第二百四十八話 もう一つの会見
三郎は食事が終わっているので、一人、上機嫌で萱津の戦いにとどまらず、赤塚の戦いの詳細まで語ります。
なぜ、こうも上機嫌に話すのかと疑問に思います。
――あーっ! わかった気がします。
サイトウさんは、ボロの着物を着ています。
十兵衛さんの贅沢で綺麗な着物とはまるで違います。
サイトウさんは、わたくしの視線に気がついたみたいです。
三郎が白湯をすするタイミングで話しかけてきました。
「カツトシ殿は、この服装が気になるようじゃのう」
「えっ!? あ、いえ――ではなく、はい」
「ふふふ、わしはのう、十兵衛とは違い、貧乏をよく知っている。油売りなどをしておったこともあるほどじゃからのう」
サイトウさんは昔を懐かしむようにしみじみ言いました。
「十兵衛! お主のところの民は、みな裕福なのじゃろうな?」
三郎が白湯をすすり終わり、わたくしとサイトウさんの会話の腰を折り、大きな雷のような声で言いました。
十兵衛さんを寒気がするほどの鋭い目で見つめます。
「いえ、さほど裕福ではございませんが」
十兵衛さんは三郎のことをよく知らないようですね。
質問の返事を間違えました。
三郎の目に怒りの炎が燃えました。
でも、三郎の表情は変わりません。
わたくしは長い付き合いなのでよくわかります。
こんなとき、わたくしなら冗談で返すか、こっちも怒るしかないのですが。
「どたーけが! 民が飢えておるのに、国主の一族が贅沢をするんじゃにゃあ! おみゃあのべべの銭の分だけ税が増えるじゃろうが!」
三郎は、民が裕福になるまではボロを着るつもりのようです。
「なるほど、三郎様のお考えはそのような所に」
十兵衛さんが納得したように言いましたが、表情は全く納得していませんね。
駄目な返事をしました。
「ふん! おみゃあは、関心がにゃあかもしれんが、わしは尾張の貧困に苦しむガキ共と、暇さえあれば遊んでおった。そりゃあひでえ暮しをしとる。だがなあ、みんなええ奴ばかりじゃ。ちょこっと食いもんを分けてやれば『三郎様、三郎様』となついてくる。かわええもんじゃ。そこの三人は相撲と瓜で手なづけた。おみゃあは、上ばかりを見るな! ちゃんと下も見よ! たわけが!」
さすがは三郎です。
十兵衛さんが納得していないのを見破っています。
でも、三郎のこの言葉すら十兵衛さんの心には響いていないみたいです。
いいところのお坊ちゃんなのでしょうね。
貧しい人が根本的に嫌いなのでしょうか。
貧民など知ったことか、という顔です。
「婿殿! これを見てくれ!!」
三郎の機嫌がドンドン悪くなるのを見て、たまりかねてサイトウさんが、部屋の隅の化粧箱から紙を出してきました。
「これは!?」
三郎は十兵衛さんのことが頭から吹っ飛んだようです。
紙を食い入るように見つめます。
「ふふふ、婿殿には見せる価値がありそうじゃからのう」
サイトウさんは顔に影を落とし、悪党の顔をしました。
とても、不気味で迫力があります。
サイトウさんはどの様なお方なのでしょうか?
三郎にも劣らないほどのすごみがあります。
三郎はすぐにただならぬ気配を感じ取りました。
十兵衛などにおこっとる場合じゃにゃあと、気が付いたみたいです。
「ふぉふぉふぉ。一国を預かると、こういう物からでも、いまの日の本の様子が見えてくる」
「ふっ! わしの所には来ませんがのう。見てもよろしいのですか?」
「むろんじゃ」
サイトウさんは笑顔で言いましたが、目の奥に嫌な光があります。
まるで、三郎を品定めするような目です。
「今川家からの密書ですか。なるほど」
み、みみ、密書!?
最重要機密なのではないでしょうか。
三郎の顔がけわしくなります。
「他にも、甲斐の武田、越前の朝倉、近江の浅井、遠くは越後の上杉からも来ておる。そして、これが尾張の織田家からの物じゃ。岩倉の織田伊勢守、清洲の織田大和守からそして、織田弾正忠家からも来ておる」
「勘十郎から……」
三郎は少し悲しげな顔になりました。
そして、十兵衛さんの顔をみます。
ひょっとすると、十兵衛さんと勘十郎さんが似ているということかもしれません。
三郎とサイトウさんは密書を前に真剣に話を始めました。
それを十兵衛さんも興味深そうに聞いています。
――これはやばいです。
関心がなさすぎて眠たくなります。
膳の上に目をやりました。
皿に残った焼き魚の頭と骨が気になります。
そういえばマモリ様も三郎と同じで頭も骨も残しません。
イヌや猫も喜んで食べますよね。
わたくしもチャレンジしてみましょうか。
まずは骨を。
「ふむ」
食べられます。
体がこの時代の十田雄利だから、アゴと歯が丈夫なのでしょうか。
でも、あまり美味しくは感じません。
全部何も残さず食べられました。
これこそが食材への感謝なのでしょう。
「うわああああーぁぁぁぁー!!」
急に大声が聞こえました。
窓の外からです。
わたくしはいつの間にか、眠ってしまったようです。
上半身を起こすと、三郎とサイトウさんと十兵衛は一睡もしていないのでしょうか。
密書を前に、まだ話し込んでいます。
「カツトシ! 見て見るダニ!」
ダニーさんがまどから外を見て言いました。
相変わらず外から群衆の歓声が聞こえます。
「へー、大名行列ですか」
聖徳寺の参道を兵士の一団が行進してきます。
足軽隊に続き長槍隊、そして弓隊と鉄砲隊が続きます。
弓隊と鉄砲隊の数が多いですね。
全体の半分以上います。
「これはすごい!!」
十兵衛さんが、わたくしの横に来て言いました。
「ふんっ! 十兵衛あれが鉄砲だ。これが日の本の戦争を変える武器になる。おみゃあもよう見とけ!!」
三郎が言いました。
相変わらず、とげとげしいですが怒りはないようです。
一晩中話し込んだので、それなりに打ち解けているようです。
「この行列のどこかに一郎信長様がいるのですね」
わたくしは行列を隅々まで見ました。
でも、その気配は感じられませんでした。
ひょっとすると、先頭にいてもう聖徳寺に入ってしまったのかもしれません。
「なっ!?」
サイトウさんと十兵衛さんが、でら驚いています。
あーしまった。那古屋弁がでてまった。
でらとは、どえりゃあという意味です。
では、ありません。
なにに、そんなに驚いているのでしょうか?
「ふっ、カツトシ! おみゃあは幸せでええのう。うらやましいわ! ガーすか大いびきで寝くさりゃあがって!!」
「なっ! わた、わたくしは、いびきなんてかきませんわ!」
「ぷふっ! いえ、大きないびきをかいておられました」
十兵衛さんが吹き出して、笑いながら言いました。
くっ! 三郎に言われると全く信じられませんが、十兵衛さんに言われると本当に思えてきます。
でも、かわいい女子高生のわたくしが、いびきなんてかくもんですかー!!
この日、聖徳寺では織田信長とその義父との会見が行なわれました。
きっと、正装をして立派な会見が行なわれたのでしょう。
でも、わたくし達は、立派ではありますが民家の一室で、粗末な身なりで三郎の義父と会見をしました。
綺麗な身なりは十兵衛さん一人だけでした。
密書を前にした、三郎と義父のサイトウさんの話し合いは、その日の夜遅くまで続きました。
十兵衛さんも律儀にそれに付き合います。
ここまで来ると、十兵衛さんの人柄が見えてきます。
悪い人ではなさそうですが、時々三郎を怒らせています。
三郎も、もう気が付いているようですが、腹が立つみたいです。
「おい、カツトシ!! おみゃあは、またガーすかいびきをかきゃあがって! いつまで寝とる!! さっさと、まぁーししろ! きゃーるぞ!!」
三郎に起こされたときには、サイトウさんと十兵衛さんの姿はありませんでした。




