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永遠の春  作者: 真魚
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第十九章 地震 2

 火事と地震で住む屋を失くしたのだろう人の群れは陽が落ちても途切れずに列を為していた。

 寧楽の京には人が戻った――戻りすぎるほどにも戻った。

 翌日に主君の御輿が進んできた。


 地震はそれから五日ばかり鎮まっていたものの、月の半ばを過ぎる頃からまたしばしば起こるようになった。



 朱雀大路には弊衣の避難者が群れ返り、路傍の柳を斬り落として炊ぎの薪に使った。

国守として因幡へ赴いている稲公の妻子は前年から夫の任国へ下っていたが、京の邸を護るようにと残されていた家人たちが、暴徒に門を破られて倉の物を奪われてしまったと嘆きながら佐保へと逃れてきた。 

 前の年から掾として越中に赴任している池主の家の者たちも、家財を積んだ車を引いて逃れこんだ。

 佐保の穀倉の蓄えは眼に見えて乏しくなった。

 饗する粥の薄いことを詫びると、他族の生まれの池主の妻が畏まり切って頭を低めてきた。

「地震が鎮まれば夫の国へ下る故、それまでは御慈悲に預かる」

「慈悲などと口になさるな。そなたの夫は我が氏の子、そなたも娘と同じことだ。親が子に食を与えるのは慈悲と呼ばぬよ」

 できるかぎり大らかそうに告げると妻女はますます畏まった。


 そんな具合に逃れてくる者たちは日を経る毎に増えた。


 夏の末、奥の間の書房で巻子を並べ直していたとき、同母弟が沈鬱な面持ちで入ってきた。

「兄上、如何したものかの。じきに倉の穀が尽きる。これ以上粥を薄くされては弓もまともに引けぬと家人らが息巻いておる」

「葛の根はどうだ?」

「垣の内に生えているものは女らがみな掘り起こした。外の山は洛中の貧者のものよ。名負いの氏の家の者が手を出すわけにはいかぬ」

「いざとなったら種籾を使え。来年の種は国の倉から借り受けるしかあるまい」

公出挙(くすいこ)か。他に手はないだろうか」

「銭はあるのか?」

「銭だけはある。床下に壺なぞ埋めて貯めていた物をみなよく持ってきている。だが、贖える品が無いのだ」

「あるとすれば宮の内か」

「いや、宮にも無かろう」

「何故そう思う?」

「衛士どもが瘦せこけている」

 そう云って深い溜息をつく書持の頬もこけていた。

 (へや)を出ると何処かから童子の泣き声が聞こえてきた。


 この夏の京の有様はまさに地獄絵だった。

 地震の上に旱も重なり水の細った佐保川の河原に、焼け焦げた枝のような手足を折り曲げ、蛙のように膨れた腹を晒した餓死者の骸が散らばり、青光りのする烏どもが屍肉を啄んでいた。瓜一つのために人が殺されかねない有様だったため、女らを市には出せず、帯刀の家人を伴った私や書持がじかに赴いて品を捜した。



 六月の半ば、東の市で塩と稗とを手に入れて邸へと戻る途中で、朱雀門の左右に朱塗りの大盾が立てられているのが見えた。恭仁の地が京に定められた年の正月、南門の左右に同じ盾があったことを私は思い出した。


「寧楽がまた京となったようだな」

 じりじりと照りつける夏の陽に微かな眩暈を感じながら呟くと、韓人が荷車の轅を引きながら呆れたように応じた。「寧楽はもともと京であろう?」


 

 遷都の徴の大盾が立てられた後にも地震は止まなかった。

 冬にはどれだけの死者が出ようかと危ぶまれていた八月の初め、米穀や塩を満載した川舟の群れが佐保川を遡ってきた。

 羅城門の外の濠で荷を下ろし、車に積んで宮へと引いていきながら、水夫から転じた丁が声を揃えて唄っていた。



  橘の とをの橘 八つ代にも

  吾は忘れじ この橘を



 貧者に溢れた朱雀大路の真中を進む調の列はいつ果てるとも知れなかった。

あれは難波で太上天皇がお作りになった歌だ、橘の大臣が難波から財舟を送ってきたのだと京人が囁き合った。

 翌日からもしばしば舟が着き、銭を払えば米も塩も容易く贖えるようになった。久方ぶりに口にする匙が立つほど濃い粥は甘かった。

 宮の内でも同じほど甘い粥が饗されただろう。


 同じ月の末、君は従三位中納言の巨勢奈弖麻呂卿と南家の豊成卿を留守官として難波へ行幸なされた。

翌月には奈良麻呂君が摂津大夫に任じられたという話が聞こえてきた


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