第二百三十九話 真実
清流五条川の水が寒さに震えながら流れていきます。
「カツトシー!! 気持ちがええダニー!! おみゃーは泳がねえダニかー??」
ダニーさんが気持ちよさそうに泳いでいます。
姿はもちろん人間ですが、人間なら凍死をしていると思いますわ。
「こんな寒さの中で寒中水泳をしましたら、わたくしは死んでしまいますわ」
「ひひひ、カツトシは軟弱ズラ!!」
「コイも寒さで、じっとしているから捕まえやすいデェース」
そう言うとデェスちゃんが巨大なコイを投げてくれました。
三郎は年が明けるとすぐに元服をして、吉法師を卒業し織田三郎信長となりました。
わたくしは十田家のため、織田一郎信長を探さなくてはなりません。
ひょっとすると、織田太郎信長かもしれません。
長男の信長、のちの織田信長と知り合わなくては、未来のわたくしが存在しなくなります。
でも、三郎は元服をしてからは、まだ一度も小折城へは来ていません。
織田家の長男を紹介してもらおうとおもっていますのに。
かわりに木下藤吉郎というガキが来るようになりました。
こがらでひょうきんな感じの子供です。
楽しそうに泳ぐ十田3人衆を、寒そうに見つめるおキツ様の横にちゃっかり座って、くちびるを震わせています。
「ほら、おキツはオラが取ったやつをやるダニ」
「しかたがねえから、藤吉郎はオラのをやるズラ」
藤吉郎は十田3人衆とは、すっかりうちとけて仲良くなっています。
ズラーさんのコイを受け取ると顔をくしゃくしゃにしてうれしそうにします。
でも、わたくしはその目の奥に喜びどころか、冷ややかな闇があることを感じます。
顔がしわくちゃになり、表情がうれしそうなので騙されますが、その目の奥は光の無い深い暗黒の海の底を見ているように感じます。
三郎といい、藤吉郎といい、2人からは強い恐ろしさが伝わってきて寒気を感じます。
わたくしの視線を感じたのか藤吉郎は目を閉じました。
「おそがい、おそがい! カツトシは人の心を読み取りくさる!」
藤吉郎は、わたくしを恐いと思っているようです。
「さあ、寒いのでそろそろ戻りましょう」
おキツ様が可愛い声で言いました。
この3人衆が川で泳いでいるのは、なにも楽しむ為だけではありません、食事の為でもあるのです。
豊かな川でおなか一杯食事をしているのです。
お腹一杯になるとおすそ分けを渡してくれるのです。
おキツ様も長い付き合いのようで、その事をよくわかっています。
小折城に戻ると、おキツ様はお土産を渡すため藤吉郎の子分にコイをもたせて、お屋敷に戻りました。
藤吉郎は、わたくしの家に当たり前のように上がり込みます。
まあ。家といってもオンボロ長屋のいっかくですけど。
そして、数人の子分に指示して、わたくしのコイの料理が始まります。
自分のコイは子分に渡してしまいましたので、わたくしのコイを遠慮なくいただくつもりのようです。
まあ、わたくしは料理をしなくてすむので助かっていますけど。
「カツトシ、いやカツトシさん。いやいや、カツトシ様!」
藤吉郎が背筋をのばして、わたくしを見つめます。
暗黒の瞳につりあった表情をしています。
違和感がないので、恐さが半減しています。
「なな、なんでしょうか?」
「まあちょこっと、暖かくなってきたらよう、川並衆のガキ共を子分にするつもりだぎゃあ。そして、その次は美濃のガキだがや」
藤吉郎は、吉法師から尾張のガキ大将を受け継いだので、その子分達と美濃のガキ大将にも収まるつもりのようです。
「なんで、藤吉郎も吉法師もガキ大将にそんなにこだわるのですか?」
「ひゃははは、カツトシはそんな事もわからんのか。このガキ共がすぐに成長して、足軽になる。敵として再会した時、親分だった吉法師様やわしを見てどう感じるのか考えてみろ。それに、いまのうちにケンカをしときゃあ、誰がつええかようわかる。そんなつええ奴を元服前に見つけときゃあ、あとで家来にしやすいがや。利点しかねえぎゃあ。まあ、まけやあなめられるがなあ。ぎゃははは」
「なるほど!」
「そこで頼みがある」
藤吉郎はふたたび姿勢を正しました。
「なんですか?」
「十田3人衆の力を貸してちょお」
そう言うと、藤吉郎はダニーさんとズラーさんとデェスちゃんを見ました。
3人はまるで関心が無さそうにしています。
藤吉郎はそれを見てニヤリと笑います。
暗黒の瞳で不気味な笑みを浮かべられると恐いのですけど。
わたくしの視線を感じてか、藤吉郎はまた目を閉じました。
「3人しだいですわ」
「ほうきゃあ! よかったぎゃあ!! ダニー殿! ズラー殿! デェス殿! 力比べは相撲にするぎゃあ!」
やられました。
この3人は相撲と瓜には目が無いのです。
藤吉郎は策士のようですわ。
「なにーぃーっ! 相撲!!」
ダニーさんとズラーさん、デェスちゃんの目がキラキラ輝きます。
美しい目です。
心が澄みきっているのでしょうね。
「やるぎゃあダニー!!」
「やるズラー!」
「やるデェース!」
ダニーさんは名古屋弁が気にいっているみたいですね。
藤吉郎は、おキツ様とわたくしときっちり食事を済ますと満足して帰って行きました。
川並衆のガキも美濃のガキも、ダニーさんとズラーさんとデェスちゃんには相撲では歯が立たなかったみたいです。
聞いたはなしでは、相撲のあとは決まって激しいケンカになったそうですが、ケンカでも十田三人衆は無敵だったようです。
わたくしはお仕事の、おキツ様の護衛があるのでガキのケンカには、おつきあいできませんでした。
小折城の敷地は巨大です。
東京ドームなら10個以上入りそうです。
堀に囲まれた城内はまるで小さな町です。
西に青木川、東には御曽野川の清流があり、岩倉の先で合流して五条川になります。
わたくし達が水遊びをしているのは、この五条川の御曽野川の方です。
今日も川で遊んでいると。
「おーーい! やっとかめだぎゃあ!!」
三郎が来ました。
――や、やっとかめ?
「亀?」
わたくしはカメとつぶやいて、思わずデェスちゃんを見てしまいました。
「むっきぃーーデェース!! デェスは亀じゃないデェース!!」
ですよねー。
「ひゃはは! カツトシは、やっとかめがわからないダニか? ほんとうに尾張うまれダニか?」
「あ、頭をうったときに忘れてしまったようです」
「まあええダニ。やっとかめは久しぶりという意味ダニ」
「ああ、なるほど」
三郎は「久しぶり」と言ったようです。
久しぶりに来たのは、なぜでしょうか?
「三郎! やっとかめですわ」
「ふふふ、おキツは今日もかわいいのう」
三郎はいやらしい目つきでおキツ様を見つめます。
元服したためか大人のいやらしい目つきです。
今のところは手を出してはいないと思いますが、油断はできません。
おキツ様の純潔はこのエイリがおマモリいたしますわ。
「三郎! そんな事よりなんのようですか??」
「ひゃはは、カツトシは相変わらずおキツのことになるときびしいのう。実はのう初陣が決まったのじゃ。今川がきたでよう。吉良大浜まで出陣する。三人衆を貸してちょお」
まあ、そんなことだとは思いましたけどね。
「じゃあ、デェースがいくデェース!!」
「オラも行くズラ!」
「しゃあねえダニ。今回は、オラが留守番するダニ」
こうして、ズラーさんとデェスちゃんが同行していきました。
二人を見送ると、ダニーさんがわたくしの耳元に話しかけてきました。
「カツトシ! お前はなにものダニ?? 本当の事を言ってほしいダニ」
「えっ!?」
「おかしいダニよ! 頭をうった日から別人になった気がするダニ」
す、するどい。
わたくしはこの時なぜか、全てをダニーさんには話してもいい気がしました。
私はダニーさんの耳の中に、これまでの出来事の真実を全部話しました。
未来から来た十田雄利の子孫、十田愛莉であること。
そして、未来でダニーさんとズラーさんとデェスちゃんと、ふたたび仲良しになっていることを。
「信じられないかもしれませんが、全部本当のことです」
「にわかには信じられないダニが、振り返れば、おら達をカルッパン族と知っていたことが何よりの証拠ダニ。信じるしかねえダニ。弟と妹にはじきを見て、話しておくダニ」
「はい。お願いします」
三郎が、初陣を見事勝利したことはいうまでもありません。




