第二百七十話 浮野の戦い
それは、おキツ様のお屋敷が出来上る頃におきました。
「カツトシ殿! た、たいへんじゃ!!」
知らせは、小六さんが持って来てくれました。
この頃小六さんは、岩倉城に出入りをしています。
美濃とは明確に距離をとり、尾張との取引を本格化したのです。
ちゃっかり岩倉の敵、清洲の三郎とも取引をしていますけど。
「どうしたのですか?」
わたくしが聞くと、藤吉郎も興味深そうに小六さんに注目しました。
「岩倉城の城主信安様が追放された」
岩倉城の城主信安様とは、織田信安様、三郎のおじさんです。
「な、なんじゃとーっ!」
「家臣の謀反ですか?」
藤吉郎が、座ったまま驚いて飛び上がりました。器用ですね。
そして、わたくしの質問。
ほぼ同時でした。
「いや、長男の信賢様にじゃ」
織田信賢、三郎のいとこになります。
でも、父親の追放とは。
これで、三郎は戦争の大義を得ました。
「こ、こうしちゃおれんがや! ちゃっと三郎様のところへ行かないかんがや!」
藤吉郎があわてています。
「しゃーねーダニ。藤吉郎! オラが運んでやるダニ」
「おおっ! これはありがたい!」
藤吉郎の瞳がパッと輝きました。
きっと、これで三郎に1番で情報を届けることが出来るでしょう。
ダニーさんに運んでもらえば、自動車で行くようなものです。
信号がないから、現代の自動車で行くより速いかもしれません。
小折からなら、1時間とはかからないでしょう。
意外に小折と清洲は近いのです。
三郎が動いたのは、おキツ様が小折城西の丸の北側に、新築されたお屋敷で療養を始め、そのお屋敷が「吉乃御殿」と呼ばれるようになってからでした。
「たいへんじゃー! カツトシさーん!」
大声を出して、小折城に走って来たのは藤吉郎でした。
「ど、どうしたのじゃ?」
今度は小六さんが聞きました。
「三郎様がとうとう兵を動かす。兵を清洲城に集めている」
「なに!! それは、大変じゃ!! こうしてはおれん、岩倉城に知らせねば」
小六さんがわたくしのボロ小屋を走って出て行きました。
わたくしも、小折城の中門の衛兵にその事を伝えました。
翌々日、三郎の軍は清洲を出ると、浮野の地に陣をはりました。
数は2000人です。
でも、その2000人は他の国の兵とは全く違います。
この2000人は、清洲の十田道場と、那古屋の十田道場で毎日鍛錬をした精鋭です。
1人として、寄せ集めの兵はいません。
野戦なら、倍の数の敵が来てもびくともしないでしょう。
もともとは700人でしたが、この頃には2000人にまで、膨れ上がっています。
補足するのなら、この兵士は乱取りもしません。
給料を、ちゃんと三郎からもらっているのです。
――浮野
この地は、生駒家の小折城と、青木川を挟んで西に二キロほどしか離れていません。
わたくしのボロ小屋の近くにある、龍徳寺というお寺の境内の、大木にのぼれば見える場所にあります。
生駒家は犬山織田家の命令なのか、兵を動かしていません。
わたくしは、生駒家の命令がないのでこの戦争には出る事ができません。
もし、出ていればきっと三郎の敵になっていると思います。
だから三郎は、この戦に参加出来ないわたくしに見せるために、浮野の地を決戦の場所に選んだのでしょうか。
――敵陣営のわたくしに、負けそうになったら、援軍に駆けつけよ!
そう言っているみたいに感じます。
三郎なら言いそうです。
龍徳寺の大木の上で様子を見ていると、岩倉街道を岩倉織田家の兵士が北上してきました。
岩倉街道とは、岩倉と犬山を結ぶ街道です。
生駒家の小折城の横を通ります。
そして、小折城の手前で西へ進路をとり、浮野へ向かいました。
その数は3000人以上います。
三郎の兵が2000人と知り、数が多いので有利だと思い、この野戦を受ける気になったのでしょうか。
でも、岩倉軍の兵士の半数はボロボロの服を着た寄せ集めの足軽です。
三郎は、少数精鋭でいつも勝っていますが、岩倉の織田家は学んでいないようです。
まあ、三郎の精鋭は、ボロを着ていますから、弱々しく見えますけど。
三郎の清洲軍と、岩倉軍は対峙しました。
総大将は、三郎と信賢様です。
正々堂々、真っ向勝負をするようです。
緑のじゅうたんの上に、整列する清洲軍2000対岩倉軍3000が間合いを取って整列してにらみあい、戦い開始の合図を待ちます。
踏みしめられた、青草の匂いがここまでただよってくるようです。
木の上で見ていると、両軍の兵力の差が良くわかります。
岩倉織田家の方が、やはり数の上では有利に見えます。
集団が一回り大きいのが良くわかります。
「ええかー!! ボロを着た足軽はなるべく殺すなー!! かかれー!!」
さすがに距離があるので、三郎の大声もはっきりは聞こえません。
でも、なんとなくわかりました。
「うわああぁぁぁぁーっ!!」
かん声があがります。
前衛の槍隊が進むと、岩倉の弓隊が矢を放ちます。
矢が放たれると、清洲の槍隊は散開し横に避けます。
開いた空間に、大声隊が大声を放ちました。
大声とは、鉄砲のことです。
真っ白な煙で、清洲軍が見えなくなりました。
火薬の破裂する爆音がここまでとどきます。
「ぎゃああぁぁぁぁー!」
阿鼻叫喚の悲鳴が上がり、バタバタと岩倉軍の兵が倒れます。
「つっこめー!! カツトシさーーん!! 見てくれていますかー!! 俺は孫四郎から又左衛門に名前をあらためましたー!! うおおおおぉぉぉぉー!! 又左衛門の十田流槍術、うけてみよー!!」
孫四郎の声が聞こえました。
そして、声に注目してみると、孫四郎の姿がわかります。
敵軍に深く入り込み、綺麗な服を着ている兵を次々倒しています。
孫四郎、いいえ又左衛門は強いですね。
圧倒的な強さで、敵兵を薙ぎ倒します。
これは、槍の又左衛門と呼ばないといけませんねぇ。
三郎は、困難な戦いをしています。
鉄砲を使えば、すぐに皆殺しに出来るでしょうに、わざわざ槍隊で戦っています。
これは、ボロを着た足軽を殺したくないと、そういう戦いです。
時間が過ぎていきますが、岩倉軍の兵が、ボロを着た兵ばかりになってきました。
「ぜんぐーん、すすめえー!!」
北から、新手があらわれました。
その数は、1000人ほどです。
乱戦に入っている両軍の中央に進みます。
旗印は織田木瓜です。
北からなので、犬山織田家です。
岩倉織田家所属なので、岩倉軍の援軍でしょう。
「おおー! えんぐんじゃー! 気合いを入れろー!!」
岩倉織田家の信賢様が叫びました。
「おおーっ!!」
半数ほどに減った、岩倉織田軍でしたが、援軍のおかげで息を吹き返しました。
「かかれーっ!」
犬山城城主織田信清様が吠えました。
「ち、ちがう! ちがうぞー!!」
信賢様が叫びます。
犬山織田軍は、岩倉織田軍に襲いかかります。
犬山織田軍は、斥候を送りこの戦いを見ていたようですね。
大勢が決まった所で、勝ちそうな方に味方をしたとそういうことのようです。
これで、犬山織田家は明確に岩倉織田家から離反しました。
犬山織田家が、三郎に味方したということは、犬山織田家の配下の生駒家は事実上三郎の配下になったと言う事になるでしょう。
「てっ、てったいじゃー!! 岩倉城へてったいじゃー!!」
信賢様が号令をかけます。
犬山織田軍の参戦で、岩倉軍は撤退を開始しました。
「うおおおおぉぉぉぉー勝ったぞー!! うおおおおぉぉぉぉーーーー!!!! カツトシーー!! これでおみゃーは、今日からわしの配下じゃー!! うおおぉぉー!!」
三郎の雄叫びです。
「おおおおぉぉぉぉーー」
それを聞くと、清洲犬山連合軍の兵士からも雄叫びが上がりました。
クールな三郎があんなに大声を上げるとは、勝てたのがそうとううれしかったようですね。
これで、尾張統一に王手です。わかります。
なんだか、わたくしの名前を呼んだような気がしますが、兵士達の声に消されてよく聞こえませんでした。
この戦いで岩倉織田家は、正規兵が壊滅するほどの大打撃を受けました。
約1500人の死者が出て、重症のケガ人を含めれば2000人以上の被害をだしています。
対する、三郎の兵の損害は軽微でした。




