第二百六十一話 尾張の怪物
三郎が清洲城に引っ越しが終わると、岩倉織田家との仲は急速に悪くなります。
尾張は南北に分かれ敵対する形になりました。
岩倉織田家に所属する生駒家は、三郎の敵になります。
その生駒家の小折城に住む、最下層の足軽のわたくしの所にも、その知らせが来ました。
「まあ、お前さんのような者には、あんまり関係のないことなのじゃが、一応のう。岩倉城城主織田信安様は……」
お爺さんの足軽頭が、わたくしの所に来て説明をしてくれました。
簡単にまとめると、岩倉織田家は三郎の弟、末盛城の織田勘十郎信勝さんと友好関係を結び、さらに美濃の斎藤義龍さんとも友好関係を結び、敵清洲織田家をやっつけることにしたというものでした。
おかげで、わたくしは敵である清洲織田家の三郎のもとに、ひんぱんに出入りを出来なくなりました。
なんの役にもたたない足軽のわたくしですが、しょっちゅう那古屋や清洲に行っていることがバレると、生駒家に迷惑がかかります。
しかたなく、お家でだらだら、ぐーたらしてのんびりすごしています。しかたなくです。
わたくしはくるひもくるひも、朝起きてご飯とウメボシで朝食をすまして、五条川に行きます。
五条川では幼いおキツ様と、幼いカツトシがたわむれている幻影をみながら、物思いにふけります。
「はーっ! おキツ様はどうしているのでしょうか? はあぁぁーっ!」
わたくしが大きなため息をついて、小指の爪の紋章を見ていると。
「カツトシさまー!!」
西から走ってくる人影が叫んでいます。
――西から??
那古屋や清洲からなら南のはずです。
「はい! どうしました?」
「ハア、ハア、カ、カツトシ様、ハアハア、ゼーゼー、ハアハア」
どこか遠くから走って来たのでしょうか。
馬を使わなかったということは、目立つことが出来なかったということです。
三郎からの使者でしょうか?
「どうしました?」
嫌な予感がします。
「美濃でいくさがはじまりました。斎藤義龍が、父親である道三様に兵を出しました」
「えっ!?」
サイトウさんドウサンさんが、息子に攻められている?
なんで? 親子でしょ?
「三郎様が、道三様を助けるため援軍を出されました」
「そうですか、さすがは三郎です。義理の父親ですもんね。わかります」
やっぱり、三郎は義理人情に厚いですね。
「敵、義龍軍は約二万、道三様は約三千、三郎様は千です」
「えっ!? 二万対四千? 五倍の兵力差、まさか三郎は参加していないでしょうね」
「いえ、織田軍総大将として参加しています」
「そうですか。ふうぅぅー!」
大きなため息がでました。
どう考えても死にに行くようなものでしょう。
「カツトシ、行くダニな!」
ダニーさんがうれしそうです。
さすがは、戦闘民族カルッパンのカッパ戦士です。
「はい」
「やったー! いくデェース」
「やったるズラー!!」
退屈をしていたのでしょう。
ズラーさんとデェスちゃんもうれしそうです。
「道案内はお願いできますか?」
「もちろんです」
使者さんは、ダニーさんに、わたくしはデェスちゃんに御姫様抱っこです。
「ほ、報告します。道三様! お討ち死に!!」
三郎は美濃の大良という地で、迎え撃つ義龍軍と戦っている最中でした。
そこは緑広がる草地でした。
ここから金華山の頂の稲葉山城を、はっきり目で確認することができます。
でも義龍とサイトウさんドウサンさんが戦う戦場はその向こう側で、まだまだ距離があります。
「なにっ! は、早すぎる!!」
三郎のもとに、ドウサンさん討ち死にの知らせが来ました。
すでに三郎は、美濃の奥まで進んでいます。
本気の援軍だったようです。
「まだ、義龍軍には知られていないはずです。素早く撤退を」
「すると、そなたはおやじさまからの使者か。くそっ! 撤退じゃー!!」
使者はドウサンさんからの使者でした。
おそらく、三郎を死なせないために、ドウサンさんは死ぬ覚悟を決めて、自分の死ぬ前にいち早く使者を出したようでした。
「ははっ!!」
三郎の配下が返事をしました。
約千と言っていた三郎の兵は、いつもの700人でした。
わたくしの道場で体を鍛えた、三郎最強の兵団です。
「もう少し、耐えてくれれば、カツトシも合流して勝てたはずじゃ!! 無念じゃ!!」
三郎は勝つつもりだったようです。
「どうしたのじゃ?? 織田軍が撤退をするぞ!? わかったぞ!! 道三様がしんだんだ!! ひゃははは!! 我が軍の勝利じゃ! 近隣から兵を集めよ!! 敗軍を全滅させるぞー!! 信長の首をとれー!!」
敵の将が言うと、兵士が移動を開始します。
早馬が陣を出ます。
近隣から、落ち武者狩りまで集って、敵軍の数が増えていきます。
先回りする兵の姿も見えます。
「ちっ!! これまでか、目の前の集落で、陣を作れー!!」
すぐ近くに集落が見えます。
草地で、大軍を相手にするのは分が悪いので集落で敵を迎え撃つつもりです。
街道に兵を分け、籠城戦のかまえです。
「展開しろ!! 街道を手分けしてまもるぞ!!」
三郎配下の将が下知します。
「腹を切る場所をさがせ!!」
静かに三郎は近習に言いました。
「えっ!?」
驚いているのは孫四郎と藤吉郎です。
「お前達は、敵の足軽が来たら、敵の足軽にまぎれて逃げよ。その身なりならわからんはずじゃ。おおっ! わしが腹を切ったら火を付けるのを忘れるなよ」
「ざぶろーじゃまー! ぐしっー!」
孫四郎は泣き出しました。
包囲する敵兵の数は、ドンドン増えていきます。
わたくしは、いくさのあとで孫四郎からこの話を聞きました。
「おまちくださーい!!」
わたくしたちが、爆走していると声を掛ける一団がいます。
水色の家紋の旗をたてています。
「十兵衛さん!? サイトウさんの援軍ですか?」
サイトウさんドウサンさんの甥の明智十兵衛さんです。
「はい、我々明智家は、道三様の援軍です。道中で三郎様も援軍に来ているというのを聞きました。どうせなら三郎様と合流したいと思って、こちらへまかりこしました」
「でも、回り道では」
「ふふ、道三様の方へは叔父が本隊で真っ直ぐ向かっています。ですが、間に合わないだろうということでした。明智は遠いですから。ですので、急きょ私はこちらへ兵五百を連れて来たしだいです」
「ズラーさん、十兵衛さんをお願いできますか?」
「もちろんええズラ」
「お前達は周囲を警戒しながら街道まで進み川の手前で陣を築け、義龍軍が来たらいち早く撤退して明智へ帰れ」
十兵衛さんは手勢に指示をしました。
手勢の手には鉄砲を持つ兵が大勢います。
さすがは十兵衛さんです。
鉄砲をいち早く取り入れたようです。
「ははっ!」
十兵衛さんはズラーさんにかかえてもらって、三郎のもとへ向かいます。
胸騒ぎがします。
「急ぎましょう」
「おいおい! あいつら、たった4人でなにをするつもりなんだ?」
「ひひひっ」
十兵衛さんの家臣からバカにする声と失笑する声が聞こえます。
「こりゃあ、えらいことになっとるズラ」
集落を数千人の兵が囲んでいます。
「ずいぶん集ったなあ。そろそろ行くか。ぜんぐーん」
敵軍の将が言いました。
全軍に突撃をさせる寸前でした。
ギリギリセーフです。
「ちょっと待つダニー!!」
ダニーさんが大きく手を振って敵の将の方へ進みます。
十兵衛さんと案内の人は、集落の手前の里山の雑木林で別れました。
雑木林には、他に十兵衛さんの家臣が数人隠れています。
十兵衛さんが、さっき笑った家臣達を同行させたのです。
自分達で走って来たのでゼーゼー息を切らしています。
「何者だー!! 名をなのれー!!」
敵将が吠えます。
「オラはダニーダニ!! 織田家の長槍ダニ!!」
「長槍だと!? 何も持っていないじゃないか!」
「あー、オラ達4人は存在が長槍ダニ。サブロー! 助けに来たダニー!!」
「あ、あれは、ダニーさんだ」
「そうだ、間違いない。なつかしー」
「後ろに、ズラーさんもデェスさんもいる」
「濃尾の怪物が3人、全員そろっている」
「残りの一人は誰だ?」
美濃のボロを着た足軽は、ダニーさんとズラーさんとデェスちゃんを知っているようです。
美濃の悪ガキ共のようです。




