第二百五十一話 秘密
「おおっ! 十兵衛来たか」
出陣の準備をする三郎の所に、十兵衛さんがやって来ました。
聖徳寺の会見の時に会った、サイトウさんの甥で三郎の正室のいとこというお方です。
名前はたしか、明智十兵衛さんでした。
「秘密兵器を使用するとの事でしたのでまかりこしました。アンドウ殿ひきいる美濃の軍1000人は、いま頃小折城のあたりを通り過ぎた所でしょう」
美濃の援軍は1000人ということのようです。
多すぎず少なすぎずという、絶妙な人数ですね。
援軍の要請の時に、十兵衛さんにも連絡が行ったみたいですね。
秘密兵器とは何のことでしょうか。気になります。
「そうか。ふふふ」
なぜか、三郎が上機嫌です。
――あーっ!
わかりました。
十兵衛さんがボロの着物を着ています。
帯のかわりに荒縄です。
「うおっ! カ、カツトシ殿。人足かと思いましたぞ」
「ひひひ、カツトシは人足が似合いすぎるからのう」
「ちっ!! 援軍も来とるし、まぁーしがすんだらさっさといきゃぁーせ」
わたくしは三郎の横で、荷造りの手伝いをさせられていました。
十兵衛さんは、わたくしが人足に見えていたようです。
まあ、わるぎはないのでしょうから別にいいですけど。
一応舌打ちだけはうっておきました。
「ほう、カツトシ殿は、留守番をされるのですか?」
十兵衛さんの目がギラギラ光っていますが、表情は柔和で優しげです。
この人もそんな顔をするのですね。
三郎みたいですよ。
「ふふふ、カツトシ! 後はまかせた。準備が出来た者から熱田へ行くぞー!!」
三郎は今日中に緖川城まで行きたいみたいです。
援軍の到着を見ずに那古屋城を出発しました。
「カツトシー! 見えたズラー!! 援軍ズラー!!」
那古屋城の本丸の屋根の上で見張りをしているズラーさんが言いました。
那古屋城に入れるわけにもいきませんし、安藤さんもそこはわかっているようです。
城が見える草地で軍勢を止めて野営の準備を始めました。
「遠い所をありがとうございます」
わたくしごときが、挨拶をして大丈夫なのでしょうか。
わたくしはダニーさんと2人で、美濃の援軍に御礼を言うために挨拶に来ました。
配下の方が、本陣にすんなり案内してくれました。
まん幕を開けて中に入り深々と頭を下げて御礼を言いました。
「いやいや、ところであの城には十田カツトシなるお方はおいでですかな?」
安藤さんは、わたくしを見てさげすむような表情をして、すぐに仮面をかぶりその表情を隠して、にこやかな表情で言いました。
おそらく、ボロボロの着物をみて、下賤な者と判断したのでしょう。
にこやかな仮面をかぶっても、その目はギラギラ輝いています。
いったい腹の中にどの様な考えが渦巻いているのでしょうか?
「えっ!? 十田カツトシ? 十田カツトシは那古屋城にはいません」
だって、今ここにいるのですから。
「ぐふゅふゅ! 全軍!! いくさの準備をしろー!!」
安藤さんが、気持ち悪い笑い声を出すと、突然大声でいいました。
美濃兵が甲冑を付ける音がします。
「なっ!?」
わたくしは、これに何の意味があるのかわからないので、驚きの声を出してしまいました。
「ぐひっ!」
ダニーさんが、笑い声を出しました。
横目で表情を見ると、とてもうれしそうな表情です。
「悪く思わんでくれ! 御やかた様より言われておりましてな」
安藤さんが甲冑をつけながら言いました。
「は、はあ」
「ふっ! 那古屋城に十田カツトシなる者がおれば、わしは婿殿に全てをゆずり隠居する。おぬしは、そのまま援軍として婿殿に協力せよ。じゃが、十田カツトシなる者がいなければ、そのまま那古屋城を攻め落とし、清洲を美濃と那古屋とで挟み撃ちにし、尾張の半分を手に入れ、そののちすぐにもう半分を手に入れ、天下を目指すと言われましてな」
「なるほど、サイトウさんがそんなことを」
――あっぶねー!! ですわ。
もし、わたくしがいなければ、尾張が終わりでしたわ。
いいえ、たぶん三郎はわかっていたのでしょうね。
わたくしを那古屋城に残せたから、村木砦に向かったのでしょう。
さすがは三郎です。どこまでも先が見える目を持っています。
「ほう、そなたは恐ろしくないのか? 今から美濃兵2000人が一斉に那古屋城に襲いかかるというのに」
なっ、なにーー!!
1000人の兵と補給の人足だと思っていましたが、補給の人足も全員兵士だったみたいです。
美濃軍は恐ろしいですね。
「うふふ、十田カツトシをなめてもらってはこまりますなあ! たった2000人なら十田家筆頭のダニーさん1人で充分ですなあ」
「なにーーっ! じゃない。まて、まて、いまなんと言った。十田カツトシはいないと言ったのではないか?」
「はい、城にはいません。今ここにいるのですから」
「す、すると、そなたが十田カツトシ!?」
「はい」
「ぐぬぬぬ!」
「せっかく、武装したのですから、ひとつ合戦でもいたしませんか。すでにダニーさんはやる気十分ですし」
「なにっ! ふふふ、こちらは手加減致しませぬがよろしいのですかな?」
「もちろんですわ。ダニーさんこちらは殺さないように手加減して下さい。でも、お土産に青たんの一つずつくらい持って帰っていただきましょう」
「そりゃあ、ええダニ!」
那古屋城を望む草地で、美濃安藤軍2000人と、十田軍のダニーさん1人の戦いがはじまります。
両軍が対峙した時、木枯らしが少し強くなりました。
「カツトシ大丈夫ダニか?」
「えっ?」
――どういうこと?
まさか、このごに及んでおじ気づいた?
「見るダニ」
ダニーさんの視線の先は、那古屋城本丸の屋根の上でした。
「ぐぅぅー!! ぎぃぃー!! ぎぃぃー!!」
「うわあぁっ!!」
那古屋城本丸の屋根の上で、ズラーさんとデェスちゃんの2人が、うらめしそうにこっちをにらみ歯ぎしりをしています。
ダニーさんの心配は、そっちだったようです。
「ごめんなさーい!! ズラーさんとデェスちゃーん! お城を空っぽに出来ないから、2人はお城を守って下さーい! でも、お城に近づく人がいたらやっちゃってだいじょうぶでーーす!!」
「おおっ!! わかったズラー!」
「わかったデェース!!」
ふー、やれやれですわ。
少し機嫌が直ったようです。
戦闘民族の血が騒ぐのでしょうね。
「準備が出来たのなら、行かせてもらうが」
「うふふ、どうぞ」
「全軍かかれーー!! 弓隊、十田カツトシをねらえーー!!」
「はあぁぁーーっ!!」
なんでわたくしー!!
わたくしは参加するなんて言っていませんのにー!
矢が雨のように降り注ぎます。
しかたがないですねー。
わたくしは、こんなこともあろうかと思って、足元に置いておいた長槍を手に持って降り注ぐ矢を払いのけます。
「うおおおおおおおおおぉぉぉぉーーーーーーーー!!!!! すげーーーー!!!! あれが神技キャバレーだー!!」
美濃軍から声がします。
キャ、キャバレー??
あっ! ちがいますね。
矢ばらいの聞き間違いです。
ビックリしました。
「ぐああー!!」
「ぎゃああぁぁー!!」
「すげー!!」
「ダニーさんはやっぱりすげー!!」
ダニーさんが走り抜ける所から悲鳴が聞こえます。
でも、それにまじって、感動している声も聞こえます。
たぶん美濃と尾張のガキ大将、藤吉郎の子分だった子供達が混じっているみたいですね。
「ま、まいったーー!! 全軍攻撃中止じゃーー」
安藤さんから声がしました。
「な、なにー!! はやいダニー!!」
「いやあぁー、参りました。聞きしに勝る戦いっぷりですなあ! 十田カツトシ殿、私は安藤守就と申します。以後よろしくお願いいたしまする」
アンドウモリナリさんは美濃軍をかきわけて出てくると、わたくしの前で頭をさげました。
くったくのない笑顔です。
「はい。こちらこそ」
「ずりゃあぁぁーー!!」
急に腰の刀を抜きわたくしに斬りかかりました。
完全に不意打ちです。
でも、わたくしには止まって見えますよ。
わたくしは、安藤さんの刀をギリギリ紙きれ1枚ほどの隙間でよけます。
「おいっ! こんどやったら殺すダニ!!」
ダニーさんが普段見せない迫力で言いました。
ダニーさんの刀が安藤さんの喉仏にさわっています。
切れない刀なので血はでていませんが。
安藤さんの頬に一筋汗が流れ落ちました。
安藤さんはダニーさんが刀をしまうと大きな声で笑い出しました。
「ぎゃああぁぁーっはっはっはっ!! これは参りました。お見それ致しました。完敗です。そこで、一つお願いです」
「なんですか?」
「このことは一つ、秘密にしてはいただけませんかな?」
わたくしは、当然この申し出を受けました。




