第二百五十三話 小折城へ
村木砦の戦いを勝利してからは、静かに時間が流れます。
三郎からは那古屋の城下町に大きなお屋敷を貸してもらいました。
美しい女中さんが数人、身の回りの世話をして下さいます。
「気を付けて下さい。この女中さんは全員三郎様の親戚です」
孫四郎がいやらしい顔をして言います。
もう、こんな顔をするのですね。
孫四郎は成長して、高校1年生くらいに見えます。
あら、十田エイリと同じ年くらいですわ。
「犬千代! 顔がいやらしい!!」
小学生くらいの美少女が言いました。
キリッとかしこそうな顔はマモリ様に少し似ています。
「お秀様! 俺は孫四郎に名を改めた。いいかげん孫四郎と呼んでくれ!」
「うるしゃーわ!! 私におみゃーが意見するなど100年はやーがね!!」
「お秀様! そのような汚い口のきき方はいけませんよ」
女中の1人が言いました。
いえ、女中のかっこうはしていますが女中ではありません。
三郎の親戚なら、織田家の方です。
お姫様です。
でも、何に気を付けたらいいのでしょうか?
「師匠、おはようございます」
若い馬廻り衆が、わたくしの屋敷にやって来ました。
広い庭で槍の稽古をするために来るのです。
「では、十田流の極秘体操術から始めます」
わたくしは三郎に、若い衆に稽古をつけるようにいわれました。
わたくしの武術の修練は独学です。
独学ですが、異世界の魔王と互角で戦えるほどにはなっています。
でも、体はカツトシなので、三郎に断ったのですが無視されたので適当にやっています。
「うでを前から上に……」
全員で言います。
尾張十田流槍術は、ラジオ体操から始まります。
極秘の体操術ということで門外不出です。
体操が終わると実戦です。
「いいですか、十田流は見て憶えます。わたくしが受けますので、1人ずつ交替で攻めてきてください。他の人はそれを見ながら体を動かすこと」
十田流は、織田弾正忠三郎家の長い槍を使い鍛錬します。
長い槍は重くて、長くふると体力をすぐに奪います。
わたくしは遅い槍の攻撃をスイスイよけるだけです。
「師匠、俺からいきます!」
「ふふ、孫四郎!! いつでもどうぞ」
「うおおぉぉぉーー!!」
「孫四郎!! そんなに振り回したら、わたくしに当てることは出来ませんよ。小さく素早く、そして相手の動きの先を読んで下さい。そして、相手を自分の思う方向へさそうのです。ほら、このように」
わたくしは左に移動するふりをして、孫四郎の槍を左に誘い、突き出した槍をかわすと、孫四郎のみぞおちに軽い一撃を加えます。
「ぐはっ!」
孫四郎は声と共にヒザをつきます。
「次!!」
若い馬廻り衆が入れ替わりますが、誰もわたくしを捕らえることはできません。
「すごーい!! カツトシ様、かっこいいー!! 秀子はカツトシ様の嫁になります」
――えっ!?
嫁!? ああ、子供の言う事でした。
あせってしまいました。
「本当にすごいですわ。馬廻り衆は織田弾正忠家でも、強い人ばかりなのにヤリがかすりもしません。とてもかっこいいですわ」
「秀子様が正室なら、私は側室にしていただきたいですわ」
女中さんがいいました。
――はあぁー!?
なんだか、見えてきました。
三郎は、自分の身内をわたくしの嫁にしようと画策しているようです。
「次!!」
「し、師匠! これで全員です」
「そうですか。じゃあ、残りの時間は自分達でヤリの素振りです。少しでも早くふれるように鍛錬して下さい」
「はい、カツトシ師匠、はい!!」
「師匠はすげー、全員の相手をして、少しも息が上がってねえ!」
「それだけじゃねえ、全員が体にかすることすら出来なかった」
――そう言われれば、これだけ動いて息が切れないなんておかしいですわ。
わたくしは両手の小指を立てて、目の前に動かしました。
「嘘でしょ!」
思わず声が出ました。
小指の爪にうっすら紋章が出ています。
瞳が熱をおびました。もう、涙が出そうです。
マモリ様の、わたくしを「マモリたい」という思いが、時間も空間も何もかも飛び越えてわたくしのもとに届いていますわ。
「カツトシ様、お昼の用意が出来ました」
お屋敷の縁側に、おむすびが山のように積まれます。
そして、湯飲みに白湯がそそがれました。
「全員! お昼にしましょう! 昼からは相撲です。ダニーさんとズラーさんとデェスちゃんと相撲をして、体を鍛えましょう」
「うおーーっ! ダニー!」
「やったズラー!!」
「さすがはカツトシデェース!!」
3人が喜んでくれました。
うふふ、本当にうれしそうだから、こっちまでうれしくなります。
「どうぞ、カツトシ様!」
縁側に腰掛けると、膝の上にお秀様が座りました。
両手におむすびを持っています。
片手のおむすびをわたくしの顔の前に差し出してくれました。
「ひゃははは! お秀様、それじゃあお嫁じゃなくて娘だ」
孫四郎が、いらないことを言いました。
「ふえっ!?」
いっぺんに泣き出しそうになります。
――うわあぁっ!!
お秀様が潤んだ目でわたくしを上目遣いで見つめます。
か、かわいい。
じゃなくて。
ああーっもう!!
「大丈夫ですよ。お秀様なら、あと5年もしたらとびっきりの美人になります。その時はカツトシが、嫁になって欲しいと頼みにきますから」
「ほんとー!!」
お秀様の頬は赤くなり、目はうるんでいます。
そのまま満面の笑みになると、目から大きな涙がポロンポロンと落ちました。
くーっ! お人形さんのように可愛い!
「本当ですとも」
あーっ! しまった。
つい、お秀様が可愛すぎて言ってしまった。
女の子は、こういう約束をずっと忘れませんのに。
失敗したかもしれません。
三郎の妹と言っていましたがお秀様って、一体誰なのでしょうか。
もう少し、歴史を勉強しておくべきでした。
「うふふふふ」
はぁーっ!
うれしそうに笑う、お秀様は家にかざっておきたいほど可愛いですわ。
「お秀様! お昼からは、一緒に那古屋の城下町を散歩しましょう」
お昼から馬廻り衆は、ダニーさんとズラーさんとデェスちゃんに任せられます。
「はいっ!!」
「では、みなさん! お待たせしました。いただきましょう!」
「はい。いただきます!!」
十田流ではお食事は感謝をしていただきます。
日本人ですからね。当然です。
そして、稽古後には感謝の気持ちで、掃除までがセットです。
ふふふ、わたくしは食事が終わると毎日、発展途中の那古屋の町を歩き、商家をのぞき商人の観察をして歩きました。
楽しい日々は、過ぎるのが早いですね。
あっという間に、半年が過ぎました。
わたくしは、小折城に帰る日が来ました。
「カツトシ様! 旦那様!! 秀も行きます!」
お秀様がわたくしにしがみつきます。
「こら、秀!!」
三郎がお秀様をわたくしから引きはがします。
「じゃあ、お秀様! 三郎! 孫四郎! 皆も!!」
わたくしは、那古屋城の城門まで見送りに来た、孫四郎と馬廻り衆にもあいさつをして那古屋城を後にしました。
孫四郎は、いつでも会えるのに涙ぐんでいます。
「カツトシさまー!! カツトシさまー!!」
お秀様が三郎の胸で泣き叫びます。
わたくしも、連れて帰りたいです。
「くひひっ」
ダニーさんとズラーさんとデェスちゃんが、笑っています。
ふふふ、少し悲しくて涙がこぼれてしまったようです。
ゆっくり歩いていると、さすがに時間がかかりますので、ダニーさんがおんぶをしてくれました。




