはっ!!」
神様のたたりでしょうか。
駆け寄って助けようとしましたら、体がすごく熱くなっています。
「三郎! すごい熱!」
「ふむ、そうか!? 少し体調が悪いなあと思っておったのじゃが! おキツにあいたくてなあ。いつつ、あーいてー!!」
どうやら、おキツ様に会いたくて無理して来たみたいですね。
体調が悪いなら、小折からそのまま帰れば良いのに、ついでに小牧山までくるものだから。
それで馬から落ちていれば世話ないですね。自業自得です。
わたくし達は、馬から落ちて動けない三郎を清洲城まで送りました。
「カツトシさまー!!」
清洲城に着くとお秀ちゃんがかけてきました。
少し見ない間に、成長しています。
男ばかりのところにいましたので、お秀ちゃんの明るい笑顔が新鮮です。
簡単に考えていましたが、三郎の熱はなかなか下がらず、三郎はしばらく寝込むことになりました。
乗りかかった船ですので、わたくしも清洲城にトウリュウします。
清洲城は、格式の高い尾張一のお城です。
荘厳で気高い雰囲気があります。
吸い込む空気まで、違いがあるように感じます。
「大変です。勘十郎様が面会を求めてきました」
寝込む、三郎に近習が話しかけます。
「なに、さすがは血をわけた弟だ。お見舞いにきたのか」
三郎はうれしそうです。
三郎の枕元に座るわたくしの、膝の上のお秀ちゃんの顔が曇ります。
「あの、三郎様。権六様から、書状を受け取りました」
「なに!?」
三郎はそれを受け取ると、すぐに内容を確認しました。
すると、顔色がどんどん悪くなります。
一通り目を通すと、わたくしの顔を見ます。
「カツトシ! 権六の書状には勘十郎が謀反のきざし有りと書いてある」
「そうですか。では、わたくしに考えがあります」
わたくしは、三郎の耳の中に小声でヒソヒソ言いました。




