第二百六十五話 感服
「誰じゃ!?」
小六さんが警戒します。
「おお、申し遅れました。十兵衛にございます。小六殿、川並衆の皆さん、援軍に来て下さりありがとうございます。助かりました」
上半身が見えてきました。
顔が泥に汚れていますが間違いなく十兵衛さんです。
着ている着物も泥で汚れ、腐葉土のようなにおいがします。
土に埋まって隠れていたみたいですね。
「ふふふ、十兵衛殿、我らに礼はいりません。我々は様子を見に来ただけだ。礼ならわざわざ尾張から援軍に駆けつけた、長槍衆に言ってくだされ」
「カツトシ殿! 長槍衆の皆さん! 皆さんの助けがなければ、この十兵衛あと少しで腹を切るところでございました。心より感謝いたします」
十兵衛さんは深く頭を下げました。
ポトリと、地面に光る物が落ちました。
「いいえ、わたくしは間に合いませんでした。城は落城し、住民はじゅうりんされてしまいました。こちらの方こそ、頭をさげてお詫びしたい気持ちで一杯です。十兵衛さんだけでも助かってよかったです。本当によかったです」
「何を言われますか。このような危険な場所に命もかえりみず来て下さった、このご恩、明智十兵衛光秀、一生忘れる事はございません。本当に感謝いたします」
十兵衛さんは、わたくしの手をとり感謝の意を示して下さいました。
「おぉぉーい! 持って来たダニー!!」
あら、ズラーさんがダニーさんと留守番を変わったみたいですね。
「もって来たデェース!!」
「さて、何が入っているのでしょうか?」
わたくしは、三郎の持たせてくれた大きな荷物のフタを開けました。
「おおっ!! かれいいじゃ!」
「味噌玉もある! 米に鍋もある!」
「うめぼしじゃ! ありがたい!」
「水も入っている」
「……!?」
「うおおおおぉぉぉぉーーーーーーーー!!!!!
歓声が上がりました。
何が入っていたのでしょうか?
「ぜにじゃあぁぁーっ!!」
「おっおおおぉぉーーっ!! ぜにじゃあぁぁーー!!」
「ぜにが入っているぅぅーー! おおおおぉぉぉぉーっ!!」
お金を見て泣き出す人までいます。
そうですよね。
ここに来ている人は家で飢えて待つ人に、何かを持って帰りたくて来ているのですから。
「結構な量入っているぞ。いったい何貫入っとるんじゃ!」
小六さんが驚いています。
「どおりで重いわけダニ。こんなもんが入っとったダニか」
全員がわたくしの顔を見ます。
「うふふ、これは三郎が、皆さんに配るようにと渡してくれた物です。小六さん、皆さんがケンカしないように分けてあげて下さい」
「三郎様は民には惜しげもなく、ぜにを配り自分はボロを着る。この十兵衛、感服つかまつりました」
十兵衛さんは、清洲に向かって深々と頭を下げました。
また、オレンジの光をキラキラ反射する物がポトリポトリと、さらにポトリと、あらまあ止めどなく落ちていきます。
涙腺崩壊ですね。わかります。
十兵衛さんは三郎を決して裏切らない忠臣になってくれる気がします。
「くっっせーっ!!」
「ひゃは、便所のクソがめにかくれておったからのう」
「わしは、畑のこえだめじゃー!!」
「ばかたれ!! 川で体を洗ってこい!! くせーんだよ!!」
明智の家臣の人達がゾロゾロ出てきたみたいです。
結構生きていたみたいです。
「食い物は明智の人に、ぜには足軽達じゃ!! ぜにをもらった者は家に帰れー!! 川並衆は鍋に湯を沸かせ!! 火はそこらじゅうにある! すぐにかかれーー!!」
鍋からお味噌の良いかおりがしてきました。
「のう、少しええかのう」
お爺さんの兵士がわたくしに話しかけてきました。
「はい。何でしょうか?」
「わしは、土田の者じゃ。あんたは、尾張の人じゃと聞いた」
「はい、そうですわ」
「ならば『小折の方』を助けて欲しい。明智城下のゴロツキ共が数十人、『小折の方』をねらって、山に入ったのじゃ」
「コオリのカタ?」
「むっ、小折の方ではわからんか。たしか生駒家のキツノとか言ったかのう。ずいぶん前じゃから。もう間にあわんかもしれんがのう」
「なあぁぁぁぁーっ!! おおお、おキツさまー!!」
「ど、どうしたのじゃ! 知り合いなのか。ならば急ぐのじゃ。『小折の方』は美し過ぎる。ゴロツキ共はずっとつけねらっておったようじゃ。捕まれば何をされるかわからん」
「おキツさまー!!」
わたくしは走り出しました。
「おい! おまえさん! そっちは反対じゃ! 土田はこっちじゃ!!」
おじさんが指をさしてくれました。
指をさしてくれたのは、ななめ左の山でした。
オレンジの光を全部吸い込んで、真っ暗にたたずむ山です。
あんな、恐ろしい山にあの美しいおキツ様が。
きっと、笑顔で励ましていると思いますが、心では泣いていますね。
――早くいかないと! 十田エイリ参ります!!
「ダニーあんちゃん! ズラーあんちゃんを呼んできて! オラはエイリについていくデェス!」
「わかったダニ!! デェス! エイリを守ってやってくれ! すぐに行くダニ!!」
わたくしは、デェスちゃんと走り出しました。
「ちょ、ちょっと待ってくれー!!」
小六さんと十兵衛さんが追いかけて来ます。
十兵衛さんは、かれいいを口一杯に頬張り水を飲みながら走って来ます。
小六さんも食べながら飲み、飲みながら食べて走って来ます。
2人もついて来るみたいです。
「危険ですよ!!」
「ひゃははは!! カツトシ殿のそばが一番安全じゃ! のう十兵衛殿」
「ふふふ、ちがいありませんなあ」
「あら、それは」
「ああ、これですか。これは大声です」
十兵衛さんの背中には長い包みがあります。
大声とは、三郎が決めた鉄砲の隠語です。
尾張では他家に戦争で鉄砲を使ったとバレないように「鉄砲を使った」と言わずに「大声を使った」と言うのです。
「それほど大切なのですか?」
「これは、私の命に等しい物です。この大声は相性が良くて、狙えば百発百中、外すことがありません」
「それは、すごいですね」
「むふふっ」
十兵衛さんが、男の子のような無邪気な顔で笑います。
むふっ、宝物なのですね。
「さがせー!! そう遠くには行けていないはずだー!! 一番に見つけた奴に、一番をゆずってやるー!! さがせー!!」
「おおぉぉーっ!!」
――よかった! 間に合った!!
暗闇なので、松明の明かりは遠くからでもよく見えます。
小さな小さな、ノミくらいのオレンジの光ですが見えてきました。
向かい側の山の中腹です。
「きゃああぁぁぁぁーーーー!!!!」
いけません、女性の悲鳴です。
「やっと見つけたぞ!! ちっ! 使用人の女か!」
「ひひひ、それでいい、逃がすなよ。小折の方!! きけーー!! 出てこねーとこの女をころおぉぉーす!!」
「……」
「なるほど、でてこねーのか。おい!! その女をもてあそんでやれ」
「いやああぁぁぁあぁぁぁぁーー!!」
「ひゃはははは」
「おやぶん、こりゃあ上玉ですぜ」
「おやめなさい!!」
いけません。
おキツ様の声です。
なつかしい、おキツ様の、お、おキツ様の声です。
だめだ、目の前がにじんで、前が見えなくなりました。
そして、すっころびました。
わたくしとしたことが。
時間がないのに。
「馬鹿が自分から出て来たか」
「わた、私がお相手いたします。だから、その子は離して下さい」
「いいだろう」
「おやぶん、こいつ自分から出て来ましたぜ。こういう場合の一番は誰になるのでやすか?」
「馬鹿なのか。俺に決まっているだろう」
「き、きたねーー」
「ひきょーだー」
「おうぼうだー」
「やかましいんだよ!! そんな事はどうでもいい、早くぬがせろ」
「お、おおーーっ!!」
「す、すげーー!! うちのかかあの、十倍はでけーー!!」
「いやああああぁぁぁぁぁぁーー!! うわああぁぁーーん!! かつとしぃぃぃぃーー!!」
「ばかめ! お前達がこんな山の中まで逃げたから、もう叫んでも誰にも聞こえやしねーんだよ。観念しろ」
「たすけてぇぇぇぇーー!! わああぁぁーーーー!!」
暗い、暗い、山の中におキツ様の悲鳴が無情に吸い込まれていきます。




