第二百六十四話 おキツ様の行方
明智の城下は夜も眠らないようです。
これでは、暗くなるのを待って逃げようとしていた人々も動くことが出来ません。
松明が城下を照らし、隙間なく兵が配置されています。
明智の民は飲まず食わずで、恐怖の中で息を殺して隠れているのでしょう。
三郎が、食料と水を渡してくれた意味がわかりました。
「義龍の執念が伝わってくるズラ」
「見つかれば、ひどい仕打ちが待っているデェース」
「……?」
ダニーさんは無言のままわたくしの顔を見ました。
わたくしの指示を待ってくれているようです。
明智城下には1000を超える兵の姿が見えます。
多くが乱取り目当ての足軽です。
「敵兵は1000を超えています。尾張の兵1000人分の働きをしろと三郎に言われました。城下の敵兵と手加減無しで戦いましょうか」
「望むところダニ」
「敵兵を殺す事になります」
「きしし、もともとオラ達は人間を殺す事に抵抗はねえズラ」
――そそそ、そうでしたー!!
3人のカルッパン族の戦士と、初めて会ったのは廃病院でした。
3人は人間を殺していましたー。
この3人にとって人間は、サルと同じようなものです。
「その方が楽デェース」
なっ!? デェスちゃんまで!
うふふ、決めました。
やっぱりわたくしは、美濃の足軽は殺したくありません。
今は、盗賊のようなことをしていますが、これは今のこの国では常識のことなのです。
家で待つ家族のためにしている事なのです。
家に帰れば、やさしいおとうさんなのです。
「きゃあぁぁぁぁぁぁーー!! たすけてーー!!」
女性の悲鳴が響き渡りました。
「ひゃははははーー!! やったどー!! 上玉だー!!」
「くそう! もう我慢がならねえ! 行くぞ!」
「おかしら! 行くぞと言っても、こっちは100人だ。やられておわりだ」
わたくし達の下のヤブから声がします。
明智の援軍でしょうか。
「捕まったのは、おキツ様ではないようですね。ズラーさんとデェスちゃん! 助けに行きましょう! ダニーさんは荷物をお願いします」
「なっ、ダニー!! ああっ! 行ってしまったダニー!! ひでーダニー」
「おかしら! あれを見てください!」
「おおっ! なんじゃあありゃあ! ヤブの中をすごい速さじゃ!! んっ!? 3人じゃねえか! 殺されるぞ! おーいやめとけ! やめとけぇー!」
ヤブの中の援軍100人がわたくし達に気が付いたみたいです。
「わたくし達は、尾張からの援軍です」
「なに!? 尾張だと! すると織田信長の手下か」
「うおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!!」
援軍の手下から歓声が上がりました。
「どうした??」
「あっ、あれは……あれは」
手下がわたくし達の方を指さします。
「あれは??」
おかしらは、何の歓声か歓声の意味がわからないようです。
まあ、わたくしもわかりませんけど。
「あれは!」
「ひっぱりすぎじゃ!! さっさと言えっ!!」
「ズラーさんとデェスさんだー!! うおおおおぉぉー!!」
「なんだと! あれが美濃の悪ガキ共の間で伝説の怪物、十田の3兄弟か! そうか、よし! 行くぞ!! 川並衆つづけー!!」
「わしが見つけたんじゃ!! 一番はわしじゃー!! 早くぬがせろ!! たまらんのう!! うひひっ」
女性の体が、松明のオレンジ色の光に照らされてなまめかしく浮かび上がります。
その顔が恐怖にゆがみます。
周りを、ボロを着た足軽が、ひわいな顔をして囲みます。
「ひひひ、めんこいのう!」
「じゅるり」
男達がよだれを吸い込みます。
「そこまでだ!!」
おかしらが言いました。
「うぎゃあぁぁぁぁー!!」
囲んでいた男達が一瞬で吹き飛びました。
ズラーさんとデェスちゃんはさすがです。
「くせものだーー!! くせものだーー!!」
離れたところでうらやましそうに、こっちの様子を見ていた美濃の足軽の1人が叫びます。
大勢の兵の持つ松明が近づいてきます。
あっという間に取り囲まれてしまいました。
松明の煙が充満して、セキがでる程けむたくて、煙が目にしみます。
「馬鹿が! 探す手間がはぶけた!」
馬に乗った将が、囲む兵の後ろに駆けつけました。
「お、おい! あんた! だいじょうぶなのか?」
おかしらが不安げに、わたくしのそでを引っ張り小声で聞いて来ました。
「さあ?」
わたくしは、すこし不機嫌に言いました。
だって「そこまでだ!」は、わたくしのセリフでしたのに!
「ふふ、さすがだなあ。こんな状況でも余裕だ。わしなんか見て見ろよ」
おかしらは、全身が震えています。
この状況なら仕方がないと思います。
わたくしが平気なのは、小指の紋章のおかげです。
わたくしは小指を立てて、その爪を見つめました。
頬がぽっと熱くなります。
「うふふ、安心してください。尾張の長槍衆が来たのですから」
「長槍衆か。元の十田衆だな。するとあんたが、頭領の十田カツトシ殿か」
この人はすごいですね。
三郎が一生懸命秘密にしている事を知っています。
「そうですわ。わたくしが十田カツトシです。あなたは?」
「わしは、蜂須賀小六じゃ。小折の生駒と同じような仕事をしておる川並衆の頭領じゃ。おおっ、生駒で思い出した。あんたは、もしかしておキツ様を探しているのか」
「知っているのですか?」
「ああ、土田城から真っ直ぐ山の中を、尾張を目指しておった。まだ見つかってはいないと思うぞ。だが、あの藪だ。女子供の足じゃあ、難儀しているだろう」
「うふふ、ありがとうございます。こうしてはいられませんね。さっさとかたづけて、おキツ様を追いましょう」
わたくしの心は、うれしさのあまり、おキツ様のもとへ飛んで行きました。
「よかったズラな」
「よかったデェース」
2人が涙ぐんで喜んでくれました。
「べらべら、べらべらと、貴様らは状況がわかっていないようだな」
馬の背の美濃の将が、余裕の表情で見おろします。
「わかってねえのは、てめーズラ。こっちは時間がねえズラ」
ズラーさんは言い終わると、姿が消えました。
ちがいますね。
消えたように見えるほどの速さで動いたのです。
ドサリと音が聞こえました。
馬から、美濃の将が落ちたのです。
落ちた将の甲冑の兜が大きくへこんでいます。
強い力で殴られたようです。
「ひっ!!」
それを見た、周りの足軽が小さく悲鳴を上げました。
その足軽の群に、デェスちゃんが飛び込み暴れ回ります。
「ぎゃああぁぁぁぁー!!」
そして、ズラーさんも。
「ごわあぁぁー!!」
足軽の群が次々倒れていきます。
2人は、美濃の綺麗な身なりの兵の命は絶っているようです。
「す、すげー!!」
「俺達の出番が全くねえ」
「カツトシさんは音もなく敵を次々倒している」
川並衆が、ボウゼンとわたくし達の戦いを見つめます。
この悲鳴は、留守番のダニーさんにも聞こえているかもしれませんね。
「皆の者、聞けー!!」
いつの間にか、後ろの民家の屋根に小六さんが乗っています。
美濃の正規兵が全員倒れるのを待って大声で言いました。
「おおっ!?」
全員が屋根の上の蜂須賀小六さんを見つめます。
「そこにいるのは、濃尾の怪物じゃ! 子供の頃一緒に相撲をとった者もおるじゃろう」
「おおう? そうじゃ、ズラーさんじゃ!」
「デェスさんじゃ!!」
「なつかしー!!」
「尾張から、仲裁にわざわざ来てくれたのじゃ。もうよそうじゃねえか。もともと。わしらは美濃の仲間同士じゃねえか」
「言われて見ればそうじゃ」
「わしらは、なんで殺し合っておるのじゃ」
「ズラーさん、デェスちゃん荷物を取って来て下さい。ダニーさんの分はおキツ様の分です。もうしばらくダニーさんはお留守番です」
わたくしは、みんなで食事をしようと考えました。
「わかったズラ」
「わかったデェース」
2人は山にかけて行きます。
「あの、小六さん。十兵衛さんが生きているかもしれません」
「んっ!? 十兵衛?? おおっ! 光秀殿か。皆の者十兵衛殿を探すのじゃー!!」
屋根の上で、川並衆に声をかけてくれました。
「おおっ!」
「十兵衛どのー!! いくさは終わりましたー!! 出て来てくださーい!」
小六さんの手下が返事と共に走り出しました。
大きな声で呼びかけながら、走ってくれます。
100人が手分けをすればすぐに見つかりそうです。
「ふふふ、おそれいります」
笑いながら闇から人影が出て来ました。
まだ、暗闇に上半身が隠れています。
誰でしょうか?




