第二百五十二話 嵐の奇襲
木枯らしは時間と共に強くなります。
まるで台風のように吹き荒れます。
「すごい風じゃのう」
安藤さんが空を見上げます。
「これじゃあ、三郎は港から出られませんね」
わたくしは、三郎が熱田の港で荒波を見つめる姿を想像しました。
「カツトシは三郎がまだよくわかっていないダニ」
ダニーさんは熱田の方を見ながら言いました。
「えっ!?」
安藤さんとわたくしは驚いてダニーさんを見つめます。
「では、ダニー殿はこの嵐の中、船で村木砦に向かっていると」
安藤さんはダニーさんに聞きました。
「天は我に味方したと言って、大声で笑って向かっているダニ」
ダニーさんはうなずくと言いました。
ダニーさんに言われると、わたくしもそう思えてきました。
「たしかに、村木砦の今川勢もこんな嵐の中を、進軍して来るとは思わないから奇襲にはなりますなあ。村木砦の戦いは、援軍に来られてしまえば勝てないですからのう。じゃが、船が転覆したら終わりじゃ」
安藤さんも熱田の港の方角を見つめます。
なるほど、三郎なら嵐の中を進軍していますね。
きっと「ここで船が転覆するような男ならそれまでの男よ!!」心の中でそう言って、自分の運を確かめていそうです。
「カツトシ!! わしは安藤殿に援軍の礼を言って来る。戦の詳細は十兵衛から聞いておけ」
翌々日、三郎は戦から帰るとすぐに、安藤さんの所へ御礼を言いに出かけました。
三郎の顔に勝利の喜びの表情がありません。
負けたのでしょうか? それとも引き分け。
「十兵衛さん、勝敗は?」
わたくしは、三郎を那古屋城の城門で出迎えたあと、歩きながら十兵衛さんに聞きました。
「大勝利にございます」
「はあぁーっ??」
わたくしはつい、顔をしかめため息まじりで言いました。
だって、三郎の表情はくもっていましたよ。
「おおっ! 三郎様が沈んでいるからですな。あれは近習の死者が多かったからにございます。大勢死者が出ました」
「そうですか」
なるほど、戦には勝ったけど犠牲者が多かったということですか。
近習ということなら、子供の頃からの子分達が大勢犠牲になったのでしょう。
三郎がもっとも信頼する仲間。
落ち込んでいるわけです。納得ができました。
「いやあー、あんな戦いは初めてでした」
三郎の暗い表情に反して、十兵衛さんの表情は明るいです。
頬が紅潮して、口がにやけています。
この人は、三郎が沈んでいる横で、こんな顔をしていたのでしょうか。
せっかくボロを着て、ご機嫌を取ったのに嫌われますよ。
「どんな戦いだったのですか?」
「ふふふ、そうでありますなあ。まあ、最初は船での事を言わねばなりませんなあ。港に着くと、海がおそろしく荒れておりまして、我々は出航をあきらめたのですが、三郎様は『ここで船が転覆するような男ならそれまでの男よ!!』そう言われまして」
「三郎は、それを口に出して言ったのですか?」
わたくしが言うと、十兵衛さんはうなずきました。
「そのまま、荒れ狂う海に出ました。船はありえないほどゆれましたが、奇跡的に全員無事でした。その日は緖川城で一泊しました。嵐のような日だったので村木砦の敵兵達にはまったく気付かれませんでした。翌日夜明けと共に、村木砦の包囲を完了すると攻撃がはじまりました」
村木砦の今川勢は朝食もとれなかったかもしれませんね。
「ここで、秘密兵器が登場致します」
「おおっ!!」
いよいよ秘密兵器です。
いったい、何が登場するのでしょうか。
「それは」
「はいはい、それは」
わたくしはつい、体が前のめりになりました。
「それは、鉄砲です」
「はーーっ!!」
わたくしはつまらなすぎて、思わずため息が出ました。
鉄砲が戦争で使われるのなんて当たり前すぎます。
「その驚きはわかります。何しろ100挺以上の鉄砲です。おそらく、それほどの数の鉄砲が実戦で使われたのは、日の本で初めてのことではありませんでしょうか」
「えっ!?」
そうでしたの?
大量の鉄砲が実戦で使われたのが初めて。
いま驚きましたわ。
「三郎様は村木砦の南側に陣取り攻撃を開始しました。ここが村木砦の1番攻めにくい場所です。大きな堀があり守りやすくて攻めにくい場所です。三郎様の近習が堀を渡って、上ろうとすると、弓と槍で激しく攻撃されます。そこに、鉄砲攻撃です。最初は全ての鉄砲で一斉射撃をしました。でも、それでは次の攻撃まで時間がかかります。鉄砲の弾込めの時間、いいように攻撃されてしまいます」
「ふむふむ、なるほど。それで」
そうですね。
鉄砲と言っても火縄銃です。
現代の機関銃のように連続で撃つ事はできません。
わたくしでもわかります。
「はい、鉄砲隊を半分に分けました。半分で撃って、半分を弾込めという具合にしました。これでも、空白時間が出来ます。調整しながら連続で発射出来る様に10挺程度ずつに部隊を分けて、とにかく連続で撃てるように戦ったのです」
「なるほど、鉄砲で連続攻撃ですか」
でも、その時に堀を上ろうとした近習が大勢犠牲になったのですね。
「私も鉄砲を撃ちまくりました。弓は技術や修練が必要ですが、鉄砲はすぐになれて、強力な攻撃を加える事が出来ました。鉄砲は初めてでしたが、日が高くなる頃にはかなりの精度で敵兵に当てられるようになりました。今回は距離がありましたので弓ではギリギリ有効攻撃が届きませんでしたが鉄砲は届きました。ですがいくら鉄砲でも一撃で倒す事は出来ませんでしたが、なかなかの威力です」
「そうですか」
なるほど、鉄砲は弓より少し強力な攻撃が非力な人でも出来て射程が少し長い。
そんなところでしょうか。
「西側の搦め手から、織田信光様の隊。東側の大手門には水野忠分様の隊が同時に攻撃しています。北側は天然の要害で攻めるのは無理でした。敵は少数でしたが必死で抵抗します。戦いは夕方薄暗くなるまで続きましたが、西側の信光様が搦め手を打ち破ったので、今川勢は降伏しました」
「そうですか。十兵衛さん、良くわかりました。ありがとうございます」
「カツトシー!! おみゃあ、なにをしたーー!!」
わたくしが十兵衛さんに御礼を言い終わると、三郎の落雷のような大声です。
「うわあぁ!」
思わず声が出ました。
「なな、な、なんのことでしょうか?」
「おみゃあ、安藤殿と楽しんだらしいじゃにゃあか」
――くっそー!! 安藤のおっさん! 秘密といった癖に、自分が三郎にばらしゃーがったー!
「さあ、なんのことでしょうか?」
バレていることは明白ですがとぼけてみました。
はぁ、おこられるわね、これは。
「ふうわあぁぁはっはっ!! まあええわ!!」
三郎が大笑いをしています。
心からおかしそうです。
「ほーっ!」
わたくしはため息が出ました。
よかった、怒ってはいないようです。
「やっぱりよう、カツトシがいないと犠牲者が増えよるわ!」
三郎はわたくしの耳元で誰にも聞こえないように小さな声で言いました。
心の傷は癒えていないようですね。
この後、うわさで現地では近習の死に涙を流したと聞きました。
三郎はそういう優しい心があるのです。
いいえ、優しい人なのです。
翌朝、安藤のおっさんが美濃へ帰るということで見送りに出ました。
「いやー、いい土産が出来もうした」
そういって両脇に家臣の頭を抱えています。
家臣の1人は、目の周りが真っ青です。
もう一人はなんともありません??
――あーっ!
ニカッと笑ったら、前歯がガタガタになっています。
「も、申し訳ありません」
わたくしは、ダニーさんの代わりに謝りました。
「ひーーっひっひ!! ええ、ええ、気にしなさんな! じゃあのう」
うれしそうに手を振ると、笑いながら歩きだしました。
十兵衛さんもボロの着物でその横を笑いながら歩きます。
これは、十兵衛さんにもバレていますね。
おーーい。秘密じゃねーのかよ。ですわ。




