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勇者はマモリたい  作者: 覧都
外伝 尾張商人十田家のルーツ

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第二百五十六話 涙腺崩壊

「あらあら、ここはさっき前を通りましたわ」


「そうですよ! 呼び止めるスキもないほどの、猛烈な勢いで通り過ぎていきましたから」


 孫四郎が、わたくしの前を歩いていましたが、立ち止まってから言いました。

 視線は那古屋のお城に近い広い空き地を見ています。

 わたくしも孫四郎の見ている方を見ました。

 かたわらに、みすぼらしい小屋があります。


 ――ああ、やっぱりですか。


 この小屋がわたくしの新しい家のようです。


「ぎゃははは、こんなことだと思った! さっさといこうぜ!!」


 藤吉郎が腹をかかえて笑いながら、小屋へ向かいます。


「藤吉郎さん、どこへ行くのですか? そこは馬小屋ですよ。三郎様の馬を止めておく場所です」


「はっ??」


 藤吉郎は目をパチクリします。

 三郎の馬を止めておく所ということは、三郎が来るということです。

 三郎は、三男だと思うのですが、それでも那古屋城の城主様です。

 お殿様なのです。

 通常、最下層の足軽が会えるお方ではないのであります。


 最下層の足軽である、わたくしのところへ通ってくるという意思表示になります。

 まあ、お友達ですからね。

 普通のことですわ。

 藤吉郎は驚きの表情のままわたくしを見つめます。


「ご自宅はずっと奥です」


 孫四郎が人差し指を立てて、わざわざ下の方から手を上げていきます。

 手が止まったのは、一番奥の大きなお屋敷を指したときでした。


「なっ! なんじゃありゃあ!!」


「もとは、御家老の住居だったのですが、空きましたので十田御殿となりました」


「ぜ、贅沢な造りじゃのう」


 ほんとうに、立派なお屋敷です。

 那古屋城の本丸御殿ぐらい立派です。

 贅沢のかぎりのお屋敷です。

 まさか、その御家老は贅沢のしすぎで失脚したのでしょうか?

 三郎の配下ならありそうです。


 ――おみゃあたちは、民に重税をかけてなに贅沢をしとる!! 全員切腹だぎゃあ!!


 三郎なら言いそうです。

 贅沢な葬儀、贅沢なお屋敷、贅沢な生活。

 貧困にあえぐ民と、かけ離れすぎた贅沢をした者は、見せしめの為切腹になったのではないでしょうか。


 わたくしも三郎に切腹をさせられないように、贅沢は決してしないようにいたしましょう。


「周りのお屋敷は全部取り潰し、練兵場になりました。本当の名前は尾張十田流槍術道場です。当然門外不出の御止流ですので、通常は練兵場か道場と呼びます。あれを見てください」


 そういいながら、人差し指をくるりと回転させながら指を動かしました。

 藤吉郎は人差し指の動きにあわせて頭が動きます。

 孫四郎はその姿を見てクスリと笑いました。

 孫四郎はまだイタズラ小僧のままですわ。


「むむっ! 何を造っておるのじゃ? でかいのう」


 藤吉郎が孫四郎の人差し指の先を見ながらうなります。

 まだ、骨組みですが大きな建物を作っているようです。


「屋内練兵場です。『尾張は兵が強くなければならん。そのためには銭を惜しんではおられん! とうぶん、わしはこの服のままじゃのう。わああぁぁはっはっ!!』と三郎様は言っておられました。雨天でも兵士が鍛えられます」


「あれが屋内道場か。でかいのう」


 尾張は戦争が続くということですね。

 その決意のあらわれのようにかんじます。


「うふふ。この尾張十田流槍術道場のお師匠様こそが何をかくそう、この十田カツトシさんなのです」


 孫四郎が、自分の事のようにうれしそうに言いました。


「な、なに!?」


 藤吉郎がこんどは目を見開いたまま、まばたきを忘れています。


「ふふふ、そうなのじゃ! それこそがカツトシなのじゃ! かっこいいのじゃ!!」


 お秀ちゃんまで、自分の事のようにうれしそうにいいました。

 わたくしは、自分の姿を知っていますが、とてもかっこよくはありません。

 むしろさえない若者です。

 やるきのなさそうな、ダラダラしてそうな人間に見えます。

 かっこいいは、言いすぎです。


「きゃー! カツトシさまー!!」


 いつのまにか、お屋敷の縁側に女中さんが集ってこっちを見て手を振っています。


「なんちゅう、人気じゃ!! 全員美人ぞろいじゃ!!」


 藤吉郎が、またまた驚いています。

 美人な女中さんを見る目が輝いています。


「全員、織田家の未婚女性ですから美形ぞろいですよ」


 孫四郎がおかしそうに笑いをこらえながら言いました。


「まさか??」


「全員、カツトシさん狙いです。そのお秀様もですよ」


「なにっ!?」


「あらーん」


 お秀ちゃんの顔が真っ赤になり、わたくしの腕の中でクネクネ動いています。

 このお人形さんのようにかわいいお秀ちゃんが、呪いの人形のように見えて恐ろしくなり落としそうになりました。


「では、まいりましょう」


 孫四郎がお屋敷に向かって数歩、あるきだしました。






「おーい!! 孫四郎!! 小折へ行き、カツトシを呼んでまいれ!!」


 後ろから、近くに落ちた落雷のような、大きな声がしました。

 こんな大きな声は三郎です。

 耳が痛いです。


 わたくしは、まだ気づかれていないようです。

 背をむけたまま少しやりとりを聞きましょう。


「ど、どうしたのですか? 藪から棒に! 何があったのか説明していただかないとカツトシさんに説明できません。理由がなければ動きませんよ。あのお方は。基本的にぐーたらして、働かないお方ですから」


 むむ、わたくしはそんなふうに思われていたのですか。


「そうであったな! 奴はわしより気難しいからな」


 はあーっ!!

 あんたより気難しい人はいませんよ。

 なにを言っているのですか。


「そうであります」


 そうでありますって! おいっ!!

 孫四郎! なにを言っているのですかー!!


「ふむ、実はのう。尾張守護斯波義統が死んだ。清洲織田家の謀反じゃ!!」


「ええっ!!」


「斯波義統の嫡男である岩龍丸が、ガキ大将時代の親分であったわしを頼ってきた。仇討ちをしてやらねばならん。いくさじゃ! だが、尾張の人間はなるべく殺したくない。そこで十田衆の出番じゃ。尾張の民のためと言えばわが親友であり盟友のカツトシなら来てくれる」


 くーっ!!

 泣かせますね。

 そこまで信頼されたらやるしかありません。

 尾張の民を守るため、わたくしは小指の爪を見ました。


 マモリ様の紋章がまた少し濃くなっています。

 あっ!! 一瞬光ったように感じました。

 気のせいでしょうか?


「さすがの信頼ですね。三郎様にそこまで言わせるとは」


「ふっふっふっ!! ジャーーン!! カツトシはここにいます!!」


 わたくしはもったいぶっていましたが、ここで正体をあらわしました。


「ぎゃははは!!」


 三郎が馬から落ちそうになりながら笑っています。

 孫四郎まで腹を抱えて笑っています。


「どたわけ!! カツトシー! 最初からおることはわかっとったわ!! お秀がおみゃあ以外に抱っこされるか! それにダニーとズラーとデェスのどできゃあ背中は遠くからでもようわかるがや。ひとめみりゃあ、おみゃあがおることは丸わかりじゃ!!」


 くーっ!! だましたつもりが、だまされていました。

 ということは、ただ悪口が言いたかっただけですかー!! ひどい!


「三郎様、どちらでお話しますか? ああ、こちらへどうぞ」


 孫四郎が問いかけると、三郎が馬からおりようとしました。

 馬からおりると言う事は、このお屋敷で話すと言う事です。

 三郎が馬からおりると、那古屋城から付き従っていた近習が馬を馬小屋へ連れて行きます。




「兄上様、こちらへ」


 三郎が、お屋敷の大戸口から土間に入ると、式台の上の女中さんが言いました。


「おおっ! どうじゃ!」


 三郎がなんだか、ひわいな顔をして女中さんに顔を近付けて言いました。

 女中さんは首を振ります。

 三郎は、他の女中さんの顔を見ます。


「……」


 全員無言で首を振りました。


「のうカツトシ! おキツの事は残念じゃった。じゃがお主もそのままではおれんじゃろう。この中から嫁を選んではどうじゃ」


 突然の、この一言でわたくしの涙腺が崩壊しました。

 人とは不思議なものです。

 何気ないたった一言でこうも簡単に涙腺が崩壊するのですね。

 わたくしの目から、はらはらと涙がこぼれおちます。


「わ、わるかった。まだ早すぎたようじゃ。こりゃあ重症じゃのう。だが、許せん!! こんなことをした黒幕はいま、わしが調査しておるからのう」


 三郎はやさしいですね。

 こんな、わたくしの為にろうばいしています。

 もう、心の傷はだいぶいえているのですが、いえ、いえていないのかもしれません。

 少しだけ泣かせてください。

 わたくしは、両手で顔をおおい声を殺して涙しました。

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