第二百四十六話 けったいな侍
「よし! きゃーるぞ」
早朝からの戦いだったので、お腹が空いていました。
わたくし達は、野戦からお城二つの奪還が終わり食事をとりました。
そして、配下の兵士の食事が終わるのを見て三郎が言いました。
わたくしは、いくさの専門家ではありませんが野戦をして、お城を2つ落とすのに半日というのはすごい事だと思います。
三郎はこの勢いで他の城を攻めたりはしませんでした。
おそらく楽勝のいくさが出来たはずです。
でも三郎は、あくまでも取られた城を取り返しただけです。
三郎以外の将なら、きっと他の城も落としていると思います。
わたくしは三郎の筋を通す、この行動をさすがだと思います。
「これで清洲と戦争状態か。しかも主筋の清洲を、わしから攻めるわけにもいかん。困ったもんだ。ここで今川が出てくれば挟み撃ちだ。わしが今川なら、この機を見逃さない。さて、今川はどう出てくるか」
那古屋城への帰り道、馬上で三郎がぶつぶつ言っています。
三郎はここで、今川家に動かれるのが嫌なようです。
でも、そんなに人は的確に動けるものなのでしょうか?
もしそれが出来るのなら、そうとう優秀な人だということです。
いくらなんでも、さすがにそんなに的確に行動出来るわけがありません。
絶対に心配しすぎです。
「カツトシ!! そっち!!」
わたくしは今日もおキツ様と川で水遊びです。
孫四郎なら、ダラダラしていると言うのでしょうね。
でも、わたくしはこれが仕事なのです。
「うわっ!」
わたくしの股をコイがすりぬけました。
まあ、わざとですけどね。
少し小さいコイなので見逃してあげました。
それより着物のスソを、ずいぶん上にたくしあげたおキツ様の姿はかなりエッチです。
「もう! だめね! だめだめだわ! 孫四郎はカツトシがすごい人と言っていましたが、私には全然そうは見えません」
おキツ様が「もう!」のときに、体をゆすったので胸が揺れています。
成長したおキツ様は、顔は可愛いままなのですが体がやばいですね。
「うふふ、もしそうなら、わたくしは出世しておキツ様とこうして水遊びなど出来ません。孫四郎にまんまとだまされましたね」
「ほんと、孫四郎は次に会ったら説教です」
「カツトシ! なにをしとる! すぐに行くぞ!!」
めずらしく三郎が来て、馬上で落雷のような声で少しあせって言いました。
萱津の戦いから半年以上はたっています。
あれからいそがしかったのか、まったく顔を見ていなかったのに、突然あらわれて何を言っているのでしょうか。
「おおっ! 三郎! やっとかめ!!」
わたくしは手を上げて、わざと落ち着いてニコニコして言いました。
「のんきに『やっとかめ!!』なんぞといっとる場合か! うおっ! おキツ! おみゃあは。あいかわらずかわええのう」
三郎の視線がおキツ様の足に集中しています。
せめて、顔を見て言ってください。失礼です。
セクハラです。
「きゃっ!」
おキツ様が、悲鳴を上げて川から出ると着物を直します。
赤い顔がまぶしいです。
あれ!? わたくしは見てもよかったのでしょうか?
ずっと、出しっぱなしの足を見ていましたけど。
まあ、わたくしは女なので何も感じませんけど。
「ひひひ」
三郎がエロおやじのように笑います。
「あの、三郎様! 鷺山様に言いつけますよ!」
おキツ様が、きっと眉をつり上げて言いました。
「おおそうじゃ!! おキツの可愛さで忘れとった!! その鷺山殿の父親に会うから、カツトシに護衛を頼むために来たのじゃ。岩倉には話を通してある。おキツ、カツトシをかりるで」
「あのー、わたくしだけ話が見えませんけど、サギヤマ殿って誰??」
「わしの嫁だ!! 政略結婚したんだがや! 明日聖徳寺で嫁の父親と会見する。カツトシおみゃあも護衛として同行しろ!! 岩倉の許可も、生駒の許可も取ってある。はよまぁーししてこい!!」
「準備なんかいりませんわ。それより三郎! 結婚していたの? わたくし結婚式に招待されていませんわ」
「どたわけ! おみゃあみたいな身分の低い者が出れるわけがにゃあだろう!! そうじゃなければよんどるわ!!」
「あーっ、そっか! じゃないのよ! 一言教えてくれてもいいじゃない」
「どーでもええわ!! それよりすぐに行くぞ!!」
くそう! 三郎のやつ!!
わたくしに結婚の事を言うのが、どーでもいいことだそうです。
それとも、奥さんのサギヤマ様とあんまりうまくいっていないのかしら。
まあ、へんな詮索はしてはいけませんね。
それに考えてみたら、三郎が結婚してようがしてなかろうが、わたくしにはまったく関係のないことですわ。
「おおーっ!!」
小折城下から声がしました。
岩倉街道を那古屋衆の軍勢が行進してきます。
そして、小折で由緒正しい神社、真清田神社方面へ曲がりました。
そうか!
清洲と戦争状態だから、那古屋城を北上して、岩倉織田家の勢力圏を通過しているようです。
岩倉城城主織田信安様の正室は、三郎の父親織田信秀様の妹です。
つまり三郎のおばさんです。
だから、三郎はおばさんにいろいろお願いしたようですね。
――わたくしのことまで
生駒様の許可を取ったということは、わたくしは逃れるすべがありません。
せっかく楽しい、おキツ様とのひとときを邪魔されました。
「はーーっ!」
わたくしは深いため息が出ました。
「くっくっくっ」
ダニーさんとズラーさんとデェスちゃんが後ろで笑いを我慢しています。
「おキツ!! おみゃーは、うちからでるな!! 変な虫がつくといかんからな!!」
三郎がおキツ様に言いました。
あのね、わたくしからしたら、三郎あんたも悪い虫のひとつだから。
しかも結婚しているのならなおのことです。
「あら! うふふ! わかりました」
おキツ様が、なんだかうれしそうにしています。
進む方向が同じなので、おキツ様を小折城に送って三郎の軍勢の中に紛れ込みました。
その日は、那古屋衆の軍勢は聖徳寺の門前町の手前の草原で休みます。
「カツトシ、行くぞ!!」
「はあぁーっ??」
「はぁーだにゃあわ。聖徳寺の下見だがや!!」
やっと休憩と思ったら、偵察にまきこまれました。
聖徳寺には、兵士がすでに大勢います。
「さすがよのう! 美濃兵がうじゃうじゃおるわ」
三郎が感心しています。
「三郎! いったい奥さんのお父さんは、なんの目的があるのでしょうか」
「ふぉふぉふぉっ!! なに、萱津の戦いがあまりにも見事じゃったから、会ってみたいと思っただけじゃ」
わたくしは三郎に話しかけたのに、後ろから声が聞こえました。
そこに、汚い身なりのじいさんがいました。
「まさか、おやじ殿か?」
「ふぉふぉふぉ! いかにも斎藤山城守利政じゃ!」
「斎藤さんですか」
わたくしは、頭をフル回転しています。
何しろ、わたくしが知っている、この頃の偉人の名前は、織田信長と豊臣秀吉と徳川家康ぐらいです。
いまだに、1人も会っていません。
目の前のじいさんは、サイトウなんとかのトシマサ。
――いったい誰なんですのー??
とりあえずサイトウさんと呼びましたが、場の空気が凍りました。
なんだかやってしまった感がすごいです。
「ぐふっ! ふぁーあはっはっはっ!! 婿殿! この者は何者じゃ?」
「あー、ただの荷物持ちにございます。お気になさらずに」
「ふむ、そうか。荷物は何も持っておらんようだがのう。荷物持ち殿! 『サイトウさん』か、お前さんだけはそう呼んでいいじゃろう。特別じゃぞ」
サイトウさんこと三郎の義理のおとうさんは、わたくしに顔を近付けて、うれしそうに言ってくれました。
「あっ、はい。ありがとうございます」
きょ、許可がおりたという事で、よろしいのでしょうか。
「ふむ、ここで立ち話というわけにはいかんのう。この先に民家が借りてある。そこへ行こうかのう」
サイトウさんの案内で聖徳寺の門前に続く、参道沿いの民家にお邪魔しました。
参道は広く、お寺も大きくて立派です。
お寺の周りを、美濃の兵士が護衛する様子がここの民家の窓からよく見えます。
そうか、サイトウさんは、ここから参道を見張っていたんだ。
そこをけったいな身なりの侍が歩けば目立ちます。
けったいな侍とは三郎のことですけどね。




