第十四章 呪詛 1
日頃から留守官として寧楽を預かる藤原南家の豊成大夫が、氏寺たる山階寺で法会を催すという噂は月が明ける頃には老いた家人の鮪麻呂さえ知るところとなっていた。
その会が四日後に迫った十月十二日の日暮れ近く、叔母に仕える顔なじみの家人が坂上から馬を飛ばしてきた。
「大人よ、すぐさま佐保へお戻りあれ! 京の騎舎人が門前に屯し、家中を検めさせよと喚きたてている!」
「騎舎人とは何だ? 五衛府の何処に属する」
「分からぬが、馬に乗って剣を帯びた舎人だ! 京の者がみなそう呼んおる!」
家人の口にする京とは今もって寧楽の京であるようだった。
私は筆をとり、あたうる限りの族人を集めて佐保へと赴かせるようにとしたためた文を古麻呂へ届けさせてから、帯刀の従者を一騎だけ伴って先に佐保へと向かった。
駒を駆り立てて尾根を越え、奈良坂を真直ぐに下れば邸はすぐ西だ。
薄暮に沈む外の門の前に松明が疎らに散らばっていた。
「……――京の騎舎人とやら! 我が門に何用だ!」
馬上で剣を抜き放ちながら呼ばわると、火明りの一つが此方に近づいてきた。
坂路が平坦になるのに合わせて蹄の歩みを緩め、火が近くなりすぎる前に止めると、相手方も歩みを止めるのが判った。
「佐保の氏上大人か? 山背から馳せて来られたのか?」
「我が門を騒がせる狼藉者があると聞いてな。そなたら何者か? 大伴の氏上の邸と承知ならば、何用あって無礼な開門を求める?」
「私は中衛将曹を拝命する坂上角継と申します。参議兵部卿大将の命により叛徒を追っているのです」
「参議兵部卿大将とは南家の豊成大夫か?」
「然様」
中衛将曹を名乗った武人は薄暮に溶け込むような青灰色の駒に騎乗し、目庇付きの冑を被って黒い革の短甲を着けていた。
後ろに居並ぶ徒歩の兵士もみな同じ身形だ。
どうやら騎舎人というのは中衛舎人を呼ぶこの頃の俗称らしい。
それが南家の豊成大夫の――藤原の氏上の命令で動いているのだ。
そう思うなり寒気を感じた。
同時に思い出されたのは、幼い頃に聞いた坂上の叔母の言葉だった。
――そなたもいずれ氏を率いる男であれば覚えておくのもよかろう……
――彼奴等は藤原四家の狗だ……
なるほどこれが宮にはびこる藤蔓の底力か――と、私は場違いな感銘を受けた。
君のお傍で仲麻呂大夫が橘の大臣と張り合っているから、どうしてもそちらにばかり目が行ってしまっていたが、藤原の氏上はやはりあくまでも豊成大夫なのだ。私たちが山背で政めかした宴に明け暮れているあいだに、南家は着々と本物の権力を蓄えていたのだ。
――そうだ、これこそが権力だ、と私は奮い立った。宴での席での一挙一動や、誰を招いた、誰を招かぬといった噂話など、この本物の力――弓と刀と馬による兵士の力の前には風の前の燈火のようなものだ。
私はこの土俵でなら戦える。
私たち一族は今もって益荒男の伴なのだから。
そう思うと心が弾んだ。




