第二百五十八話 愛情を感じて
乱取り目当ての貧しいボロボロの身なりの足軽達は、三郎の用意した銭と米をもらって笑顔で帰って行きます。
乱取りが出来るといっても早い者勝ち、いつも何かが手に入るわけではありませんし、乱取りの前の合戦で死ぬかもしれません。
何もしないで手当がもらえたのなら、その方がいいのでしょう。
ボロボロの着物の足軽がいなくなったところに、那古屋城から同じような身なりの足軽が150人、騎馬隊が50人補充されました。
残っている末盛の兵は全員綺麗な身なりをしています。
「ひっひっひっ」
「みろよあれ!!」
「ぜんぜん変わらねえじゃねえか」
「くせーし、きたねー」
末盛の兵士達から那古屋の兵をバカにする笑いと、さげすむ声が聞こえます。
「権六! この戦いは清洲の兵を無駄に殺す事も許さん。殺していいのは兜首だけじゃ!! ええな!! 清洲の兵も結局は尾張兵、尾張の民じゃ。わしが守るべき民達なのじゃ」
「なっ!?」
権六さんは驚きの表情です。
「それと、清洲兵が撤退したら追わんでええ!! 清洲城はなるべく無傷のまま手に入れたい。あれは、すでにわしのもんじゃ。そして権六! おまえが死ぬ事も許さん。お前も尾張の民なのだからのう。わしが守るべき対象じゃ」
三郎は当たり前のように淡々と言いました。
「な、ななっ!!」
権六さんがまた驚いています。
三郎はすでに清洲を手に入れたつもりでいます。
清洲の城も兵も民も全部自分のものと考えているようです。
それだけではありません、尾張と言っていますので。
三郎はよくばりですね。
今日のいくさは、負けることなどミジンも考えていないみたいです。
「権六! この戦いからは十田衆を長槍衆と呼ぶ事にする。あと、鉄砲は大声と呼ぶ。今川の間者にバレたくないからのう。わかったらさっさと出陣せよ!! わしは那古屋城で留守番じゃ」
「ははっ!! 全軍出陣じゃー!!」
権六さんが騎馬で先頭に進み出ました。
権六さんに続き、末盛の兵が整列をして進みます。
その後ろに那古屋の兵……。
「おい、何をしておる行くぞ!!」
那古屋の足軽の中に、三郎が手ぬぐいで、ほっかむりして混ざっています。
違和感がぜんぜんありませんが、留守番するのじゃなかったのですか?
わたくしが行こうとすると、着物が何かにひっかかりました。
いいえ、引っかかったわけではありませんでした。
「カツトシ様! ぜったいに帰って来て下さい」
お秀ちゃんが、手でわたくしの服をつかんでいたのです。
「はい」
わたくしはお秀ちゃんの鼻に自分の鼻をくっつけて、笑顔で返事をしました。
かわいらしいお人形さんのような、お秀ちゃんの瞳が涙でゆらゆらゆれます。
「ケガもしないでください! ご武運を!」
「はい」
すごく、行きたくなくなりました。
「おい! カツトシいくぞ!! おみゃあもほっかむりしろ!!」
三郎がイライラしています。
でも、ほっかむりしたら、かえって目立つのではないでしょうか。
三郎の方をみたら、藤吉郎も孫四郎もほっかむりをして、那古屋の足軽の中にまぎれています。
「ぷっ」
那古屋の足軽が全員ほっかむりしています。
なるほど、これならバレません。
「ぜんぐーーん、とまれーー」
権六さんの声がしました。
末盛兵が足を止めると、兵士が横へ広がります。
ガチャガチャ甲冑の音が広がります。
那古屋から清洲へ向かう途中の草むらで、両軍は対峙しました。
わたくしたちは、整列の終わった末盛兵の横に並びます。
風が吹く度に緑がゆれてサーーッと音が流れていきます。
両軍の旗が揺らめき、音を奏でます。
ザーッ、パタパタ、ガチャガチャ、まるで音楽を聴いているようです。
「ここは、安食か。敵は2000を越えているのう。大将は織田三位と河尻左馬丞か。坂井大膳はこなんだか」
三郎が馬に乗って敵陣を見つめて言いました。
あんまり目立つとばれますよ。
敵は2000人以上。
こちらは700人、三倍ほどの兵力差です。
「な、なんだ、あの数は!!」
「多い! 多すぎるぞ!」
「ひぃぃぃー!!」
末盛の兵がおびえています。
「くっくっくっ」
「へっへっへっ」
那古屋で馬鹿にされた仕返しとばかりに、那古屋兵が余裕の笑い声をだします。
「なっ!? あいつら恐くないのか」
末盛兵がザワザワします。
「ぐわああぁぁはっはっはっ!! 弾正忠家はそれだけしか兵をあつめられなかったのか! いまなら許してやる。とっとと那古屋へかえりゃーがれ!!」
織田三位が爆笑しています。
もう勝ったつもりのようです。
「権六殿! われら、長槍衆出ます」
権六さんは敵の数に圧倒されて、下知出来ないほど飲まれてしまっています。
しかたがないので、わたくしの方から申し出ました。
「お、おおっ!!」
権六さんがうわずった声で返事をしました。
チラリと三郎を見ましたら、恐ろしい形相です。
怒っていますね。
「うおっ!! ダニ!!」
ダニーさんが驚いています。
「何をしているデェースか?」
「そうズラ! あぶねーズラ!」
デェスちゃんとヅラーさんが言いました。
「お、おい、カツトシさんまで行っちまったぞ! 大丈夫なのか?」
藤吉郎まで心配しています。
わたくしは両手の小指を立ててその爪を見つめます。
もうはっきりと、マモリ様の紋章が見えます。
この紋章がはっきり出ているということは、普通の人の弓や鉄砲、刀や槍での攻撃でケガをしないということですわ。
末盛、那古屋連合軍すなわち、弾正忠家の兵士700人の前に4人の長槍衆が並びました。
「なんだ、あいつらはバカなのか。たった4人で死ぬ気か?」
河尻左馬丞が言いました。
「ふふっ! ダニーさんとズラーさんとデェスちゃん、今日は4人で仲良く行きましょう」
700人の弾正忠家の兵士を背にして、わたくしたちは4人で横に並び、仲良く前進します。
前には、清洲兵2000人。
でも、前面の足軽はボロボロの服を着た貧民の足軽です。
ここで、弾正忠家の兵を打ち破れば、那古屋の村々をおそって乱取りをしようと、目を血走らせてにらんでいます。
「な、なんなんだー! あの4人はー!?」
わたくし達を見て、末盛の兵が騒ぎ出しました。
「ゆみたーい!! バカ共に矢の雨を降らせてやれーー!!」
河尻左馬丞が大声を出しました。
清洲兵の中で弓隊が矢をつがえます。
「うてーー!!」
矢が天に向かって飛び出します。
「うおおおおおおおおおぉぉぉぉーーーーーーーー!!!!」
ダニーさんとズラーさんが雄叫びを上げて全力疾走に入ります。
デェスちゃんとわたくしも、遅れないよう走ります。
バサバサとわたくし達の後ろに矢が落ちました。
「やりたーい! かまえろーー!!」
「もうおせーダニ!!」
「おせーズラ」
わたくし達は、清洲兵の中に飛び込みました。
何人かのヤリが体に当たりました。
でも、やはり体にダメージはありません。
いいえ、あとで調べれば虫刺されぐらいにはなっているかもしれません。
でも、その程度です。
わたくしはマモリ様の深い愛情に守られているのですから。
「ぶわあっ!!」
「ごああぁーー!!」
「ぐえぇぇーっ」
ダニーさんとズラーさんとデェスちゃんの3人は、激しく清洲兵を噴き飛ばしています。
わたくしは、あご先をトントンと人差し指と中指で素早く押します。
すると、首がカクンと真横に倒れてそのまま失神します。
声も出せずに倒れるので静かです。
「すすすす、すげー!! すげー!! カツトシ師匠はやっぱりすげー!! まるで毒をまいた池の魚みたいに、清洲兵が倒れている」
孫四郎が喜んでいます。
ふと我に返って周りを見たら、おびただしい程の敵兵が失神して倒れています。
本当に有毒排水を流された池の魚のように沢山倒れています。
「うわああぁぁぁー!!」
足軽達がとうとうパニックにおちいりました。
今がチャンスなのですが。
三郎なら、もう騎馬隊に命令しているでしょうに。
権六さんは、この光景をボーッと見つめるばかりです。
「長槍衆が敵を崩したー!! わが弟子達よー!! 敵将だけを狙い突撃せよーー!!」
しかたがありませんので、わたくしが大声を張り上げました。




