第二百五十五話 虚無
おキツ様が小折城からいなくなってからは、何をしても何があっても心から楽しいと思える日はありませんでした。
――虚無
「わしは、川の流れをこうも長く見続けたことはにゃあ」
わたくしの横に藤吉郎が座り、五条川の流れを見つめて真面目な顔をして言いました。
おキツ様がいなくなれば、わたくしの仕事もなくなります。
誰か城から使いの者が来て、何か仕事を言いつけられるのかと思いましたが、今日までそれはありませんでした。
最下級で、何も出来なさそうなわたくしに、させる仕事などは「にゃあ」という事なのでしょう。
「ふふふ、ゆっくり時間が流れていいものでしょう」
朝ご飯を食べて、しばらく自宅で待機をする、そんな日が続きました。
でも、待機をしていたはずなのですが、気が付けばいつも五条川に来ています。
「あまりにも退屈だから、よくにゃあことばかり思い出す」
藤吉郎は、顔をしかめて言いました。
「たとえば?」
「おやじに好かれていにゃあ事とか」
藤吉郎はお父さんと折り合いが悪かったみたいです。
きっと、つらい毎日だったのでしょう。
「事とか?」
でも、最後にいった言葉が気になりました。
それ以上に嫌な事があるみたいです。
「やっぱり、乱取りじゃな」
「乱取り?」
「カ、カツトシさんは知らないのか??」
藤吉郎はとても驚いた顔をして、わたくしの顔を見ました。
「どんなことですか?」
言葉は何度か聞いていますよ。
でも、見た事はないので否定をせず、そのまま質問で返しました。
「ふふふ、戦に勝った足軽が、戦場の付近の村や町を襲い、抵抗する者を殺して金品をうばう事さ。金品だけじゃねえ。女を乱暴し、そのあと子供と共につれさるんじゃ。襲われた人々は、この無慈悲なおこないに涙し恐怖する。だが足軽は笑顔で嬉々としてこの行為をするんだ」
「……!?」
わたくしは言葉が出ませんでした。
「でも、しかたがねえんじゃ。最底辺の足軽は戦争に出ても何も見返りがない。殿様から何も褒美はないのさ。殿様は最底辺の足軽に金を渡すぐらいなら自分が贅沢したいのさ。だから最底辺の足軽は、食事すら自分で用意して持っていかなければならない。そんな最下層の足軽の、唯一の収入がこの乱取りなのさ。ここで、金品を見つけて奪わなければ、家で待つ家族が餓死する。村人を殺して、良い物を奪えればうれしいのさ。殺した村人の頭の上で、奪った金品を胸に抱き大喜びするんじゃ。まさに地獄じゃ」
藤吉郎は、さみしそうに言いながら、悲しそうな顔をしました。
わたくしも想像しました。
いくさには何百人、時には何千人もの足軽がいます。
その足軽が、目の色をかえて一斉に村々に襲いかかる姿を。
「三郎はしませんよ」
言いながら、気が付きました。
乱取りをするのが、いくさの常識だとしたら、三郎は常識をどうやって止めているのかという事を。
「なっ!?」
「そうか、藤吉郎に言われてわかりました。もし、藤吉郎が言う事が常識なのだとしたら、三郎は尾張で乱取りをさせたくないんだわ。乱取りは、乱取りをされた国を弱体化させますからね。そうか、わかったわ。三郎は乱取りをさせないために、自分のガキ大将時代の頃からの子分だけを戦場に連れて行くんだ。だから、700人なんだ」
三郎の子分は、みんな貧困にあえぐ子供でした。
全員地元の子供だった者達です。
三郎はそんな子分達の前だからこそ、自分も贅沢をせずボロを着ています。
そんな子分達は、いくら戦争に勝っても同郷の人から乱取りなんかしたくないはずです。
少なくとも、わたくしが参加した戦争では乱取りをしていません。
乱取りをしない兵を連れているんだ。
だから、700人なんだ。
いつも少ないと思っていたのです。
なぞが、ひとつとけました。
「三郎さんは、乱取りをしない……」
藤吉郎はそう言うと考え込みました。
「三郎は、貧しい子供達の味方ですからね」
「そうか! 決めた! だがその前に、本当かどうか確かめたい。吉法師さんの足軽としていくさに参加しないと。カツトシさん、わしはいくさに……あっ! カツトシさんに言っても無理かー。こうしちゃあおれん、那古屋へ行こう!!」
ふふふ、藤吉郎は、三郎のことを吉法師と間違えて言いました。
子供の頃、この藤吉郎も吉法師の子分でしたからね。
「えっ!? 那古屋へ。それなら、わたくしも行きます」
藤吉郎は、なんだか失礼な考えを持っているようです。
わたくしに頼めばすぐに次のいくさに参加できますのに。
いつもダラダラしているわたくしに頼んでも無理だと思っているみたいです。
暇なので、わたくしも那古屋へいくことにしました。
「ひゃー、びっくらこいた! ダニーさん達はめっちゃんこ、はやぁあでかんわ!!」
那古屋へは藤吉郎はダニーさんの背中。
わたくしは、デェスちゃんの背中に乗って移動しました。
デェスちゃんとわたくしは女の子同士ですからね。
「ふふっ、馬より速いですからね」
「来たはええけど、どこへいけばええのかわかれせん」
「ふふふ、わたくしは最近まで那古屋に住んでいました。まずは、その時の家に行きましょう」
「ふーん」
藤吉郎はつまらなさそうに、頭の後ろで腕を組んで言いました。
どうせ、小折城のボロ小屋を想像しているのでしょうね。
わたくしの家は那古屋城下の大きなお屋敷ですよ。
しかも、女中さんまでいるのですから。
「ここです!!」
鼻息も荒く自慢そうに言いました。
わたくしは半年間住んでいた、広い庭付きのお屋敷にズカズカ入ります。
「おいおい!! ダメだよ! カツトシさん、見栄を張っちゃあ! 黙ってこんなすごいお屋敷に入ったら怒られるで!! いくらなんでも見栄を張りすぎだ!」
藤吉郎がわたくしの腕をつかんで引っ張ります。
「あれっ??」
わたくしは異変を感じて、門を入ってすぐの所で立ち止まりました。
たしか、ここでいいはずなのですが人の気配がありません。
わたくしが小折へ帰ったので廃墟になったみたいです。
「ぐふふっ! こんなことだろうと思った!」
藤吉郎が口を押さえて笑います。
笑い方が憎たらしいですね。
馬鹿にした表情です。
まあでも、しょうがないですね。
「カツトシさまー! ハアハア!!」
後ろから声が聞こえました。
大急ぎで走って来たみたいです。
息が切れています。
「あっ! お秀ちゃん!!」
可愛い声の主は秀子ちゃんでした。
あっ、しまった「ちゃん」付けで呼んでしまった。
「やっとかめでーす!!」
そういうと飛び上がり抱きついて来ました。
かわいいですね。
お人形さんみたいです。
「やっとかめ!」
わたくしは我慢出来なくて、お秀ちゃんに頬ずりをしました。
「カツトシさん、だれですか? お秀ちゃんって」
「このー、どたあけー!! おみゃーごときが、わらわをちゃん付けで呼ぶなー!! なれなれしいわー!!」
この、愛くるしいお人形さんのような、御姫様のお秀ちゃんは相変わらず口が悪いようです。
わたくしのちゃん付けは、許されたみたいです。
「あの、わたくしの家は?」
「ふふっ! カツトシさんの家は引っ越ししましたよ」
「おおっ! 孫四郎!」
孫四郎も来たみたいです。
「こちらです、ご案内いたします」
孫四郎がうれしそうな顔をしてわたくしの手をつかんで引っ張ります。
「まっ、まさか、この家は!? こんなでっかいお屋敷が、本当にカツトシさんの家なのか??」
藤吉郎が驚いています。
そうですよ。
わたくしの家ですよー。
あー、でも新しい家はボロなのかも。
足軽長屋なのかもしれません。
「あんたは?」
孫四郎が、汚い物を見るような目で藤吉郎をにらみ付けました。
「おいおい、わしは藤吉郎だがや!!」
「えっ!? 藤吉郎さん!! 本当だっ!! だいぶ変わりましたね。わかりませんでした。やっとかめです!」
藤吉郎と孫四郎は顔見知りのようですね。
まあ、藤吉郎は尾張と美濃のガキ大将ですから、子供達の知名度は高いですからね。
「ささっ!! カツトシさん、藤吉郎さん、こっちです」
孫四郎が先頭になり、那古屋の広い城下町の道を案内してくれます。
お秀ちゃんはわたくしの胸で抱っこをされてウットリしています。




