第二百四十四話 萱津の戦い
「ダニーさん、ズラーさん行きましょう」
怒りでわれを忘れそうになっている2人に声を掛けました。
このままでは、権六を殺してしまいそうです。
権六から見れば、わたくしなど取るに足らない雑兵の1人なのでしょう。
わたくしたちの事はどうでもいいです。
でも、食べ物を粗末にするのはゆるせません。
きっと裕福で、貧しい人が今日食べる物にも困っている事など知りもしないのでしょう。
まったく関心も無いのでしょう。
「ちっ!」
わたくし達が離れると大きな舌打ちが聞こえました。
権六の大きな舌打ちです。
こっちが「ちっ」ですわ。
あたりが明るくなると続々と兵士が集ってきました。
この中には、極秘扱いの十田3人衆を知っている人が大勢います。
わたくし達が食事を運ぶと、全員感謝をしてくれます。
さっきまでのいやな気持ちが少しずつ晴れていきます。
一通り食事が済むと那古屋城を出発しました。
斥候が三郎のもとに息をきらせてやってきました。
「ほ、報告します」
馬を降りて、三郎に一礼します。
「うむ。申せ!」
三郎は馬上から返事をしました。
何故かわたくしは、三郎自慢の長ヤリを持たされて三郎の横を歩かされています。重いのですけど。
当然ダニーさんとズラーさんも一緒です。
「敵は萱津の原に兵を集結しています」
「そうか! ご苦労!! 完全にわしをなめとるのう。籠城すればよいのに野戦をしかけるか。まあ、こっちとしてはありがたいことだ」
どうやら、清洲軍は赤塚の戦いで三郎の軍が負けそうだったという、山口家の流布した偽情報を信じているようです。
それとも三郎が偽情報を流布したのでしょうか。
いずれにしてもまんまと策略にひっかかっていますね。
「ははっ!! では、私はもどります」
斥候は再び馬に乗ると全速で走って行きました。
「三郎!!」
「おおっ! 叔父上」
庄内川の横で休憩していると、庄内川を渡ってきた三郎のおじさんの援軍と合流しました。
「あれは、守山城の城主織田信光様です。深田城城主の信次様のお兄さんです」
孫四郎が耳元で教えてくれました。
信光様は今回奪われた、深田城の城主である弟の救出の為に参戦してきたようです。
「って、孫四郎! あんた、なんでいるの?」
「ふふっ! わたくし……俺も元服は終わっています。この合戦に参加します」
子供だと思っていた孫四郎が戦に出るようです。
しかも、うれしそうです。
肝がすわっていますね。
「カツトシ!!」
三郎が大きな声でわたくしを呼びました。
「はいはい、ここにいますよー。うるしゃーで、大声で呼ばんといてちょー!!」
真横にいるのに、大声で呼ばれたので耳がジンジンします。
「うわっ!! あいつはなんだ!!」
「お、御やかた様になんという口の利き方!!」
そういえば、今回権六が連れてきた兵は、わたくしの事を知らない人が多いようです。
この様子を見ていた人達が驚いています。
ああ、権六まで驚いています。
三郎の近習だけはわかっているので静かですが、このやりとりを見た人達がザワザワしています。
「よいか、今回も――」
「はいはい、敵を殺すなですね」
三郎はいつものサブロー節です。
「な、なんですと!? 敵を殺すなとはそんないくさ、聞いた事もございませんぞ!!」
権六が驚いています。
そうですよね。
日の本一の猛将です。
雑兵をバッサバッサ、殺す事ができるのでしょう。
「どたーけ!! おみゃあ達は尾張の兵をドンドン殺して、その後どうするつもりだー!! 今川とも戦わなあかんのに丸裸になってまうがや!! まあちょっと頭を使え!! 清洲衆の兵は殺さんでええ、指揮官だけを殺しゃぁーええんだがや!!」
三郎の目は吊り上がり、般若の表情です。
いかつい権六が恐怖の表情になりました。
権六がおびえています。
三郎の厳しい顔は、日の本一の猛将さえもおびえさせる恐い顔です。
ふふふ、清洲衆の中にもガキ大将吉法師の子分がいます。
指揮官がいなくなれば、自由に行動できます。
すぐに総崩れになるはずです。
さすがですね。
「そ、それでは、我が軍の損害がどれだけになるか! 想像もできませんぞ!」
権六にも意地があるのでしょう。
三郎を恐れながらも食い下がりました。
権六の周りの兵から「これだから赤塚の戦いで負けるんだ」そんなヒソヒソ声がきこえ出しました。
権六は、そう言って影で三郎をバカにしていたのでしょうね。
――ふん、あの戦いは三郎の大勝利でしたよ。
見ていましたから知っています。
権六の兵の声が、三郎にも聞こえているはずですが表情が変わりません。
やっぱり、偽情報は三郎が流したようです。
恐ろしい人です。
権六は自分の側近の兵の声を聞くと、恐怖が薄らいでいくようです。
「ふん、だから今回は秘策を2つ用意した。見よ! これを!」
そう言うと、わたくしの持つヤリを指さしました。
「ふん、少し長いだけではないか」
権六にはもう、おびえがなくなりました。
「そして、もう一つ。それは」
三郎はもったい付けました。
いったい、なんでしょうか?
「それは?」
権六がくいつきました。
三郎はしてやったりの表情です。
「それはのう。いくさがはじまってからのお楽しみじゃー!」
言わねーのかよ!!
全員がそんな表情です。
萱津の原で両軍がにらみあいます。
三郎の家紋が入った旗がバタバタ音を立てます。
ジリジリ両軍が前進します。
カチャカチャ甲冑から出る音が小気味よくリズムをかなでます。
「清洲の総大将は坂井大膳か!! 権六! おみゃあは奴の首だけをねらえ。足軽は殺すな! ええな!!」
三郎は権六に再度釘をさします。
「ふんっ!!」
返事の代わりに鼻息です。
反抗的ですね。
三郎はそれを面白そうに笑って見ています。
「よし、秘密兵器発動だがや!!」
おっ!!
いよいよ秘密兵器発動です。
「おおっ!!」
三郎の近習からも声が上がりました。
いったい何が始まるのでしょうか。
「カツトシ!! おみゃあはなにしとる!! はよ下知せんか!!」
「えっ!!」
わたくしは、なんの事かわかりません。
「どたわけが!! もうええ!! ダニー! ズラー!! 行って清洲衆を総崩れにしてこい!!」
秘密兵器は2人の事でした。
せっかちな三郎が命令しました。
「ひひっ!! やっと出番ダニ!!」
「やったるズラ!」
2人は目茶苦茶うれしそうです。
戦闘民族の血が騒ぐのでしょう。
孫四郎は、わたくしの横で震えています。
戦場の独特の雰囲気に飲まれてしまったようですね。
ダニーさんとズラーさんが、赤塚の戦いのように三郎の軍の前に走り出ました。
小走りで、戦場の中央に進み出ます。
「デェスがいないのはさみしい! かわりにカツトシおみゃあも行け!!」
「はーっ!! わたくしは普通の人間ですよ!! 一緒に行ったらすぐに殺されますけどよろしいのですか?」
「あはははっ、冗談だがや!! おみゃあはわしを守っとったらええがや!!」
三郎が上機嫌で馬の上でのけぞって笑っています。
そして、馬を前に移動させます。
おいおい、三郎さん! そんなに前に行ったら弓の的ですよ。
「な、なんだあいつらは??」
清洲衆の総大将坂井大膳が驚いています。
「はて、なんでしょう?」
近習も首を傾けます。
「ゆみたーい!! あの命知らずなたわけをうちころせーー!!」
矢がダニーさんとズラーさんに雨のように降り注ぎます。
でも、2人はよけもせずその中をゆうゆう歩きます。
当たっているのに痛そうな素振りもありません。
むしろ目を細めて気持ちよさそうです。
「権六、おみゃあなら出来るか??」
三郎が意地悪く権六に聞きました。
「……?」
権六は返事も出来ずに見つめます。
「ズラー!! 行くダニー」
「おおっ!! あんちゃん!! いくズラー!!」
ダニーさんとズラーさんが全速で走り出します。
早すぎて、清洲衆は何も出来ずにダニーさんとズラーさんの侵入を許しました。
「うわああぁぁぁー!!」
清洲衆の兵が宙を舞います。
足軽隊が大混乱におちいりました。
「権六!! 何をしとる!! 大膳を討ち取って参れ!!」
「お、おう!!」
権六もヤリを手に、馬に乗り走り出しました。
でも、権六のヤリは普通の長さです。
長槍は騎馬で使うのには不便ですからね。




