第十二章 手習い歌 2
新年の宴の二日後、また福麻呂が山荘を訪れた。私は福麻呂と連れ立って、橘の大臣の井出の別邸へと向かった。
朝から雪雲の垂れこめる日で、木津の西から屋舟に乗って泉川を下るうちに大きな白い雪片が舞い落ち始めた。
昼前に井手の川津に着くと、水辺に築かれた平らな石段にも、前に並んで停泊する筵帆の舟の縁にも、築地を背にして建ち並ぶ高床の倉の屋根にも白雪が積もっていた。舟を降りて段を上ると右手に溜池が見えた。三方を尺で引いたように真直ぐな堤に囲まれた水の面に、これも真白な雪を被った丸太が浮かんでいた。
「みな淡海からの木か?」
「この頃は飛騨からの木もある。恭仁の京が広がるならば材木は幾らも求められようからな」
築地に囲まれた井手の邸は広大だった。
帯刀の資人が篝火を焚いて暖をとる内の門をくぐり、庇から細い氷柱の垂れる長屋のあいだを抜けて主屋へ導かれると、上がり端の廊で奈良麻呂どのが待ち受けていた。
前の年の秋に大学頭に任じられたばかりの橘の若子は、位階に応じた緋の袍は纏わず、緑に金を織り交ぜた衣に高麗錦の帯を結んで、円に四角い孔を穿った翡翠の飾りを貫いていた。
「久しいな氏上大人よ! 娘御は息災か?」
「特に病んではおらぬよ。何故娘のことなど?」
「知らぬのか? この頃宮で噂されているのだ。そなたは姿が良いからな、佐保の小郎女は父に似て雅な手弱女に育とうと。南家の大夫の息子までが執心しているらしいぞ」
「――年頃を間違えているのではないか? あれはまだ五つだ」
「では夫問いは十年先だな。蕾が綻びきるまで垣の内にしっかと護っておかれよ。佐保の大伴の郎女といえば坂上の御方の先例があるからな」
奈良麻呂どのは声を立てて笑い、無位の童子の頃と変わらぬ気安さで私の肩を抱いて奥へと導いていった。
坂上の叔母はどのような女人だと噂されているのか――と、私は訊ねかけて止めた。
庭に面する廊を進んで奥の間に入ると、白い袷の衣に鹿皮の肩掛けを重ねた諸兄公が薄縁の上に胡座していた。
「おお来たか大伴の若子よ。先だっては良い歌を拵えてくれた。桂川の鮎の鮨が手に入った故、礼がてら振舞おうと思ってな」
「忝い仰せを。大臣には相久しゅう」
「宮の内ではないのだからそう畏まるな。福麻呂、おぬしも相伴せい」
大臣が掌を打ち合わせると、高く結い上げた髻の根元に白い紗の造花を飾り、白い上衣に鮮やかな紅の裳を重ねた女嬬たちが黒漆の膳を運んできた。
「さてでは一献」
「頂戴致す」
大臣手ずから注がれた酒を干すと女嬬がすかさず注ぎ足した。それも干すのを待ってから、大臣がおもむろに訊ねてきた。
「のう若子よ、安積皇子はどのような人柄か?」
「安積皇子?」
「この頃近しく侍っているのであろう? 詩歌を好むのか?」
「十五の皇子のこと故、詩歌よりは弓馬をお好みかと」
「十五ならばさもあろうが、詩歌も好むのではないか? そなたがしばしば歌を捧げていると聞いたぞ」
「人麻呂の挽歌をお好みゆえ。壬申の折の高市皇子の武勲を詠ったものを召される毎に唄っております」
「武勲が。どうも当てが外れたな」
「――憚りながら、大臣は何をお謀りなので?」
眉を顰めて訊ねると大臣は声を立てて笑った。「そなたは全く政に向かぬな! 謀りごとをする輩に何を謀るかと訊ねてどうする。いやはや言葉を飾る気も失せた。あけすけに頼むぞ。皇子のために歌を集めて欲しい」
「歌?」
「然様」大臣が頷いて盃の酒を舐めた。「福麻呂から聞いてな。そなた、山上の朝臣から『歌林』を譲られたのであろう?」
「形見に頂きました」
「形見か」大臣は満足げに頷いた。「若子らは知らぬだろうが、あれは養老の初めの頃、まだ首皇子と仰せられた今の大君の御為にと編まれたものなのだ。我が亡き同母弟も朝臣と並んで皇子の侍講に選ばれてな、山上憶良は今の代きっての才人よと朝な夕なに聞かされたものだ」
大臣は懐かしげに眼を細めて酒を干し、長く深い溜息をついた。「私はあの頃馬寮の監でのう。雪の白髪となってから紫衣を頂くことになろうとは夢にも思わなんだ!」
肩を窄めて脇息に寄り掛かる大臣の姿は思いがけないほど老いて見えた。
何と応じたものかと躊躇っていると、下座から奈良麻呂君が焦れた声をあげた。
「父よ、昔語りはたいがいになされ。老いの繰り言に付き合わせるために家持を呼びたてたのか?」
「黙れこの虚けが。歌のひとつもよう詠まずに大学頭になぞ任じられおって。―-ああ、大伴の若子よ、大君は元来歌をお好みなのだ。だが、今は件の河原の菩薩とやらに誑かされて寺を拵えることばかり考えている。恭仁に京を遷してからまだ三年にもならぬのに、淡海への道を開いて新たな宮を築き、寧楽の大寺に負けぬ寺を築かせると仰せなのだ」
「大臣、宮内の秘事を地下の内舎人に語ってよろしいのか?」
「もはや秘事でもあるまい。すでに定まっている」大臣がちっと舌を鳴らし、喉を反らして嘲るように嗤った。「名負いの氏の上が己を地下とはな! 二度とそのような物言いは為すな。そなたがおのが名を卑しむのは氏の名を卑しむことぞ?」
「お言葉心致す」
「うむ」
大臣は笑みを浮かべて頷き、またひとつ溜息をついた。「そなたの父御は真に誇らかな益荒男の長であった。私も王族の端くれとして大君の仏狂いを諫めたく思うのだが、何と申し上げてもいっかな御心に届かぬ。大君が耳を傾けるのは佞臣の声ばかりなのだ」
大臣がそこで言葉を切り、背をかがめて私と奈良麻呂どのの顔を交互に眺めまわした。「よいか二人とも、今より口にすることは他言ならぬぞ? 私はふたたび宮に藤蔓の蔓延るのを見とうない。健やかな皇子を差し置いて姫御子が日嗣に立っているのも見過ごせぬ」
「――では安積皇子を?」
声を潜めて訊ねると大臣は顎だけで頷き、空の盃をそっと膳に戻した。
「八隅知し吾が大君は断じて傀儡ではないのだ。長く顧みずにこられた皇子が健やかに長じて、歌に秀でた才人がその元に集っていると耳になされば、必ずや御傍近くに召して御目をかけられるだろう。そのための歌集めだ」
そこまで語り終えたところで大臣は肩の力を抜き、手ずから盃に酒を注いで干してからまた掌を打ち合わせた。
膳に代わって運ばれてきたのは金箔を散らした紫の紙片で括った厚手の紙の束だった。三つの山に積まれた紙を、大臣はすべて私の前に置かせた。
「壇の紙だ。三十帖ある。大伴の若子よ、そなたが古今の秀歌を集めてここに記せ。歌をよくする交遊があれば橘の名を出して誘ってくれてかまわぬ――誰ぞ思いつく者があるか?」
「市原王は琴と歌に秀でており申す。高安王の子の大原今城も。あとは同族の幾人かと――北家の八束大夫も、誘えば是非にと参じるのではないかと」
「八束か」
「藤原の大夫は好ましくないか?」
「なに、八束ならばかまわぬ。あれは藤原としてはずいぶんな変わり種だ。市原王というのは――ああ、安貴王の子であったな。能筆を詠われているのは聞いたが、このごろは皇后宮の写経所に出仕していると聞いたぞ?」
「大后の催す維摩会で琴を弾いた折に誘われたとか」
「では此方に誘えば靡くやもしれぬな。高安王の子があれば養老の頃に風流侍従ともてはやされた桜井王とも繋ぎがつけられよう。奈良麻呂、おぬしは大学助の背名行文を宴に招いてやれ。福麻呂も力を尽くせよ」
「及ばずながら尽力致す」
福麻呂が頭を床に擦り付け、顔をあげてからふと思いついたように訊ねた。「内々であれ御主人が皇子の後ろ盾となるならば、人集めには証が要りようなのでは?」
「証か」大臣が眉根を寄せて応じ、顎先に指をあててしばらく考え込んでから、一つ大きく頷いて掌を打ち合わせた。「誰か木札と刀筆を持て!」
木札はすぐさま運ばれてきた。大臣は黒漆塗りの文机を前にて長い背を正すと、馴れた官吏の手つきで札をとってさらさらと何かを書きつけた。
「どうだ。我が筆跡を知る者ならばこれで証になろう?」
大臣が得意げに笑って札を差し出してきた。受け取るとまだ黒々と濡れた墨字で一行の歌が記されていた。
安積山影さえ見ゆる山の井の浅き心を我が思はなくに
「この安積山というのは陸奥に真にあるのだ」大臣が懐かしげに語った。「昔、公事で陸奥へと下った折、国府の者どもの饗応があまりに粗末でな、腹を立てていたら、前の采女と呼ばれる婦女が膝に上って唄ってきたのだ。あれはなかなか鄙には稀な麗女であった」
「すると私には陸奥に異母兄があるのやもしれぬな!」奈良麻呂ぎみが鼻を鳴らし、私の手許の木簡を横合いから覗き込んだ。「裏は手習い歌ではないか!」
奈良麻呂ぎみの笑う通り、札の裏には大臣ではない誰かの筆跡で難波津の歌が記されていた。




