第二百二十一話 正義の勇者
「マモリ様、お気をつけください」
先頭を行くマッチャさんが、立ち止まって後ろを振り返ります。
マッチャさんの前で森の景色が急変しています。
ここまでは、背の高い大木が太陽をさえぎっていたため、地表には苔のような植物しかありませんでしたが、マッチャさんの視線の先にはヤブがひろがります。
「ここから先は、オーク族の縄張りです」
オーク族のお姉さんが緊張した表情で言いました。
頬を一筋の汗が流れ落ちました。
「はい、わかりました」
僕は平静をよそおって言いました。
すでに茂みの中には数百を超える気配があります。
茂みに続いている一本道が、ぽっかり開いたトラの口のように見えます。
「なんだか、静かすぎてこえーなー」
勇者エイゼン様がツバを飲み込んでから言いました。
「では、参ります」
マッチャさんが茂みの中に入りました。
茂みの中は豊かな森です。
沢山の実をつける木が並んでいます。
動物も沢山生活出来そうです。
でも、その動物の気配がありません。
オークの群がヤブに息を潜めて隠れているため、遠くに逃げてしまったのでしょう。
不気味に静まり返っています。
「ホォォォーーーーウ、ホォォォーーーーウ!」
「ミギャッ! ミギャッ! ミギャッ!」
動物の鳴き声のようなものが左右から聞こえました。
オーク族の合図でしょうか。
声が聞こえた場所から、数百メートル進むとやばい場所に出ました。
狩場ですね。
木がなく草だけの場所。
しかも、ご丁寧に草は短く刈り取られています。
僕達の姿は丸見えですが、取り囲むオークの姿はヤブに隠れてまるで見えません。
「とまれぇーー!! とまれぇぇーーっ!!!!」
屈強な男達が、僕達の行く手をさえぎるように出て来ました。
こちらと人数を合せてヤリをかまえて出て来ました。
オークの戦士ですね。
「ここは、オークの支配地であーーる! オーク以外の種族は殺しても良い事になっている! なんの目的できたのかー! 申してみよー!!」
「はい。人間の街で、悪党共に捕らえられていた、オーク族の女の人を無事に送り届けるため護衛をしてまいりましたー!!」
既にビビって震えている勇者エイゼン様に代わって、僕が代表をして言いました。
「ぎゃははははは」
僕達のまわりの茂みの中から笑い声が聞こえます。
「護衛をしてきましただと! ふ、ふざけるのもいいかげんにしろ!! 女、子供ばかりじゃねえか。お前達が護衛される側だろう!!」
――はっ!! た、たしかに!
「お、お待ちください。本当です。本当に助けていただいたのです!!」
オークのお姉さんが、進み出て言ってくださいました。
「ふん!! 助けただとーっ!! もともと、さらって行ったのも人間じゃねえか!! かってにさらっておいて、はい返します。ありがとう!! ってなると思うのかーー!! ふ、ふざけるなーー!! ぶっ殺してやる!!」
――はっ!! た、たしかに!!
オーク達のリーダーでしょうか、1番体の大きなオークが激怒しています。
「おやめ下さい!! おばば様!! おばばさまぁーー!! いらっしゃるのでしょ!!」
もう一人の髪の長いオークのお姉さんが言いました。
「なんじゃ、なんじゃ。もうわしを呼ぶのかえ。これからがええ所なのにのう。馬鹿な人間共を、ギッタンギッタンに痛めつけてこらしめようという所じゃぞ」
屈強なオークの戦士の後ろから、白髪で杖をつく老婆がヨロヨロと出て来ました。
「ええ所じゃありません!! 皆殺しにされますよ!!」
髪の短いオークのお姉さんが言いました。
「なんじゃと!!」
「なにぃぃーーっ!!」
おばば様とリーダーが同時に言いました。
「おもしれじゃねえか!! そこまで言うのならやってもらおうじゃねえか!!」
オークのリーダーが、血走った目で僕をにらみ付け、語気を強めて言いました。
――えーーっ!! ぼ、僕が言ったわけではないですよー!
オークの戦士達の武器を持つ手に力が込められます。
腕の筋肉が隆起し血管が浮き出します。
「はわわわ」
髪の短いオークのお姉さんが、火に油を注いでしまって慌てています。
もはや、たたかいは避けられないようですね。
「ぶうわあふぁあはっはっはっ!!!! ぐうわあぁあはっはっ!!!!」
大きな笑い声がしました。
勇者エイゼン様です。
でも、足はまだガクガク震えています。
「なんだー!! てめーは!!」
「ふふふ、俺様かー! 俺様は勇者エイゼン様だ!! 正義の勇者エイゼン様なんだよ!!」
「えーーっ!!」
道をふさぐ屈強なオークの戦士達と、おばば様が驚きの声を上げました。
茂みに潜むオーク達がザワザワしています。
「ほ、本物なのかえ??」
おばば様が、助けたオークのお姉さんの方を見ました。
オークのお姉さんは、僕の方をチラッと見て素早く片目を閉じました。
「ほ、本物にございます。正真正銘の正義の勇者エイゼン様にございます!!」
髪の長いオークのお姉さんが言いました。
「みなのものーー!! 正義の勇者エイゼン様の御前であーーる!! ずがたかーーい!! ひかえおろーー!!!!」
そして、髪の短いオークのお姉さんが言いました。
「うおおおおおぉぉぉぉーーーーーーー!!!!」
「おおおおおおぉぉぉぉぉーーーー!!!!」
あちらこちらからオークが飛び出してきて、我先に勇者エイゼン様の前で平伏します。
「ゆ、勇者エイゼンさまーー!!」
「エイゼンさまぁーー!!!!」
「勇者さまぁーー!!」
「なっ!?」
勇者エイゼン様が不思議そうに驚きます。
「ふふふ、この村はその昔、勇者エイゼン様に助けてもらっているのですよ。近くの森でおぞましいモンスターが暴れ回っていたのです。村人総出で戦ったのですが被害者が出るばかりで、歯が立ちませんでした。そのモンスターが、突然いなくなりました。あとで、エイゼン様が修行で来ていたことがわかりました。間接的ですが助けてもらったのです」
短い髪のオークのお姉さんが言いました。
「そうじゃ。その時から、この村では勇者エイゼン様を尊敬して崇拝しておったのじゃ。あやうく、大恩あるお方に失礼をするところじゃった。オークは人間のように恩知らずではない。あぶないところじゃったわ」
「ぶうぅっ、わああぁぁぁはっはっはっ!! あの時か!! そうだったな、おぞましいモンスターだった! ぶうわあああぁぁぁーーーーはっはっはっ!!!!」
勇者エイゼン様は役者ですね。
さすがです。
「し、しかし、この村は貧しくて恩返しをするほどの宝がなくてのう。どうしたもんかのう」
「ふううぅぅ、わああぁぁぁはっはっはっ!!!! ばか者、おばば!! 俺様がそのような見返りの為に人助けをしていると思うのか! 見くびるでない! なにもいらぬわ!! おう!! 皆の者、仕事は終わった。次はエルフの村だ! いくぞ!!」
さすがは勇者エイゼン様です。
ちょっと見直しました。
いいえ、かっこいいです。
僕達と勇者エイゼン様は歩きだしました。
「あっ! しまった! ひひひ、あれをもらうのをわすれた!? ひひひ!!」
勇者エイゼン様がひわいな笑い声を出すと、足を止めて振り返りました。
おばば様が、幻滅した顔をします。
僕も同じ気持ちです。
なにか、えっちな事を言い出しそうです。
「オークの姉ちゃん、あれだ! あれをよこせ!!」
勇者エイゼン様が、手の平を上にあげてクイクイ曲げます。
2人のオークのお姉さんは悲しそうな顔になり、服を脱ごうとしました。
「違う! 違う! そーじゃねえ!! そんな悲しそうな顔じゃねえ!! 俺様が欲しいのは、姉ちゃん達の笑顔だ。笑顔がほしいんだ!! 最後にとびっきりの笑顔を見せてくれねえか」
「――っ?!!」
2人のオークのお姉さんが、ハッとした顔になりました。
そして、涙をながしながら勇者エイゼン様に駆け寄り抱きつきました。
「お、おいおい。俺様みてえな、汚えおっさんに抱きついたら、せっかくの美人がけがれちまうぜ!! 笑顔だけでいいんだ!! 笑顔だけでよう!」
勇者エイゼン様は恥ずかしそうに鼻の頭をかいています。
オークのお姉さんは、とびっきりの笑顔で順番に、1人ずつ僕達全員に抱きついてくれました。
「勇者エイゼンさまぁーー!! ありがとーーう!! みなさーーん!! ありがとーーう!!」
勇者エイゼン様が、今度は振り返らずに歩きだしました。




