第二百二話 母の戦い
「おい、もっとつまねえか。そんなことではいつまでたっても終わらねえぞ!!」
衛兵の隊長さんは、領主代行のコウさんに言われて、領都のまわりで息絶えた人達の遺体の埋葬をしている僕の手伝いです。
僕は炊き出しをユウキ達に任せて、メイヤとシラタキ様と遺体の埋葬をしています。
「しかし、くせーなー!!」
衛兵達が鼻をつまんで言います。
そして、荷車に遺体を放り投げて山積みです。
「あの、皆さん!!」
僕はそんな衛兵さん達に声を掛けました。
「は、はひーっ!!」
僕は少し恐い顔をしていたのかもしれません。
衛兵さん達が少し悲鳴まじりの返事です。
「この遺体を僕は英霊だと思っています。だからゴミを扱うようにはしないでください。荷車に積むのはいいでしょう。でも、せめて重ねないでください。山積みはだめです。めんどうくさがらないでください。あきらかに親子だとわかれば一緒に埋葬しましょう。時間をかけましょう。この人達は時間をかけてここに来たのですから」
「あの、マモリ様、この者達は民衆です。貴族でも王族でも兵士でもありません」
衛兵の隊長が驚いた顔をして言いました。
民衆の、いいえきっと隊長さんは言葉を選んだのですね。
本当は下級国民、いいえ下賤の者と言いたいのでしょう。
下級国民の遺体などはゴミだと言いたいのでしょう。
僕は子供を抱きしめて亡くなっている、干からびた遺体を抱きしめます。
そして、やせて骨と皮だけになったお母さんの遺体の頬に、僕の頬を当てました
その後、2人の遺体を持ち上げます。
「日本では靖国神社と言って、兵士を英霊として祀る神社という場所があります。でも民衆の神霊を祀る神社はありません。苦しい思いをして子供を育て、その途中で焼かれて死んだ人、大勢の餓死した人の神霊を祀る場所はないのです。僕はせめて魔人の国は、この国の為尽くしながら死んで行った人達を英霊として祀って欲しいのです」
「えっ!?」
隊長さんはまだ理解出来ないようです。
しかたがないですねえ。
長くなりますけど説明しますか。
「皆さん想像してください。――ここは、平和な魔王国の小さな村です。毎日、貧乏でしたが家族が幸せに暮らしていました。笑顔の毎日です。子供の笑い声が聞こえます。でも、魔人国は王国に攻め込まれました。戦況は悪くなるばかりです。村の近くまで王国兵が来ます。村を守るため夫は武器を持ち王国軍と戦う兵士にされました。このお母さんは、小さな子供と二人きりで、不安な毎日をすごします。夫をとられたお母さんの苦労を想像してください」
「だ、だが、兵士になれば給料が出る。金銭的には恵まれているはずだ」
衛兵の1人が言いました。
他の衛兵がうなずきます。
「本当ですか。村から集めた最下層の雑兵に充分に給金が払われますか?」
「うっ!」
発言した兵士が黙りました。
上級国民の兵士の給料は支払われるのでしょう。
でも戦況が悪くなり財政破綻した国では、当たり前のように雑兵にまでは支払われません。
村からの兵なら食料まで自分持ちのはずです。
「財政が破綻している魔王国にそんな余裕はないはずです。村の男達は、お金の為に戦うのではありません。村にいる妻のため、かわいい子供のために戦うのです。そして村に残った女達は、生きるために、子供を守るために、ご飯を食べさせるという戦いが始まります。しばらくすると、お金を沢山もらっている正規兵が逃げて来ます。『お前達、逃げるんだ。前線は崩壊した。我らは領都まで撤退する』村の男達を見捨てて逃げて来た正規兵が言いました。『あの、夫は、村の男達はどうしたのでしょうか?』この人は聞いたはずです」
僕は胸に抱いている女性の遺体に視線を向けました。
「『ふん、村の男達だと、弱くて働きの悪い兵士のことまで俺がわかるかーー!!』そう偉そうに言うと、必死で領都の方へ逃げていきます。でも、実際は村の男達の方が勇敢で敵兵を沢山殺していますよね」
僕は衛兵達の顔を見ました。
衛兵達は、この頃になると手を止めて次々集って来ます。
「……」
衛兵達は、無言でうなずきました。
きっと自分達にも経験があるのでしょう。
「村の女達は大変です。食べ物と簡単な調理道具、お金とすぐにお金に換えられる物を持って、住み慣れた家を出ます。小さな子供を連れて。――食料は段々心細くなります。そんな時、避難民を狙う専門の盗賊が現れます。『命まではとらねえ、助けてやる。だから荷物は置いていけ!』と、いつものセリフです。『ひひひ、たんまり持っているじゃねえか。子供を少し離れた所へ連れて行け』盗賊達は下品な笑いをします。女性はあきらめて心で泣きながら笑顔を作ります。『少し向こうでこれを食べていて、お母さんは少しこの人達と大事な話があります』そう言って、子供を連れ出します。お母さんは最後の食料を、盗賊から少しだけ取りかえして子供に渡します。もう、これが本当に最後の食料です。『きゃはは、俺が一番だーー!!』クジでも引いたのでしょうか声がします。お母さんは泣きながら大勢の山賊の相手をさせられました。でも、命だけは守ったのです」
「くっ!!」
衛兵達から声がもれました。
怒りの声でしょうか?
「山賊達が消えると、お母さんは途方に暮れます。でも、領都に行けば領主様が助けてくれる。そのために払いたくもない税金を苦しい家計の中から一生懸命払ったのですから。ぐずる子供の手を取り、歩きだしました。途中で村を見つけました。一軒一軒扉を叩きます。『後生です。この子にだけでも食料を』でも、誰も助けてはくれません。それは、そうです。こんな避難民が大勢いるからです。『後生です、この子にだけは何か食べ物を』『おおいいぜ! はいんな!』そんな時は、必ず男です。子供が食事をしている間に体を要求されます。お母さんは子供のため我慢をするのです。ふたたび領都を目指すと又山賊です。『もう何も渡す物はありません』お母さんはひざまずいて助けを求めます。『ひひひ、あるじゃねえか』山賊は全員で下品な笑いです。とても楽しそうに笑います。『だれかー! この地獄から助けてくださーい! たすけて……』お母さんは心で叫んだはずです。でも、このお母さんの元にはあらわれなかったのでしょうね」
「……」
衛兵達は黙ったまま、僕の顔を見ます。
当然、僕がいれば助けますよ。
僕はそのために強くなったのです。
でも、このお母さんは助けられませんでした。
「お母さんはそれでもくじけずに子供と領都を目指します。この頃になると子供は歩くことも出来なくなります。もう何日も水しか飲んでいません。それでもやっと領都が見えました。領都には明かりがつき、楽しそうな音楽が聞こえます。でも、門はあけてもらえませんでした。もう子供の命はつきかけています。そして、お母さんの命も。お母さんはもうわかっていました。だって領都のまわりは死体だらけですから。お母さんは生きている人を探しました。そこには2人の子供の遺体を大切そうに抱えるお母さんの姿がみえました。くちびるはカサカサ、髪はボサボサで表情はうつろです。でも、2人の子供に視線を落とすと笑顔になりました。お母さんはその人の横にすわります。『かわいい、お子さんですね』『はい!』お母さんはとても良い笑顔で答えてコトンと息絶えました。まるで私の、この言葉を待っていたみたいだわ。お母さんは自分の子供の顔を見ました。『お母さん、ありがとう』子供は笑顔でお母さんにいいました。いいえ、そんなはずはありません。子供はすでに死んでいるからです」
「ずっ……」
衛兵の中から鼻をすする音がします。
「おかあさん、かわいい子供ですね」
僕は胸のお母さんの遺体に話しかけました。
「……」
空耳でしょうか、うれしそうな女性の声が聞こえた気がします。
「き、聞こえた。俺には聞こえた!! お母さんの『はい』という声がー!」
「うおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!!」
多くの衛兵達にも聞こえたみたいです。
「だれだーー!! 遺体を積み重ねたやつはーー!!」
衛兵の隊長さんが叫びます。
隊長さんにも聞こえたのでしょうか。
「一体一体、大切に運ぶんだーー!! けっして粗末に扱うなー!!」
衛兵達から声がします。
「これで、お母さん達の無念がはれるとは思いませんが、大切に扱いましょう」
僕が言うと、メイヤとシラタキ様が遺体を抱きかかえてくれました。
もうくさいと言う人は1人もいなくなりました。




