第二百五十話 四面楚歌
わたくしの存在はバレているはずですが、それでも部屋の中には入れてもらえませんでした。
十田カツトシは、三郎の重臣ではありませんし、なんなら生駒家の最下層足軽ですから、しょうがないことです。
「まずは、これを見てくれ。那古屋城と敵今川家が作った村木砦の位置関係だ」
三郎の指示で、部屋の中央に地図が置かれました。
孫四郎はふすまを少し開けてわたくしにも見えるようにしてくれました。
「中央が那古屋城だ。左が清洲城、そして上にあるのが岩倉城だ。左下が熱田の港だ。その下に寺本城があり、寺本城の右に緒川城そしてその鼻先が村木砦だ」
「ふーむ」
重臣達がうなりながら地図を見つめます。
「ななっ、なんですか?」
わたくしは、孫四郎の脇腹をつっつきました。
孫四郎は、体をクネクネしながら言いました。
「説明をわかりやすく!」
わたくしは孫四郎の耳元で言いました。
「ちっ! しゃーにゃーなー! 一人状況がわからん奴がおる。わしが説明してやる!」
わたくしは孫四郎に言いましたのに、三郎が説明してくれるようです。
「いま、この那古屋城は、この左の清洲とは戦争状態だ。こっちからは攻められないが、向こうは那古屋城が留守とわかればいつでも攻めて来る」
そうでした。
会社で言えば部長と課長の関係。
部下の三郎課長は理由無く攻められません。
攻めれば人心が離れるでしょう。
部下の城を攻めれば、人心が離れるのは清洲も一緒なのでしょうけど、すでに城を奪われたことがあります。
那古屋城が留守なら、必ず奪いに来ますね。
「那古屋城の上の岩倉は、叔父上はまだ敵対はしていないが、息子の信賢は完全に敵だ。美濃に密書を送っている」
岩倉城は義理のおじさんの城で、その息子が敵。
那古屋が留守とわかれば攻めて来るかもしれないと。
「熱田の南の寺本城の花井家も、村木砦完成を知り今川家に寝返った」
なるほどって! 那古屋城の周りが全部敵じゃん!!
「ついでに言うと、書いてはいないが弟の末盛城も、チャンスがあれば攻め込んでくるだろう。そして、鳴海城も大高城の山口家も今川に寝返り敵だ」
三郎は地図に末盛と鳴海と大高の城をかき込みました。
山口家は赤塚で戦った相手です。
「ぜんぶ敵じゃないか! だ、大丈夫なのか?」
「安心しろ! 緒川城の水野家は味方だ」
「えーっ!! この地図だと、村木砦のすぐ横だよ。安心出来ないわよ」
「ふむ、このまま放置すれば、水野家は孤立し今川に寝返るしか道はのこされていない。ここで救援をせねば、水野家が寝返っても水野元信を責めることはできん」
「なるほど、それを助ける為の戦争をするというわけですか」
今川と言う人は優れた人ですね。
砦一つで、戦争もせず国人衆を寝返らせることに成功しています。
すでに寺本城の花井家が寝返り、水野家まで寝返らせるつもりのようです。
戦争もせず、敵勢力を味方にする。
そんな手を考えつくなんて、恐ろしい人です。
「やっと、飲み込めたか」
「理解出来ました」
「敵今川家の村木砦は兵力を500人と想定している。現在の那古屋城の兵力は1000じゃ」
「500対1000」
「だが、1000人の兵士を連れて行けば、那古屋城は空っぽになる」
「なっ!」
「ふふふ、空っぽだとわかれば、清洲も岩倉も末盛の弟も襲いかかってくるだろう。ちなみに尾張随一の猛将権六は弟の家老じゃ」
「四面楚歌、八方ふさがりじゃないですか」
なっ!? 権六が味方じゃなくて、敵になるということですか。
まあ権六程度なら、私から見れば普通の範囲ですけど。
「ふふふ、まあそうじゃのう。カツトシ! どうすればよいと考える。考えを聞かせよ」
「くっくっくっ、わたくしにこたえよと、そうおおせですか?」
「案がにゃあならもったいぶるな!!」
「ふふふ、簡単なことですわ。わたくしと、ダニーさんとズラーさんとデェスちゃんの4人で朝から行けば、さるの下刻までには終わらせて見せますわ」
「ば、ばかな!!」
「ふざけているのか!!」
「出来るわけがない!!」
「御やかた様がおいかりになるぞ!!」
わたくし達を知らない重臣達がザワザワしました。
「どたあーけー!! カツトシー!!」
三郎の落雷の様な声が響きました。
でも、表情は怒っていますがその目が笑っています。
「ひっ!」
「いわんこっちゃない!」
「やっぱりだ!」
「御やかた様がお怒りだー!!」
重臣達が小さく悲鳴を上げてから、それぞれ小声でブツブツ言っています。
おびえていますね。
三郎の表情も読み取れないみたいです。
ぜんぜん怒っていませんよ。
むしろ、笑っているときの方が恐いですわ。
「うるしゃーて! 声ができゃーわ!」
わたくしは笑いを押し殺して怒りの表情で言いました。
「ひっ! 御やかた様になんて口のきき方!!」
「おみゃあに行かせたら、本当にやってまうがや!!」
「なっ!?」
重臣達が、またビックリ仰天です。
「カツトシ! お前はわしの秘密兵器じゃ。いや日の本の秘密兵器じゃ。世に知られることがあってはならん。4人で砦を落とせば、それを隠し通すことが出来なくなるだろう。この国は紙と墨で、未来に出来事を伝える伝統がある。どこかに残ってしまう恐れがある。カツトシ、お前もそれはのぞまないのだろう?」
「な、なんですって!? うふふ、その通りです。さすがは三郎です」
三郎は、なにかに気が付いているみたいです。
ふふ、長い付き合いです。ダニーさんとズラーさんとデェスちゃんが、時々エイリと呼ぶときがあります、そこで気がついたのかもしれませんね。
「なにか、他に案のあるものはいるか?」
三郎は重臣にもふりました。
「那古屋城に兵300人を残せばよいのではありませんか」
重臣の1人が言いました。
「ふむ、野戦ならそれでもよいだろう。じゃが相手が砦に閉じこもったら、それを攻めるのなら最低でも3倍の兵力が欲しい。出来れば五倍はほしい。おそらく村木砦は今川義元から『砦から出るな』と厳命されているじゃろうからのう」
「むう」
重臣は、それ以上返せませんでした。
「では、わしの考えを言おう! 村木砦には那古屋の兵、全員で出陣する。そして守山城の信光叔父上に援軍を頼み、水野の兵を合わせて、1500人で責めることとする。空っぽの那古屋城の守備にはカツトシを残す。じゃが、それではカツトシの名が世に出てしまう。そこで、美濃に援軍を要請する」
「おおっ!」
重臣達も納得したようです。
「ふふふ、さらにこの戦いには秘策を用意した。これは、当日まで秘密じゃ」
でました、三郎の秘策です。
今回はどんな秘策を用意したのでしょうか。
――あっ!
わたくしは留守番なので見ることができません。
「なお、当日は陸路ではなく熱田より海路を使い、敵今川勢力圏の城を回避しつつ村木砦を目指す」
三郎はわかりやすく駒を使い説明しました。
那古屋城から南下し、熱田港から海に出てそのまま花井家の寺本城の南を通り、緖川城の水野家と合流し村木砦に向かうルートを示しました。
「すげー!! 完璧だ!!」
孫四郎が目をキラキラ輝かせて言いました。
「すでに、美濃への援軍の要請は終わっている。援軍が着きしだい出陣をする! 以上だ!」
「ははっ!!」
重臣達が平伏しました。
ボロは着ていても、三郎は王者の風格がありますね。
家臣達がビビリまくっています。
さすがです。
「おい! カツトシ!」
三郎がわたくしの耳元で言いました。
「な、なに??」
「部屋にだれが入っていいと言った!」
「えっ!?」
気が付いたらわたくしは地図の横に座っていました。
少しずつ近づいていたみたいですね。
気がつきませんでした。
「孫四郎! おみゃあもだ!!」
わたくしの横に孫四郎もちょこんと座っています。
「わははは」
部屋を出ようとしていた重臣達が振り返って笑っています。
まあ、遠くからでは地図がよく見えませんからしょうがないですね。
「くひひっ」
孫四郎が頭をかきながら笑い出したので、わたくしも少しだけ笑っておきました。




