第二十八章 羅侯羅 2
君の御心に現世の輝きは何一つ届かないようだった。
これも左右に燈を並べた坂路を上り、川上から舟で運ばせたらしい山桜の大枝を活けた陶の壺の並ぶ間へと導かれた後にも、君はいっかな感嘆のお声はあげられず、児戯をながめる長老のような微笑みを浮かべていらせられた。
奈良麻呂どのは躍起になって饗応に努めていたものの、終いにはすっかりと打ちひしがれ、らしからぬ気弱な声音で訊ねかけた。
「八隅知し吾が大君よ、わが饗はお気に召しませぬか?」
「案ずるな。気に入らぬ訳ではない」
「では、なぜお楽しみになりませぬ?」
奈良麻呂どのがかつての若子を思わせる声音で問うと、君はますます憫笑を深めた。
「橘大郎よ、そなたの調えたこの饗応はまことに見事なものだ。しかし、現世の万象はただこの心に映る影にすぎぬ。五識の感じるもろもろは仮初の水泡のように移りやすいもの――執着するには足りぬものだ。みなもよう覚えておけ。執着は法悦を妨げる。まことの生はただ寂滅の果てにのみあるのだ。この教えを世に広めてこそ、一切衆生は救われるであろう――」
君は微かな憫笑を浮かべられたまま説かれた。
御目の先に燈火を並べた前庭があり、火明りに燦めく池の前で、金と碧の蝶の翅型を背負った童男童女が水を踏みながら難波津の歌を唱和していた。
その高く稚い歌声を聞くうちに、私は懐かしい皇子のお声を思い出していた。
「――畏れながら君よ」
下座から呼ばわると、君が訝しげな御目を向けられた。
「そなたは、ああ――大伴の――」
「家持でございます。畏れながら、君は安積皇子を覚えておいでですか?」
その名を口にした途端、君の御顔に動揺が走った。
「家持、何を――」
奈良麻呂どのがかすれた声で呼ばわった。
私はかまわずに続けた。
「わたくしはよく覚えております。皇子は死の床でこの手を握られ、すまぬと詫びられました。一族の再興を叶えてやれなくてすまぬと」
口にするなり右手に汗ばむ御手の熱さが蘇った。私は拳を握りしめ、唇の両端が戦慄くのを堪えて問い重ねた。
「わが皇子は十七で亡くなられました。君がこの難波で仏を拝していらせられるあいだに。この皇子の生さえも、君は仮初の水泡であったと、生きようが死のうが取るに足りない些事であったと、そのように思召すのですか?」
気が付けば私は泣いていた。
君は呆然とお目を開かれていたが、じきに心許なげな御声で訊ねられた。
「そなたは――よもや、あれのために歌を集めていた者か?」
「いかにも」
「そうか。そなたがか――」
君の御声にしみじみとした懐かしみのようなものが滲んだ。
「畏れながら君よ、歌を集めていた者は他にも多くあります」
「そうなのか?」
「ええ」と、私は頷き、静まり返ったままこちらを注視している列席者たちを見やった。「ほぼ皆この席に」
告げるなり列席者たちが喜びの声を漏らすのが分かった。
君はひどく驚かれた様子で一同を見渡された。
「この者たちが皆? 諸兄の話しておった『歌林』のような歌の集を、あれのために編もうとしていたのか?」
「いかにも」と、奈良麻呂どのが応えた。
「題は定まっていたのか?」
「万代の集と」
「よろずよか。――唐風に読むと……万代集か!」
君が不服そうに仰せられた。
私はむっとした。
「お気に召しませぬか?」
「音の響きが悪い」
君は即答なされた。
「では何とお付けになります?」
「ううむ――」
君は真剣に考えこまれたが、じきに破顔なされた。
「ヨをハとしたらどうだ?」
「ハ? 万波の集でございますか?」
「違うわ。もみじ葉のハよ。万代に伝うべき万の歌の葉よ――誰ぞ筆を持て!」
君がもどかしげに命じられるなり、奈良麻呂どのがすぐさま刀筆を運ばせてきた。
君は象牙の筆をとられ、蝉の翅のように薄くそがれた檜の木札に『万葉集』の三字を書きつけられた。
「どうだ。よい題であろう?」
「まことにすばらしい題字でございます!」と、いつものように成り行きを注視していた八束どのが真っ先に讃嘆すると、そこからもここからも賛辞の声があがった。
君は嬉しげにお笑いになられ、手ずから書かれた木簡を私に賜られた。
「ではわが歌びとよ、この『万葉集』、編んだら朕に献じよ」
「君よ、お言葉のままに」
私は限りない歓びとともに答えた。
思いがけず君から題字を賜った私は、月の半ばには京へと戻って歌集のまとめ直しにかかった。
月の末には八束どのが不運な同母弟の清河大夫が唐へと発つ折に藤原の一族が春日の社に集って贈った餞別の歌を書き留めた木簡の束を届けにきた。藤原の大后の肝煎りで造東大寺司を務める市原王も祝いに来たし、田辺福麻呂も祝いにと造酒司で醸されたばかりの酒の甕を車で運び入れ、良い歌があったら取ってくれよと『田辺福麻呂歌集』と題された巻子を託していった。
京の私の邸へと歌を届けに来る者は引きもきらなかった。
私はできるだけあらゆる歌をまんべんなく記そうと思った。
君があれほどお心を向けられた一切衆生の悲喜を、歌の巻のなかにそっくり書き留めたかったのだ。
そうするうちに春が過ぎ、砌の際に妻が植えさせている百合の蕾の先が赤らみ始める頃、君が難波でまた病を得られて京へお戻りになられた。
君は昔から暑さが増すとよく臥せられたため、この折の還御を私はさして案じていなかった。五月までに歌集のはじめの数巻をまとめ切り、五日の節会で献上すべく、昼夜なく文机に向かっていた。
だが、この献上も夢に終わった。
節会に三日足りない五月二日の未明に、君の崩御を報せる鉦音が鳴り響いたのだ。




