第三十四話:求めよ、さらば与えられん
第三十四話
「けっ、カップルなんて滅んじまえ」
本日放課後、わたくし、夢川冬治は吸血鬼由乃とデートの予行練習を行います。
「冬治、今日の放課後忘れないでよ? 絶対だからね?」
朝、学園の下駄箱で別れた時の言葉をまだ覚えている。別れた後、一発下駄箱を蹴ってやろうかとおもったら小指をぶつけてしまった。
「あれれー? 冬治君機嫌悪い?」
「どうかしたんですか?」
間山姉妹が珍しく一緒で俺の所にやってきた。
「別に、何も」
「これはあれだよ、恵理奈」
「何、お姉ちゃん」
「女の子が余所の男と仲良くしているのを見たに違いないね」
「ちげーよっ」
そんなんじゃないんだよなぁ。世界平和のために隕石にぶつかってくれ……でも本番は別の操縦うまい人がやるからテストコースで逝っちゃって。あ、どんなに頑張ってもヒーローにはなれないよ? 爆薬とか積まないからさ……ぷぷっ。でも、でも、大丈夫だから、そのヒーローは多分、君の事を誇りに思う。彼には教えないけどさ。
こんな感じに違いないね。ああ、腹が立つ。
「……決して目立たないけれど必要な事。いぶし銀みたいで少し格好いいかな」
俺は別に、その男のためにやるんじゃないな。そうだ、由乃のためだ。由乃には色々とお世話になっている。なんだかもやもやするけれど、仕方がないさ。
「おーい、冬治君? 大丈夫?」
心配した椎子の両肩を掴んで俺は言った。
「俺、あいつの為に頑張るよ」
「え? あ、うん。頑張って」
「ありがとう、椎子」
ちょっとトイレに行って来るか。俺は席を立ってトイレへと向かうのであった。
「何あれ。すっごくドキドキしちゃったよ。かっこよく見えた」
「お姉ちゃん、うらやましいなぁ……」
後ろから間山姉妹の声が聞こえてきても気にもならなかった。
人と言うのは現金なもので、気持ち一つで変わるらしい。
二時間目の休み時間が終わってからトラブルに遭う事が多くなったが、頑張ろうと言う気持ちの為か、全て周りの称賛を終えるような感じで締めくくる事が出来たのだった。
階段から女子生徒が落ちそうになった時や、プリントをバラまいた女子生徒を助け、間違って警報装置を押したお馬鹿な女子生徒をかくまったりもした。
昼休みに入る頃には俺の気分は最高潮に達していた。
「あー、なんだかすげぇ充実した一日だわー」
「……何だろう、朝来た時は死んだ目をしていたのに」
「本当だねー」
間山姉妹と昼食を取り終えて俺はゆっくりとした昼休みを過ごせたのであった。
そして、放課後。
「ちょっと遅いんじゃないの?」
「時間どおりだぜ?」
何やら機嫌の悪い由乃が待ち合わせ場所に居た。
「……何だか機嫌悪くないか?」
「別に悪くないわよ。ほら、さっさと行くっ」
「あ、ああ……」
腕を引っ張られた。周りの女子生徒は当然ながら俺達の事を見ている。
「……ふんっ」
そういってそのまま俺の腕を抱くようにした。あまり目立たないほうがいいはずなんだが……いいのだろうか?
どこに連れて行ってくれるのだろう。俺は完全に受けでいいんだよなと思っていたら近くの公園へ連れていかれた。
「一発目が公園って……」
「今日はもうその気がなくなった」
拗ねたようにそう言ってブランコに座る。
俺が何かを言う前に由乃が口を開いた。
「あんた、今日大活躍らしいじゃない?」
そういえば二年生の女の子も助けたっけか。
「すごく女子生徒を助けて回ったんだって?」
「別に、助け回ったわけじゃない」
「そうなの。まぁ、どっちにせよいい気分なんでしょうね。可愛い女の子ばっかりに褒められるとさ」
そりゃ嬉しいさ、その言葉は呑み込んでおいた。何だか様子がおかしい。
俺が黙っている事に対して違和感を覚えたのかこっちを見てきた。その顔に笑いかけてやる。
「ははーん、なるほど。わかったぞ」
「何よ」
「お前さん、嫉妬してるんだろ?」
「なっ……」
図星をつかれたらしい由乃の顔は真っ赤に染まった。
「ち、違うわよっ。嫉妬なんてするわけないじゃないっ。なんであたしがっ」
「いいっていいって。別に嫉妬なんて誰だってするもんだろ?」
「そ、そうかしら」
「そうだよ。誰だってする。俺に対して嫉妬してたんだな」
「え?」
俺は由乃に近づいてその頭を撫でてやった。
「由乃はとても凄い人間……いや、吸血鬼だ。それは一緒に住んでいる俺が一番知ってる。いつも凄い事やってるからもう周りがマヒしちゃったんだな。そんで、駄目な俺が目立って嫉妬しちまったんだな」
「……」
何やら思うところがあったらしい由乃は考え始めているようだ。
「……実を言うとな、由乃。俺も嫉妬してんだ。今日の放課後、こうやってお前と一緒にデート練習するの何だか嫌だった」
「え……?」
それまで目をつぶって何かをこらえていたらしい由乃はかなりショックを受けた表情をする。
「……デート本番は俺じゃないしな。何でみた事もない男の為に実験台みたいなことをせにゃならんのだと思ったよ」
「と、冬治……あの、この際だから言うけど……」
「何か言うのなら俺の話が終わってにしてほしい。朝、さ……由乃と別れた後、下駄箱蹴ろうと思っていたよ。罰が当たって小指をぶつけちまった」
夕焼けが近づいてきた空を眺める。その間も由乃の頭を撫でていた。
「……由乃にはこっちに来てからずっと、世話になりっぱなしだ。それに、此処に来る前だって少しの間お世話になってた。由乃は俺の事を単なる血の供給源としか思ってないかもしれない。俺はこの際、それで恩返しが出来るのならそれでいいよ。知り合いの手術の金額、由乃が支払ってくれている恩義も感じてる」
「……冬治」
「最初はろくでもねぇ奴だなと思ったし、俺に女学園へ潜入して人外を見つけろなんて無茶を言いだした時はやっぱりこいつは頭がおかしいんだと感じた。でも、現実じゃうまくいってる。あの時、警備員室に由乃が来て、一緒に生活出来て本当に良かった。あ、なんだか別れ際のセリフみたいだけど出て行くわけじゃないから勘違いしないでくれよ。それから……」
「いい加減、話が長いわよっ」
とうとう由乃の我慢が限界に達したようだ。
「あんたね、要点をまずいいなさいよっ。何が言いたいのかさっぱりわからないっ」
「だろうな」
俺もよくわかっちゃいない。話しているうちに由乃に対して色々と言いたくなったのだ。普段の空気では言えない、感謝の気持ちだ。
「あーもうっ……」
由乃は俺の腕を掴むと自分の胸に持って行った。
大きなそれに自分の手がひっつくなんて想像付いていなかったから口を開けてしまう。
「どう?」
「どう、とは?」
これはどういう事だ?
「ごめん、俺実は……無い方が好きなんだ」
「ふんっ」
「ぐはっ」
乱暴に投げ飛ばされ、遊具の一つに激突する。
「言ってくれるわね……しかも、そう言う事を期待していたわけじゃないわよっ」
照れ隠しでやっただけだ。後悔はしてない。そんな風に触っていいもんじゃないだろうから。
「へへ、やるじゃねぇか……まさか投げられるとは思いもしなかった。由乃、お前いきなり何してんだ。服装だって露出してるのに男の腕を胸にもっていくなんて……襲われたらどうするんだよ。」
「あんたがわたしに勝てるわけないでしょ」
「やってみなきゃ、わからんよ」
何だか知らないが、吸血鬼とリアルファイトになるとは。だが、この前の腕相撲のリベンジが出来る。
ファイティングポーズをすると由乃も本気を出したようだ。眼が真っ赤に染まった。
始まりの合図なんて当然ない。お互い、睨みあってどこからか鐘の音が聞こえてきた。それを合図に、由乃が地面をけって迫ってくる。よけようとして、早速押し倒された。
「ぐおっ……後頭部打ったぞっ」
「知らないわよ……私の勝ちでいいわよね」
吸血鬼と人間の力の差だ。両肩を押しつけられ、もはや動けるはずもない。
「煮るなり、焼くなり血を吸うなり好きにしろよ」
目をつぶり、自分に何が下されるのか待つ。気分は健康診断を終えた後だ。
由乃は再び俺の腕をとると自身の胸に持って行った。
由乃の心臓の鼓動を感じとることが出来た。それはすごく、脈打っている。
「馬鹿なあんたが好き」
「え?」
「吸血鬼を、ううん。私をすんなり受け入れてくれるあんたがすき」
「……」
「風邪を引いたら看てくれるのも好き。悩む私を気にかけて、一緒に居てくれるあんたが好き。それから……」
まだ続くのだろうか、この褒め殺しは。
「お、おい……どういう事だ」
「まだわかんないの? ま、そうよね。あんたがそうだから私は待ったりしない。私は、夢川冬治の事が好きよ。今度の日曜日、デートに誘おうと思ったのはあんただもん。他の誰かのために冬治で練習するわけないじゃない。ちょっとかんがえればわかる事じゃないの?」
言われてみればそう、かな。
「由乃が、俺の事を……好き?」
「うん……冬治にも色々あるかもしれない。好きな人がいるかもしれない。でも、私はあんたが傍に居ていいよって言ってくれるのなら他の誰にも絶対に渡さない。絶対に虜にして見せる」
そして複雑そうな笑みを浮かべるのだった。
「少しだけ考えさせてもらっても、いいか?」
「今すぐ、ここで教えて」
「そうか」
由乃が俺の事を……由乃、か。
吸血鬼で、つんけんしてて、俺に横暴で……違うな。今はそう言う事を考える時間じゃない。優しいとか彼女のいいところを挙げる時間でもない。俺が由乃の事を好きかどうか……それに……とっくに俺は……。
「ちょっと、まだなの?」
「ちっとは待ってろよっ」
「早くしなさいよ」
「わーってるよ。今何だか凄くいい感じだったのにっ」
えーと、どこまで考えていたっけ。
他は……他の女の子は……いや、今ここじゃどの道関係ないな。
今やるべきことは由乃に対して答えを返すだけ。俺が由乃をそういう相手として見られるかって事だ。
「由乃」
「何?」
「俺もお前の事が好……へべっ」
鋭い一撃が何故だか右頬に直撃した。
「……好きだと言ったのに何故殴る。壮大な俺の勘違いストーリーの終焉か」
「ご、ごめん。てっきり嫌いだって言われるかと思ったから。あ、あんた、今私の事が大好きだって言ったわよね?」
由乃は潤んだ瞳で俺を見下ろしてきていた。両肩を痛いほど掴んで、目を逸らそうとはしない。
大好きとはいってないけど……いや、いいけどさ。
「ああ。大好きだよ」
「聞きとれなかったからもう一度言って」
充分聞きとれてるじゃねぇかよと思う。
「俺は由乃の事が好きだ」
「そ、そうなの、仕方がないわね……綿sもあんたの事好きだから付き合ってあげるわ」
何でこんなに上から目線なんだろう。そっちから告白してきただろう。
「おい、そろそろどいてくれよ」
「何よ、まだいいじゃない」
「いい加減、痛いんだよ」
いくら軽いとはいえ、こうも長い間地面に押し付けられたら痛くもなってくる。両肩とか絶対に痣になってるね。
てっきり怒ってどいてくれるかと思いきや、にやっと笑うとそのまま俺の方へ身体をくっつけてくる。
「そりゃあ、こんなに大きいの二つもつけてますから」
「お、おい、ここでそういうのは止めろよっ」
「へぇ、小さいのが好きだったんじゃないの?」
「あれは方便だっ。いきなり胸に手をもって行くから慌ててたんだよっ」
「そうなの? じゃ、これからゆっくりできるわよ?」
小悪魔チックな顔をする由乃も悪くないな、そう思った時、急に背筋が寒くなった。
「あら、何を好きにしていいのかしら?」
そして、上から投げかけられたセリフは漂い始めた甘い雰囲気を一発で吹き飛ばしたのであった。
山吹色の着物が見えた。
「冬治君、由乃ちゃん……家に帰るわよ?」
「……はい」
「はいっ」
「お家に帰ったら二人にとーっても嬉しい事が待ってるからね」
「は、ははは……」
それはもう、恐ろしい吸血鬼の降臨だ。俺の頭をがっちりとつかみ、引きずっていくのだ。由乃なんて足を引きずられてそのまま家まで連れて行かれた。
「いいですか、二人とも……人の往来があるあんな公園でっ」
朱音さんのここまで怒った顔はみた事がないわ。今やアイコンタクトで通じる仲となった由乃からそう教えてもらうのであった。
「ちゃんと聞いてますかっ」
「は、はいっ」
「はいっ」
こ、これは非常に怖いぞ。ちびっちゃいそうだ。




