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勇者はマモリたい  作者: 覧都
外伝 尾張商人十田家のルーツ

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第二百五十四話 慟哭

 ダニーさんが街道を走ると、ザーッと音がして田んぼの稲が揺れます。

 まるで水面のように緑の揺れが広がっていきます。

 周りを見れば一面の緑です。

 尾張の平野は、今年も豊作になりそうです。

 これでまた米の価格は下がるでしょう。


 尾張の勢力は大きく三つになりました。

 岩倉織田家と清洲織田家、そして那古屋の織田家です。

 周りには、美濃の斎藤家と三河の今川家が尾張を狙っています。

 それでも、わたくしが所属する生駒家の小折城は戦争もなく平和に暮らしています。


 わたくしがそんなことを考えていると、小折城が見えてきました。


「ついたダニ」


「ダニーさん。ありがとうございます」


 わたくしはダニーさんの背中からおりると小折城の門の中へ入ります。

 小折城は、二重構造で外の塀の中に、生駒家のお屋敷用の内塀がある構造になっています。

 当然、最下層のわたくしは外塀の中には入れますが、内塀には中門があり、その中には入れてもらえません。


 そして、小折城内の町の外れのボロボロの足軽長屋がわたくしの住みかです。

 今日は家には帰らず、そのままおキツ様のところへ帰った事を伝えようと思います。

 おキツ様は、小折城の内塀の中、西の丸の横のお屋敷に住んでいます。

 西の外れなので、大きな声を出せば直接塀越しですが話が出来ます。


「おキツさまー!!」


 わたくしが呼ぶと、お屋敷の中でドタドタ音がします。

 やっとかめの再会です。

 慌てているようです。こける音がしました。


「カ、カカ、カツトシさん!!」


 お屋敷から出て来たのはおキツ様ではないみたいです。

 女中さんのようです。

 塀が邪魔をして姿はみえませんが、声でおキツ様じゃないことはわかります。


「はーい!」


 大きな声で返事をしました。

 もちろんおキツ様にも聞こえる様に。


「少し、お待ち下さい」


 女中さんはそう言うと、わざわざ中門を出てわたくしの所まで来てくれました。

 わたくしは、なぜか全身に鳥肌が立ちました。


「なにか、あったのですか?」


「はい、あの、とても申し上げにくいのですが」


「はい?」


「じつは」


 女中さんはとても言いにくそうにしています。


「じつは、なんでしょうか?」


「はい。吉乃様はお輿入れなされました」


「はっ!? えっ? はっ??」


「美濃の弥平次という方の所へお嫁入りなされました」


 ――えっ?? どういうこと??


 あーっ!!

 そうか!!

 そうだったんだ!!


 わたくしは、半年前の取り乱した、おキツ様の事を思い出しました。

 あの時、おキツ様は泣いていました。

 こういうことだったのですね。

 わたくしは全身から力がぬけました。

 立っていられなくて、ひざから崩れ落ちました。


「あああぁぁぁーっ!!」


 わたくしはバカです。

 大バカです。

 気が付いてあげられなかった!

 わたくしは女なのに、おキツ様の気持ちに気付いてあげられなかった!


 女性が、全裸で町を走り必死で訪ねてくれました。

 そして連れて逃げてと。

 どんな覚悟をしていたのでしょう。

 どれだけの決意をして来てくれたのでしょうか。

 泣いてもしょうが無いのに、涙がとまりません。


 もしかすると、おキツ様はカツトシの事を好いていてくれたのではないでしょうか。

 わたくし、いいえ、カツトシと2人でどこかで幸せに暮らしたかったのでは?


 ――それに気付いてあげられませんでした。


「うわあぁぁぁぁーー!!」


 わたくしは、とうとうこらえきれずに、腹の底から大きな声を出して、泣きながら走り出しました。

 感情が高ぶり、おさえきれません!


 おキツ様はどんな気持ちで嫁に行ったのでしょうか。

 会った事も無い、知らない男のところへ。

 好きな人がいたのに。


「くそぉぉぉぉーっ!! ばかやろぉぉぉぉー!!」


 気が付くと初めておキツ様を見た場所に来ていました。

 五条川の土手です。

 あの石に血がつくほど頭をぶつけて倒れていたときに会ったのです。

 それからは、毎日のように一緒にすごしました。

 幼い頃のおキツ様の、可愛い笑顔が五条川の水面に浮かび上がります。

 段々成長して、半年前の泣き顔になりました。

 それを見るとまた、涙がこぼれました。


 ――身分が違うから。


 わたくしは心の中で言い訳しましたが、それでもおさまりません。

 だって、あの日、逃げる事が出来たのです。

 どこかで、2人でこっそり暮らす事だって出来たはずなのです。

 そうしていたのなら。


「ううっ! くそっ! くそったれーー!!」


 おキツ様の気持ちを考えるとまた涙がポロポロこぼれます。

 もし、わたくしがおキツ様だったら。

 やっぱり、好きな人と暮らしたいと思うはずです。

 わたくしはそんなことを考えながらずっと流れる五条川を見つめました。


「ぐすっ」


 泣きながら横にデェスちゃんが座ってくれました。

 デェスちゃんは男の姿をしていますが、女の子です。

 わたくしも、カツトシの姿をしていますが女子高生です。


「デェスちゃーん!!」


 わたくしはデェスちゃんに抱きつきました。


「うわぁぁーっ!!」


 2人で抱き合いながら大声で泣きました。






「おおっ! カツトシさん!」


 肩を落として家に帰ると誰かが、勝手に家に上がりこんでいます。

 そして、もりもりご飯を食べています。


「だれっ??」


「はーっ!! わしです。藤吉郎です。やっとかめ!!」


「ふふっ! 藤吉郎ですか! やっとかめ」


 何度か会っていますが、少し大人になっていてわかりませんでした。

 藤吉郎とは、三郎が元服前の吉法師時代にやっていた、尾張のガキ大将をついだ人物です。

 いいえ、それだけではありません。

 そのまま、美濃の子供達まで子分にした出来るガキ大将です。

 まあ、ケンカの時にダニーさんとズラーさんとデェスちゃんを連れて行ったので、反則なのですけど。


「さっき、この家の前の通りを大声で泣きながら通り過ぎた奴がいまして、家の中にいても声が聞こえました。なんでも三郎様といつも一緒にいるやつだと、町人がザワザワしていました」


「へーっ……」


 って、それ、わたくしですわ。


「いったい誰なんですかねー?」


 藤吉郎が首をかしげながらいいました。


「さ、さあ。そ、そそ、そんなことより、何をしにここへ?」


 知っていますけど、とぼけておきました。

 わたくし、そんなに大きな声を出していましたっけ。


「まあ、いままで今川家にいたのですが、やはり一部の特権階級が贅沢をする国でした。民は重税による貧困に苦しみ、最下層の足軽には手当も与えられません。戦場は手当をもらえない足軽が乱取りをして敵国の民から食べ物や、金品、家族まで奪います。民にとっては地獄の国でした」


「なるほど、今川にいたのですか」


 よりにもよって今川家!?

 敵ではないですか!

 だからこそでしょうか。

 敵を内側から状況を見定めるため。


「ええ、まあなんと言っても駿河、遠江、三河の3国を持つ巨大な大名ですからね。尾張もいずれ支配されると思って行ってみたんですが無駄でした。わしは貧乏人の出です。どうしても民を食い物にして贅沢をする国は好きになれません」


 なにーっ!!

 こ、こいつ、尾張を見捨てて、今川家が気に入ったら今川の人間になるつもりだったのかー!

 でも、それが当たり前か。

 選択をあやまれば、生きていけませんからね。


「ふーん。三郎は『民を豊かにしないと、人口も増えないし、兵も強くならない』と言っていましたわ。『民が豊かになるまでは、わしはボロしか着にゃあ』とも言っていました。民を豊かにしない者に、贅沢をする権利はないという考え方なのでしょう」


「なっ、なんだって!? 大うつけだから、奇抜な格好をしていたのじゃにゃあのか?」


「三郎の頭は切れますよ。切れすぎるぐらいに。わたくしは時々恐くなります」


「ふむ、なるほど、だからカツトシさんもボロを着ているのですね!!」


 藤吉郎の目がキラキラ輝きます。


「あーっ、それはちがうわ。わたくしの場合は、本当の貧乏だからボロを着ているのです」


「くひっ!!」


 わたくしと藤吉郎の会話を聞いていた、ダニーさんとズラーさんが吹き出しました。


 おキツ様と入れ替わりのように、藤吉郎がわたくしの家の居候になりました。


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