第二百二十六話 あの日
「独身の私は昨晩、大酒を飲んでしまって、今日は体調が良くないのですが、それも治るということですか?」
メブラクさんが薬を手に取りました。
「もちろんです」
ノブコが返事をするとメガネが白く光り、目の表情が見えなくなりました。
きっと、瞳がドクロの形に変形していると思います。
「そうですか。では、いただきます」
「どうぞ!」
ノブコが悪い笑顔です。
「ああぁぁーーっ!!」
僕は思わず声が出ました。
メブラクさんは「少しだけなめてみてくれませんか」と言われたのに、包みを傾けて全部の麻薬を口に入れてしまいました。
ノブコの表情が「あっ!!」という表情になります。
「うわああああぁぁぁーーーーっ!」
メブラクさんが、ヨロヨロよろめきながら叫び声を出しました。
だから、止めたのにーー!!
ノブコはどんな麻薬を飲ませたのでしょうか?
そもそも直接飲んでよかったのでしょうか。
「だ、大丈夫ですかー?」
僕は目の前のお茶を飲ませて、メブラクさんの背中をさすります。
「う、うううっ! ありがとうございます、姫様。あっ!? すごく体調が良くなりました。体が軽くなった感じがします」
麻薬とはだいたいそんな効果があります。
そして、激しい依存性があり中毒になるのです。
「だ、だいじょうぶですか?? 初めて口にするのにあの量は危険でした。味がわからない程度を口にしてほしかったのです」
ノブコが心配しています。
薬とは用法用量を守らないといけないものです。
やはりあの量は危険だったようです。
「はい。ありがとうございます。危うく気絶するところでした。でも、すごいです。ふせっせいのため肌もガサガサだったのですが、今はうるおってツルツルになっています。十代の頃の健康を取り戻したみたいです」
「気絶しそうになった?? たいへんじゃないですか」
「はい。くそまずくて、失神するところでした。いままで口にした物の中で、一番くそまずかったです。控えめに言って人生最悪の味です」
「ぷっ! くっくっくっ!」
勇者エイゼン様とメルの皆が笑いをこらえています。
全員この粉の正体がわかったみたいです。
わからないのは、僕とロンカさんとメブラクさんだけのようです。
「その薬は、とても良い薬なのですが、味が最悪なのです。そして、少量しか製造できません。だからとても高価です」
麻薬はだいたい高価なものです。
だから儲かるのです。
「ええっ!? まさか、今の量でお値段は、おいくらくらいですか?」
「金貨100枚です」
「な、なんと!?」
ロンカさんが目を見開いて驚いています。
「うふふ、ですが。何度か服用すれば、どんな難病もなおります。1回の使用でも、お肌つやつや、美容にも効果が絶大です。メブラクさんならご理解いただけると思いますが」
「は、はい! それはもう!!」
「ねー、ノブコ! 効果が絶大でも麻薬は絶対だめだよー」
「うふふ、姫様。これは原料がマモリ粉乳です。マモリ粉乳を砕いて粉にした薬なので、略してマ薬です。副作用も何も無い安心して服用できるお薬です。ただし、味がくそまずいのと高価なのが難点です」
「えーーっ!? マモリ粉乳!?」
やっと、マ薬の正体がわかりました。
でも、マモリ粉乳なら滅茶苦茶な量があります。
収納を維持するだけで莫大な魔力がいるほどです。
これを、あの少量を金貨100枚で売るつもりのようです。
まあ、そこはノブコに任せましょう。
あんまり安く沢山売ると、この世界に悪影響が出ると考えてのことでしょうから。
「ふふふ、なるほど、これを貴族に売ると。確かに貴族になら売れそうだ。だが、物を売るのは商人ギルドの仕事になる。一度商人ギルドを訪ねるのがいいだろうな」
「そうですか、わかりました。あの、ロンカさん。1つ教えて欲しいことがあります」
「ほう。姫様。なんですかな?」
「は、はい。実は、王国内に連れ去られたエルフ族など、大森林の少数部族を助けたいのですが、その情報がほしいのです」
「な、なんと! それは本気で言っているのですか?」
「なにか、まずいことでもあるのですか」
「ふふふ、大ありだ。エルフ族などを買って奴隷としているのは、みんな貴族だ。貴族のたしなみのようなものだ。清廉潔白で奴隷にしていない貴族などは、数えるほどしかいまいて」
「なるほど」
「姫様がエルフ族を助けるという行為は、ほとんどの貴族を敵にまわすという事だ」
「うーーん、難しいものですね」
「何もむずかしい事はありません。商売は清廉潔白な少数の貴族だけを相手にすれば良いのです。そして、大森林の部族を奴隷にするような人は、さんざんこらしめてやればよいのです」
ノブコはすでにわかっていたみたいですね。
僕達は、ロンカさんに清廉潔白な貴族と思われる人を教えてもらって、救助した女性10人をひき連れて冒険者ギルドを出ました。
商人ギルドは、冒険者ギルドの通りをはさんで向かい側にありますが、いったん隠れ家に帰ろうと街の門を出ました。
「さて、こまりましたねえ」
「神様、どうしたのですか?」
ユウキは、かわらず神様と呼んでくれます。
「ふふふ、僕達は勇者エイゼン様のパーティー仲間です。常に人質になる危険性があります。この女性達も同じです。勇者エイゼン様を憎む者達が、人質にしたり腹いせに殺しに来たりします。守るために目が離せなくなりました。護衛の人手が必要になったのです」
「あ、あの、それでしたら、1つ提案があります」
マッチャさんが申し訳なさそうに言いました。
「なんですか」
「はい、あの。私の部下を姫様のもとに置いていただけないでしょうか?」
「えっ!?」
「あっ、いえ、あの、私の部下は全員諜報活動に習熟した優秀な龍人です。姫様から見たら、ゴミのような存在でしょうが、この通りお願いいたします」
僕は驚いただけですが、マッチャさんは何かを勘違いしたのか僕の前で土下座をしました。
「マ、マッチャさん! だめですよ、手を上げてください。そのような事は必要ありませんから。むしろありがたいくらいです。でも、よろしいのですか」
僕は、すぐにマッチャさんの手を取り、手のひらに付いた泥をはらいながら言いました。
「はい。わたくしたちはシラタキ様の子飼いの龍です。シラタキ様が失脚しましたので、龍族の村に住む場所がなくなり路頭に迷っておりました。わたくしだけ、ちゃっかり姫様と行動しておりましたが、他の者達は途方にくれています」
「そうですか。もともとシラタキ様も、僕のせいで失脚したようなものです。わかりました。マッチャさん、全員呼んで来て下さい。歓迎いたします」
「ははっ! ありがたき幸せ!! おーーい!! みんなー姿をあらわせーー!!」
マッチャさんの声を聞くと、10人の美女が隠れ家に続く、道の脇の木の陰からヒョコヒョコとうれしそうな顔を出しました。
「もういたのですね」
「は、はい」
マッチャさんが赤い顔になりました。
「うっ、うううう」
急に赤い顔のマッチャさんがヒザをついて苦しそうになりました。
「えっ!? どうしたのですか?」
「ふむ、この症状は、あれじゃ。あの日がきたのじゃ」
シラタキ様が言いました。
「えっ!? いったいなんですか?」
「か。神様。あの日はあの日です。お、女の人には色々あるのです」
「そ、そ、そうなのじゃ。女には色々あるのじゃ」
シラタキ様まで赤い顔をしています。
いったい何があるのでしょうか。
「マッチャよ。あれじゃな、あれなのじゃな!」
「は……い」
マッチャさんが苦しそうに返事をしてうなずきました。
よし、ではすぐに行くぞ。
シラタキ様が、龍の姿になりました。
「うおおぉぉぉーーーーーー!!!!」
勇者エイゼン様と助けた女性達が驚きの声を上げました。
「は、白龍様。龍族の長老! で、でかい!!」
「本物を初めて見ました」
エイゼン様と助けた女性達が言います。
「姫様、ワラワの隠れ家に案内する。マッチャを抱いてワラワの背にのるのじゃ」
「えっ!? でも」
「うふふ。安心して下さい。あとの事はわたしとユウキちゃんとエイリさんでやっておきます」
ノブコが自信満々で言いました。
これは、まかせるしかありませんね。
「ノブコ。僕は、シラタキ様とマッチャさんと一緒に行ってきます。あとはお願いします。メイヤたのみますよ」
「ははっ!!」
「ユウキ、エイリ……」
「うふっ! 神様行ってらっしゃい!」
「姫様! ユウキちゃんの事はお任せください。そして、商人ギルドの方もお任せください。私は尾張商人の血が流れています。商人エイリにお任せください」
僕は、なにがなんだかわからないうちに、シラタキ様の背中にのせられた。




