第二百四十話 約束
「エイリー! ナマズが取れたデェース!!」
大きなナマズを持ち上げて、デェスちゃんがこちらに投げてくれました。
最近は、三郎も藤吉郎もすっかり顔を見せなくなりました。
それぞれ、いそがしいようです。
「こ、こらこら! そっちの名前でよばんといてちょー! そっちの名前は内緒だがや!!」
わたくしも時々、那古屋弁を使います。
三郎が元服して何度目かの春がきました。
十田三人衆は、からかい半分で時々わたくしの名前をエイリと呼びます。
すでにわたくしも元服をはたし、おキツ様も少女から美女に成長しました。
――待ってください!!
ふふふ、わたくしのいた現代日本のデェスちゃんの姿は、このおキツ様の姿だったようですわ。
デェスちゃんは、この時の事を忘れずに大事にしまっておいてくれたのですね。
いけません、泣きそうです。
「カツトシは、内緒が好きですね。なぜエイリと呼ばれているのかは、私には教えてくれません。せっかく手柄をたてても全部秘密にしてしまいます」
おかげで、おキツ様がデェスちゃんに見えてきました。
おキツ様がほっぺをふくらまして言いました。
なにこれ、かわいすぎます。
「おキツ様、手柄を秘密にするのは、出世をしないためですわ。出世をしたら三郎の家臣にされてしまいます。三郎の家臣になると、小折城にはいられなくなります。この生活ともおさらばですよ。それに、わたくしは織田家の長男に仕えなくてはなりませんから、これでちょうどよいのです」
本当はまだあります。手柄を立てているのは、おもに、いいえ、全部カルッパン族の戦士の3人だからですわ。
下手をすると、3人と離ればなれにされてしまいます。
「そうですね。カツトシが那古屋城にうつったら、私はさみしくて死んでしまうかもしれません」
おキツ様はさみしそうに、本当にさみしそうにしてくれました。
かわいすぎます。
――はっ!? まさか!?
おキツ様はカツトシの事を好きになっている??
いいえいいえ、だっておキツ様は小折城のお姫様ですよ。
カツトシとは身分が違いすぎますわ。
今だって、貧乏だからボロボロの服を着ています。
元服をしたので、腰には刀を差していますが、それだって切れないボロボロの刀です。
でも、ちょっと手でもつないでみましょうか。
「ふっ、ふっ、ふっ! カツトシはおキツ様のそばを離れません。いつも一緒です」
わたくしは、1番男前に見える顔をして、おキツ様の手を握りました。
あー、カツトシの顔は自慢ではありませんが普通です。
むしろ悪い方です。
顔だけなら三郎のほうがはるかに整っていますわ。
「う、うれしいです」
おキツ様は、真っ赤な顔になりました。
――ぎゃあぁぁー!!
て、手を握り返してきました。
やばいです。
ガチかもしれません。
ひょっとして、カツトシの奥さんはおキツ様!?
まあ、それはありません。
これまで見てきたこの時代では、身分がここまで違うと、それはありえないことです。
ふさわしい人と結婚する……いいえ、させられると思います。
「たたたた、たいへんでーす!!」
せっかく、いい雰囲気だったのにぶち壊しです。
まあ、わたくしにとってはありがたいことでした。
このチャンスに手をスパッと離しました。
おキツ様は、「あっ!」という表情になり小姓の顔をにらみつけました。
「孫四郎! どうしたのですか? そんなにあわてて?」
おキツ様は怒りをおさえきれずに、それでも冷静をよそおって言いました。
「は、はい。三郎様のお父上、信秀様が亡くなりました。三郎様が生駒宗家様にお伝えせよと。ついでに、カツトシさんにもお伝えせよと」
「そ、そ、それはたいへんです!! すぐに行きます!」
「あっ! 三郎様から『カツトシはすぐ行くと言うだろうから、こう言え! おみゃあみたゃあな下っ端が来ても門前払いだがや、来る必要はにゃあ!!』とのことです」
「ぷっ!」
おキツ様と3人衆が吹き出しました。
「ぐっ! まあ、それだけ言えるほど元気ならば、わたくしが行く必要はなさそうですわ。『最初から行く気はにゃあ!』三郎には、そう伝えてください」
「は、はい」
「孫四郎、父には私から伝えておきます。すぐに三郎様のところへもどってあげて下さい」
「はい」
孫四郎は五条川の土手を降りて、小折城から続く岩倉街道を南へ走って行きました。
「支度をしろっ!!」
「はっ!?」
やっとかめに、三郎がわたくしのあばら屋の戸を、半分だけ開けて顔だけ入れて言いました。
「家臣が謀反だ! すぐに出陣する! 時間がにゃあ! すぐに準備をしろ!!」
「や、やぶからぼうに! やっとかめの、あいさつも無しかよう!」
「えーで、はよ、まぁーしをしろ!!」
まぁーし?? あー準備ね。
「しょうがないなあ」
「なんで、カツトシがまぁーししとるんだ! おみゃあは、いらんがや!! ダニーとズラーとデェスちゃんをかりるでよ」
「3人もー! 欲張り過ぎだぎゃあ!!」
「敵は倍おるがや!! 負けたらしみゃーだがや」
三郎がいつになく深刻な顔をしています。
敵が倍!?
三郎は父を亡くして数ヶ月で家臣に裏切られたようです。
ここで負けたのなら、つづいて裏切る家臣が出てくるかもしれません。
3人必要というのは欲張りではなさそうですね。
「しかたがにゃあ。やっぱりわたくしもいきますわ」
「うるしゃー!! おみゃあは、おキツとちちくりあっとりゃあええんだわ!!」
――ぎゃあぁぁー!!
三郎が怒ってらっしゃる。
孫四郎の奴、三郎に、ちくりゃあがったー!!
おキツ様と五条川の土手で、ラブラブで手をつないでいるところを、見られていたみたいです。
わたくしは女ですから、そんな気はありませんからね。
「ふんっ!! わたくしだけを残したら、おキツ様に何をするかわかりませんよ」
「なっ、なにーっ! そりゃあ、いかんがや!! しゃぁにゃー、カツトシおみゃあも来い!!」
わたくしは、取る物もとりあえず家の外に出ました。
外にはおキツ様と小姓の孫四郎がいました。
「カツトシ、どこへいくのですか?」
おキツ様が不安げです。
はーっ、しまったー。
わたくしはおキツ様の護衛の仕事があります。
「孫四郎!! お前はカツトシのふりをして、おキツの護衛をしろ!! おキツには手を出すなよ!! 出したらわかっとるな!! ぜってーに手をだすな!!」
三郎は念には念を入れて、馬に乗ると孫四郎に言いました。
まさか、三郎はおキツ様が好きなのでしょうか。
でも、わたくしとの約束で手を出すのを我慢している。
ありえますね。
あんな約束でも律儀に守るとは、なかなかいい奴なのではないでしょうか。
見直しました。
三郎は馬に乗り全速で那古屋城に向かって走ります。
それを難なく、ダニーさんとズラーさんとデェスちゃんが追いかけます。
わたくしはダニーさんの背中におんぶされています。
「皆の者、待たせた! 出陣だ!!」
那古屋城につくと三郎は馬を替え、出陣しました。
わたくしと十田三人衆は那古屋城で粗末な足軽装備を借りて装備し、1番後ろを付いていきます。
尾張南部の鳴海の地で川を渡り、三郎が陣を構えると、山口家の軍勢が見えてきました。
監視をしていたようです。
謀反をしたのは山口と言うお方のようです。
三郎の軍と、敵の山口家の軍は、尾張の赤塚と言うところで対峙しました。
こっちは1000人にも満たない兵力。
敵は2000人近くに見えます。
三郎の言ったとおり倍以上の兵力差です。
三郎は川を背にして対峙しました。
「よし、皆殺しにしてやるダニ!!」
ギラリとダニーさんの瞳が輝きます。
そんなわたくし達の所に大将の三郎が近づいて来ました。
「カツトシ、敵の中に今川兵がいる。今川兵は殺してよいが、尾張兵は殺して欲しくない。わしの兵じゃからな」
敵山口家は、織田家を裏切り今川という人に寝返ったようですね。
敵の兵が三郎より多いのは、今川兵が援軍で混じっているからのようです。
「ダニーさんとズラーさんとデェスちゃん、敵は殺さないで下さい」
だって、今川兵かどうかなんか見てわかりませんもんね。
「ふふふ、頼んだぞ。お前達が頼りだ!」
三郎はわたくし達に言いました。
「おいおい、あいつらは誰だ??」
「あの恐いおやかた様が笑顔で話しかけた」
「おみゃあは、知らねえのか? 尾張のガキはみんな知っとるぎゃあ」
「ありゃあ、尾張の秘密兵器、十田三人衆だぎゃあ!!」
兵士達がザワザワしています。




