第二十四章 珠の輿 1
明けた天平勝宝元年は忘れがたい年となった。
まず、二月の初めに大僧正の行基が死に、同じ月の下旬に陸奥から初めて黄金が貢がれた。言葉通り国中の銅を費やして鋳造を終えた盧遮那仏に鍍金するための鉱を得たことに君は随喜なさり、四月の朔に藤原の大后と日嗣の姫御子を伴って東大寺へ行幸し、築きかけの仏像を北に仰いで礼拝されたのだという。
君がそのとき諸々の氏へと宣られた長い言祝ぎを、五月に越へと下ってきた東大寺の占墾地使が紙に写して伝えてきた。
「御言は仰せられた。汝ら大伴と佐伯の宿禰は御門の護りに身命を顧みず、海行かば水漬く屍、山行かば草むす屍、大君の辺にこそ死ねめのどには死なじと神祖から言い伝えると聞く。今の代においても内の兵と思う故、祖にたがわぬ清き心をもって仕えるようにと」
蝉の声の聞こえる明るい板の間で僧は檀紙を掲げて粛々と読み上げた。
私の位階はこのときひとつ上がって従五位上になった。
橘の大臣は正一位を授けられ、南家の豊成公が右大臣に任じられた。
藤橘の争いは拮抗していた――この時点ではまだ橘が勝っているように思われた。
だが、それは浅慮に過ぎなかった。
橘の大臣に位人臣を極めさせた翌月、君はこれでみな務めを果たしたとばかりに薬師寺に遷御され、行基法師のすでにない寺を御座所となされた。そして、秋の初めに日嗣の姫御子に御位を禅られたのだった。
新たな女帝が最も頼みとされた臣は南家の仲麻呂卿だった。
すでに正三位大納言に任じられていた仲麻呂卿は、女帝の即位の翌月に、大后の皇后宮職を改めた紫微中台なる唐風の名の役所――令外の官であるこの役所の権限がどれほどのものなのかは池主にも誰にも判らなかった――の長官である紫微令に任じられ、例の京の騎舎人たる四百の騎兵を束ねる中衛大将も兼ねることになった。
ここに藤原は完全に返り咲いた。
知己たちが折に触れて文で報せてくる京の様はなかなか不穏そうだったが、越にいた私は本当の意味ではその不穏さを判っていなかった。
京が変わったことをつくづくと思い知ったのは、君の譲位から二年後、天平勝宝三年の秋に、少納言に任じられて帰京して後のことだ。
六年に渡る越での務めを終えた私は意気揚々たる心地だった。
少納言という職は先々太政官へ上ってゆくための良い足掛かりのように思われたし、墾田こそ拓かなかったものの、国司務めの常として財は順調に増えたため、車を連ねて淡海の北岸まで運ばせ、そこからは水路で恭仁の木津まで運ぶよう、国府に出入りの貿易人に託して手筈を調えていた。
八月の初め、大帳使を兼ねていよいよ国府を発つときには、介を頭にした下僚たちが揃って見送りに並んだ。帰路の途上、射水郡の大領が、郡衙の門前の林のなかに酒宴の支度を調えて待ち受けていた。
「守には美し大和に戻られるのだな。守の庄の稲穂が地に着くまでも実ることを、われらの二上山に祈るぞ」
「越の君には世話になったな。越の稲田の豊かな実りを、私も大和の耳成山に祈ろう」
六年のあいだに、私はすっかり越の訛りが分かるようになっていた。あの国は美しい国だった。
五日後に越前の国府に至って池主の館を訪れると、先に正税帳を届けに京へ上がっていた越中の掾の久米広縄がちょうど帰って来るところだった。
「おお、なんと我が掾ではないか! このようなところで行きかうとは思いもしなかったぞ。そなたの帰りを待ってから発とうかと射水で待ち受けていたのに」
「憚りながら氏上大人よ、久米の朝臣はもはやあなたさまの掾ではございませんぞ? 官物の横領は五刑に値しよう」
池主がわざとらしい渋面を拵えて咎めると、久米広縄は声を立てて笑ったが、不意に表情を曇らせ、杯をおいて深いため息をついた。
「どうしたのだ?」
思わず訊ねると、広縄は慌てて表情を取り繕った。「いえ、この頃京は色々と息苦しいもので、そのような気軽な戯言を耳にすると、旱天の慈雨に会ったような心地がしたのです」
「戯言が慈雨かよ」私は呆れて応じた。「京は一体どうなっているのだ? ――ま、まさか酒宴が本当に禁じられたのではあるまいな?」
「や、酒宴は禁じられてはおりませぬが」と、広縄が苦笑した。「藤原南家が再び力を取り戻した今、身内からでも宮を謗ったと密告されれば五刑を免れません。皆がそう怯えているのです」
「南家の力はそれほどのものなのか?」
「南家というより藤仲郎の――仲麻呂卿の力です。卿は二条四坊に新たな邸を築かせ、そこを田村の宮と呼ばせているのです」
「宮?」
私は怒りを感じた。
「王の一族でもないのに、なぜ邸を宮と称する? それこそ五刑に値するのではないか?」
「――大人よ、そこまでになされ」と、池主がこわばった声で制止し、廊と庭先に素早く視線を走らせた。
「憚りながら、京へお戻りになられたら、御言葉には重々お気をつけくだされ。どうか、どうか短慮をなさらず、時流が移るのをお待ちくださいませ」
池主はそう言って私の手を握ってきた。ごつごつとした熱い手だった。傍で見ていた広縄も、同じほど熱心な口調で、「お気をつけなされ」と、言い添えてきた。




