第二百四十三話 泥団子
「よいですか」
孫四郎が少し得意げに言います。
もう夕方ですが孫四郎がわたくしの長屋に泊まりに来ています。
赤塚の戦いからまだ半年もたっていませんが、三郎は明日の早朝また出陣だそうです。
今日の護衛の仕事も終わったので、夕食後に孫四郎から尾張について学んでいるところです。
「はい、先生、はい」
生徒のわたくしは正座をして孫四郎先生の授業を真面目に受けます。
後ろには十田の3人衆、ダニーさんとズラーさんとデェスちゃんが正座をして、神妙な顔をしています。
まるで寺子屋です。
「コホン、尾張は斯波氏が守護をしています」
「えっ!? シバ氏? 織田氏じゃないのですか?」
シバ氏?
そんな氏は聞いた事もありません。
わたくしの習った歴史では飛ばされたのかもしれません。
重要ではないと思われていたのでしょうか。
まあ、織田信長を知っていればいいということなのでしょう。
まさか、わたくしが授業中寝ていたということでしょうか。
「えー!? そこからですか! ちがいます! 織田家は守護代です。北部の守護代が岩倉織田家、南部の守護代が清洲織田家です。そして三郎様は清洲織田家の奉行です」
「そうですか」
「明日の戦いは、その南部の守護代清洲織田家が、三郎様の松葉城と深田城を急襲して奪いました。それを取り返す戦いです」
「えっ!? それは守護代から攻められたということですか?」
「そうです。守護代清洲織田家との戦争です」
「ええ!! 大変じゃないですか」
斯波氏を社長とするなら、清洲織田家は部長、三郎は課長でしょうか。
その部長と課長が戦争をするということです。
「それほどでもありません。経済では勝っていますし、戦力では秘密兵器がありますし、今回は権六様も出陣なさいます」
「権六?? 秘密兵器??」
「ふふ、カツトシ様はもっと尾張のことに関心を持ってください。権六様は尾張一の猛将、いいえ、日の本でも1番じゃないでしょうか。そして、秘密兵器はカツトシ様と3人衆ですよ」
「ええ!! 日の本一!! そんな猛将が尾張にいたのですか」
「ふふふ、いたのです。3人衆とどっちが強いのでしょうか」
「ふふふ、孫四郎、あなたこそ勉強不足です。ダニーさんとズラーさんとデェスちゃんは、日の本一の猛将でも倒す事は出来ません。大森林一の戦闘民族ですからねー」
わたくしは後ろのダニーさんの顔を見ました。
「そうダニ! オラ達は直接の戦闘ではオーガ族には少し劣るダニが、水中やぬかるみなら絶対負けないダニ」
それに、オーガ族は魔法が全く使えませんが、カルッパン族は魔法が使えますからね。
わたくしもカルッパン族が大森林一の戦闘民族だと思います。
「大森林? オーガ族?」
孫四郎がマゴマゴしています。
「うふふ。とにかくうちの3人衆が1番ということです」
「コホン、話を戻します。清洲織田家は三郎様が弱体化していると見てケンカを仕掛けてきたのです。言いにくいのですが三郎様はあの身なりですから、大うつけなどとやゆされて、なめられています」
「なるほど」
「先の赤塚の戦いも、山口家が引き分けと発表しましたので、三郎様の兵にケガ人が大勢出ていると考えられているようです」
「そうですか、それで今が好機としかけてきたのですね」
「はい」
「ふふふ、部長がケンカを仕掛けてきたのを課長がうけて立つとそういうことですね」
「はっ?? 部長? 課長? カツトシ様の話は時々わけがわかりません」
やってしまいましたわ。
この時代にはまだ早いですわね。
「そういえば、葬儀の時の話は聞かれましたか?」
「葬儀?」
「はい。三郎様の父上信秀様の葬儀です」
「いいえ。知りません」
「で、ありますか。ふふふ。三郎様が、ボロボロの服で葬儀場にあらわれて『貴様らは何をしている!! 普段は財源がないと言って増税ばかりして、こんな葬儀に贅沢をしおって!! こんな贅沢な葬儀が必要あるかーー!! こんな銭があれば、どれだけの子供を満腹に出来るのか!! よう考えよ!!』そう言って、贅沢な服を着ていた家臣達に抹香を投げつけたそうです」
「えっ!? 贅沢?」
「万松寺に僧侶が数百人も来ていたようです。遠くは九州から有名な僧侶を呼んでいたそうです」
「そりゃあ、三郎なら怒りますね」
ふふふ、さすがは三郎です。
そういえば思い出しました。
織田信長が仏前に抹香を投げつけたエピソードを。
きっとあれは、一郎信長のほうですね。
そうですか、三郎信長は家臣に怒ったのですか。
民を飢えさせてまでやることではありません、三郎の言うとおりです。
きっと、那古屋城の勘定方の責任の気がしますね。
ぽんと那古屋城のお金を何千貫も出したのでしょう。
そんな事の為に使っていいお金ではありません。
わたくしなら切腹させます。
「カツトシ様! カツトシ様! 起きてください!!」
わたくしたちはいつのまにか眠っていたようです。
「えっ!?」
「早くしないと、遅れてしまいます」
「だって、まだ外は暗いじゃない」
「ふふふ、今日は暗い早朝から出陣です」
「なるほど。だから孫四郎が泊まったのですね」
「はい。では参りましょう」
孫四郎には、わたくしとダニーさんとズラーさんが同行しました。
デェスちゃんには、お留守番をお願いしました。
ダニーさんの背中にわたくし、ズラーさんの背中に孫四郎。
馬くらいの速さで走ります。
あっという間に那古屋城につきました。
「はやいのう」
三郎はすでに起きていました。
孫四郎の予定よりだいぶ早く着いたようです。
ダニーさんとズラーさんに乗れば、そりゃあ早いですよ。
「まさかこんなに早く着くとは思いませんでした」
孫四郎が頭をかいています。
「今日は1つ秘策を使う」
三郎は自慢そうです。
「そ、それはなんですか??」
孫四郎は三郎の扱いがうまいですね。
すかさず聞きました。
孫四郎の質問を聞くと三郎はうれしそうです。
自慢したかったのでしょう。
「見ろこれを!!」
三郎は手にしたヤリを立てました。
「おおっ!!」
孫四郎とわたくしがそろって声を出しました。
三郎の持っているヤリが通常のものより長いのです。
「清洲兵のヤリはとどかないはずだ。これで我が軍の兵の損失が減るはずだ」
三郎は側近が死ぬのが、とことんいやなようですね。
まあ、子供のころからずっと苦楽を共にした仲間ですからね。わかります。
「メシの準備はおみゃーたちにまかせるで、わしはまぁーししてくる」
三郎はわたくし達に朝食の準備をまかせて、いくさの準備に消えました。
お城の女中さんにまじって働きます。
「なんだぁー!! まんだだぁれもきとーせんのか!!」
ひときわ大きな声が聞こえました。
ごっついおじさんが来ました。
三郎の近習はみな若いのですが、大きな声のおっさんの一団は、結構歳を取っています。
「カツトシ様、あれが権六様です」
孫四郎が耳元に小さな声で教えてくれました。
――あれかー!!
あれが、日本一の猛将権六だそうです。
腕も太いし、首も太い、肝も太そうです。
確かに強そうです。
でも、着ている着物が贅沢です。
付けている甲冑も贅沢です。
金持ちそうですね。
三郎の気持ちを理解していなさそうです。
大うつけと馬鹿にしていそうです。
「これを」
女中さんが、おにぎりと湯飲みが乗ったお盆を渡してくれました。
「はい。ありがとうございます」
わたくしはそれを両手で受け取ると、権六さんのもとにむかいました。
「どうぞ」
わたくしは笑顔でそれを差し出して、権六さんに声を掛けました。
「んんっ!? なんだお前は?? 汚い身なりだなあ、しかもニタニタこびをうりゃあがって、こんな汚にゃーものが食えるかー!!」
お盆を払いのけられました。
乗っていたものが那古屋城の地面に転がります。
湯飲みの白湯もこぼれてしまいました。
おにぎりは土だらけです。
「もったいないことはしないでほしいですね」
「なにーっ!!」
権六の目に殺気が入りました。
「ジャリ」
わたくしは泥だらけのおにぎりを拾い上げ、一口噛みしめました。
「ひゃあぁぁはっはっはっ!! 雑兵は泥団子でも食ってあっちへ行っておれっ!! くそがっ!!」
「ぐぬぬぬ!!」
ダニーさんとズラーさんがうなっています。




