第二百三十二話 黒きサムライ
「よっこらせっと」
和服を着て、腰に日本刀を差した男が緊張感なく自然体で降りてきます。
顔には稲荷の使いのようなキツネのお面をつけています。
ケイマが使っているお面と同じ物です。
まだ、短い雑草がはえ始めただけの、土の上に男は降り立ちました。
「サ、サムライか?」
閣下がモニターを見ながら言いました。
「貴様は何者だ!?」
ジェイカルが馬上から見おろしながら言いました。
「あっしですかい? あっしは何をやっても半端な、半端者でごぜーやす。こんな半端者のあっしまで、親分のマモリ様が姫神の一族に迎えてくだされましてなあ、その恩に報いるべくまかり出た次第でごぜーやす」
「なるほど、顔を隠しているから。名は名乗れないというのか。その代わり姫神の一族を憶えておけとそう申すのか」
「さすがでございますなあ、さっしがよくて助かりやす」
「ふん! ここは戦場だ、死ぬ覚悟は出来ておるのか?」
「さて、あっしが死にますと、親分のマモリ様をお呼びしてお手間をとらせやす。なんとか、お呼びしなくてもよいようにしたいものでやすなあ」
「ふふふ、あんたの話はいちいちわかりにくいが、死ぬ気はないと聞こえたがそれで間違いないのか!!」
ジェイカルが楽しそうに言いました。
ジェイカルの後ろでは、バダマ軍が撤退を開始しています。
戦場は2人のやりとりに注目して、動きが止まっています。
現代の戦いでは戦場で一騎打ちなどありえないでしょう。
でも、ここではそれが始まりそうです。
戦車も司令部も、英国軍全てがこの二人に注目して、英国軍は動きをとめています。
ジェイカルは自らを犠牲にして撤退の時間かせぎをするつもりなのでしょう。
この面倒臭いやりとりは、そんなジェイカルにとって、時間をかせぐのに好都合なのでイライラはしないようです。
「ふふふ、おさっしのとおりでやす」
「ふふっ! では、そろそろ初めてもよろしいですかな?」
「メイソーウ!!」
お面のサムライは右手を高く上げ、小指を立てて言いました。
黒いボロ布が小指から出ると、お面のサムライを包みます。
真っ黒なお面のサムライが完成しました。
そして、お面のサムライは日本刀を抜き上段に構えました。
日本刀まで真っ黒です。真っ黒なまま、なまめかしくヌメヌメと輝きます。
「おおっ!!」
ジェイカルが驚きの声を上げました。
「どうぞ!!」
お面のサムライが言います。
「いくぞおぉぉぉぉーーーー!!!!」
ヤリを正面に構えると、ジェイカルは馬の腹を蹴りました。
馬が全速で走り出します。
「……」
お面のサムライは全速で近づくジェイカルを、無言で微動だにせず見つめます。
「死ねええぇぇーー!!」
ジェイカルは馬上でヤリを突き出しました。
お面のサムライはそれを横によけます。
ジェイカルは、予想していたのでしょうヤリの穂先を、お面のサムライの方に動かします。
「ちぇすとぉぉーーっ!!」
お面のサムライは自らを追いかけてくるヤリの根元を、気合いと共に切りつけます。
チンと音を立てると、刀がジェイカルのヤリをすり抜けます。
そして、お面のサムライはおおきく飛び退き、ヤリの間合いからはずれました。
ジェイカルとお面のサムライはすれ違います。
ジェイカルは馬を止めました。
「なっ!?」
ジェイカルのヤリが根元で斜めに少しずつズレます。
そして、草の上にドサリと穂先が落ちました。
驚くジェイカルは馬上で動きを止めました。
お面のサムライは、その隙を逃しませんでした。
馬の尻に飛び乗ると、ジェイカルの鎧のえり首をつかみます。
「きええぇぇぇーーーーっ!!!!」
お面のサムライはジェイカルを馬上から地面に投げ落としました。
頭を真下にして、垂直に地面に突き刺すかのように投げました。
ジェイカルの体は、しばらく垂直のまま止まっていましたが、やがてゆっくり倒れます。
「ジェイカーーーール!!!! ジェイカアァァァーーーーーール!!!!」
バダマ軍からバダマ王子が叫んでいます。
「王子、もはやこれまで、逃げまするぞ!!」
ジギンゲンが王子の手を引っ張ります。
「だめだーー!! オレはジェイカルを置いてはいけねえーーーー!! あいつはオレが幼い頃から一緒にいた、父のような存在だーー!! おいていけるかーー!! 死ぬなーー!! 死ぬなーー!! ジェイカーール!!!! ジェイカルが死ぬのなら俺様もここでしぬーー!!!!」
「ぼっちゃんを、ゲンバ元帥の元へ!!」
ジギンゲンが非情にそばにいた魔導師に命令しました。
「ジェイカアァァァァーーーール!!!!」
叫び声を残してバダマぼっちゃんの姿が消えました。
「よき主君でやすなあ」
お面のサムライがしみじみ言いました。
――えっ! えぇぇーーっ!!
いえいえ、いままで見てきましたが、バダマ王子はとてもいい人には見えませんでしたよ。
でも、お面のサムライはここだけしか見ていません。
ここだけ、見ただけならそう見えるのかもしれません。
「ぐっ! ぐふっ!! と、とどめをさせ!」
倒れたままでジェイカルが口を開きました。
「さてっ、なにか言いましたかな。あっしは兵士ではございませんからなあ」
「なっ!? た、大将首だぞ!! いらぬのか?」
「あっしは、半端者でやすが、ただ2つだけは絶対に守っていることがごぜーやす。1つは、かたぎの衆に手をあげねーこと。それともう一つは、親分の命令は絶対ということでごぜーやす」
そういうと、お面のサムライは装甲車に乗り込みました。
「な、なに!? ど、どういうことだ??」
「ふふふ、あんたの御主君が『死ぬな!!』と言っただろ、ならばあんたはその命令を絶対に守れということでしょう。そして、かたぎの衆には手を上げないということは、いいなおせば、市民や民衆には手を出さないということでしょう」
装甲車の窓から運転手がいいました。
この運転手はファルコンファミリーの手下のようです。
「ま、まさか!? そういうことか!」
ジェイカルは切れっ端になったヤリを投げ捨てると鎧をぬぎすてて、その下に着込んだ鎖かたびらも脱ぎ捨てた。
そして、パンツ一丁になりました。
「まあ、それでよろしいでしょう」
運転手は、後ろを見て答えました。
後ろではお面をとったサムライ、シマズヒサシさんがニヤリと笑いました。
「かたじけない!!」
深く頭を下げるとジェイカルはバダマ軍に帰ります。
「全員、兵装をときパンツ一丁になれーー!!!!」
走りながらジェイカルが叫びました。
「むう!!」
この様子をモニターで見ていた閣下が顔をしかめます。
「まあ、勝手をお許し下さい、閣下。我ら日本人はあの戦争で民間人を大勢殺されました。民間人を殺さないことを日本人は魂に刻まれております。兵装をとき、民間人になった者は殺せませんし、殺させません」
マーシーさんが閣下に小指を立てながらいいました。
すでに、英国軍の大勝利で配信は終わっているようです。
「なに、マーシー殿も姫神の一族ということか。ならばマーシー殿もシマズヒサシ殿と同じ事が出来ると」
「いやいや、わたくしには無理です。シマズヒサシさんが10の武力なら、わたくしは1です。黒くなっても、素のシマズヒサシさんにだって勝てやしません」
「シマズヒサシ殿はただの助手ではないと思っておったのじゃが、マーシー殿の護衛だったのじゃな。まあ、敵の侵略軍には大きな損害を与えた。勝ちすぎも良くない、こんな所でよいじゃろう」
モニターには何千人かの倒れた侵略軍が映し出されています。
「きゃーーっ!!!!」
司令部に、女性の黄色い声が広がります。
シマズヒサシさんが、お面をとったサムライ姿で戻って来ました。
「ただいま、戻りました」
シマズヒサシさんは背筋を伸ばし綺麗な礼をします。
すこし悪い恐い顔をしていますが、それがかえって、かっこよく見えます。
「きゃぁぁぁーーーーっ!!」
ふたたび司令部に黄色い声がこだましました。




