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永遠の春  作者: 真魚
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第十二章 手習い歌 1

官に許された架橋は着々と進み、冬の初めには木津と舟橋のあいだに欄干を具えた堂々たる長橋が仕上がった。同時に行基法師に随って橋架けに携わった七百五十の優婆塞が一斉に得度した。


僧尼令に随えば公に許される僧の得度は年に十名までである。

これは完全に君の独断だった。

河原にふいに現れた僧の群れは――おそらくはかつての浮浪人(うかれ)の群れは、朝夕に鉦を打ち鳴らしながら大路を練り歩き、施しがなされるまで乞食者(ほがい)の歌を唄い続けた。



翌年の正月七日、大和に住まう族人の拝賀を受けるためにひととき佐保へ戻っていた折、造酒司に出仕しがてら橘の家の家人を務める田辺福麻呂が訪ねてきた。


言祝ぎの歌の名手と名高い福麻呂はぽってりと肥えた色白の男で、内の門へと上る石段が余程堪えたのか、風花の舞う陽気だというのに額に汗を浮かべていた。

族人の集う板の間に招きいれると、盃を手にした稲公が親しげな声をあげた。「おや今の世の人麻呂のお出でだ! ひとつ初春の祝いの歌を乞わねばのう」

「大夫にはお久しゅう」

福麻呂が頭を低めた。「暮れに因幡守に任じられたとお聞き申した」

「おおようやっとな」稲公が渋い顔で頷いた。「上国の中では下の下の国だ。実入りはさほど望めぬが、衛門府務めよりはよかろうよ」

「なに、上国であれ下国であれ、国の守となれば財を成すのは容易いこと。お戻りになられたら京に珠の殿を築かれなされ」

「さてどの京にかの」

 稲公が舌打ちをして盃を干すと、守を務める美作から正税帳を届けに戻ってきていた長老の百代が眉を顰めて訊ねた。「田辺の文人よ、またも京が遷るというのは真なのか?」

「さて私には何とも。御主人の馳せ遣いゆえのう」福麻呂が口を濁し、注がれたばかりの盃を干してから私に向き直った。「美酒を頂戴いたして危うく忘れるところであった。御主人から言伝があったのだ。大人に是非にと頼みがあると」

「諸兄公から私に?」

「いかにも」

 いつのまにやら間の内が静まり返っていた。杯を口に当てたまま横目で様子をうかがう一同を後目に福麻呂は重々しく告げた。「御主人は仰せられた。大人に正月の宮の宴で大君を言祝ぐ歌を作って欲しいと」

「……歌?」私は呆気にとられた。「歌などそなたが拵えればよかろうに」

 私の応えに福麻呂も呆気にとられたようだった。唇の端を曲げてしばらく黙りこんでから、とってつけたような声音で続けた。

「御主人がぜひとも佐保の大人にとお望みみなのだ。従一位右大臣の求めで御前で奏する歌を拵えるのだぞ? 歌人としてこの上の誉れはあるまい」


「――歌人であればな!」

古麻呂が刺々しい小声で応じ、堪えかねたように盃を膳に叩きつけた。「分を弁えよ下郎めが! 祖の皇子の名もよう知れぬ五世の王族に使われる家人風情が付け上がりおって! おぬしは大伴の氏上に歌舞を捧げて食を乞う乞食者の真似をせよとか?!」


「古麻呂、そなたこそ分を弁えよ!」

上座から百代が咎めた。「恩義ある葛城王のお使いに何という物言いをする! 前の氏上大人の弔いの折、かの王がどれだけ便宜を図ってくれたかを忘れたのか? 田辺の文人よ、相済まぬ、この虚けは童子の頃から気が短くてな。大君に歌を捧げるのは氏上大人にも大いに誉れとなろう。前の大人も筑紫ではよく歌の会を催されたものじゃ」

 父が帥に任じられた頃に大宰大監を務めていた百代は懐かしげに眼を細め、父や前筑前守の拵えた歌を次々と諳んじてみせた。


思い出話が始まると場はすっかりと和んだ。

古麻呂さえもが目尻に皺をよせ、亡父が筑紫で脚に瘡を拵え、今にも死ぬと云いたてて稲公と古麻呂を官の駅馬で呼び寄せた折のことを語り始めた。

――すでにあの頃から、佐保の邸の宴で交わされるのは昔の話ばかりだった。

福麻呂は安堵の表情を浮かべていつ果てるとも知れない内輪の話に相槌を打っていたが、じきに腰をあげ、簡略な挨拶を残して席を辞した。



見送りのために外へ出ると山風に雪が混じっていた。

風の冷たさを感じたとき、私は初めて自分が息苦しかったことに気づいた。

「清々しいの」

 雪を受けようと掌を広げると、福麻呂が息を吐くような笑いを漏らした。「氏上大人は歌人よ。私と同じくな」

「かもしれぬ」

「そう情けなげな顏をなさるな。益荒男の伴には戯けて聞こえようが、歌人には歌人の生き様があるぞ? 名負いの門がみな朽ちても山柿の歌は残ろう」

 福麻呂は幼子を諭すように語った。

私は腰に佩く剣の重みを久々に思い出した。


初春の祝いの歌には幸い作り置きがあった。

万が一にも君にじかに奏する折があればと拵えていたものだ。

正月の十六日の大安殿の宴で、童男童女の踏歌のあとで呼び集められた六位以下の官人が琴の音に合わせてその歌を詠った。


  新しき 年の始めに かくしこそ

つかえまつらめ 万代までに

  

 小雪のちらつく庭に集った我々が声を張り上げて詠う様を、主君は階の上から眺めていらせられた。お顔はいかにも物憂げであられた。いつぞや河原の浮浪人(うかれ)どもの謡う様をご覧じていらせられた折にお目を潤ませていらしたことを想うと、私は口惜しくてならなかった。


 あの歌とこの歌と、一体何が違うというのだろう?

 君はなぜ我らを目前になさりながら、遥か遠い何処かを恋い慕うようなお目をなさっていらせられるのだろう?

 そのお目をどうしたらこの世に繫ぎ留められるのか私には分からなかった。君の想われたまことの青人草(たみくさ)――君が仏法にてお救いになりたいと願われた一切衆生というものが、どうしても解らないのと同じだ。


 ――私も人を救いたいと思ったことはある。大伴の氏上として、氏に属する者たちは何としても救ってやりたい。それはみな一人ひとり顔と名を備えているのだ。たとえそれぞれを知らないまでも、ああ、これは池主の妻の叔父だとか、こっちは古麻呂のところの家人の兄妹だとか、近かれ遠かれ何某のつながりがあってこそ、救うべき者だと思われるのだ。君の救われようとなさった一切衆生というものには顔も名もない。虚ろな言葉だけだ。




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