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第三十話:歳月、彼を待たず

第三十話

 中間テストが始まって俺と由乃は勉強に追われていた。頭がいいと言う触れ込みだったが由乃の奴、一生懸命本を読んだりノートに書いたりしていたからな。意外とお馬鹿なのかもしれん。時間があったら勉強を見てあげようかな。

 ご飯を食べ終え、リビングで勉強をしていると部屋から由乃が出てきた。

「あれ? 何で勉強してるの?」

「なんでって……明後日から中間テストがあるじゃねぇか」

「でもそこまで必死になってやる事じゃないでしょ」

 え? 由乃の奴勉強に追われてねぇのかよ。じゃあ、一体何を一生懸命読んでるんだ?

「なぁ、由乃」

「何?」

「お前さんは……一生懸命本を読んでいたんだろ? あれ、勉強だろ?」

「勉強と言えば勉強だけれど、別にテスト勉強じゃないわ。授業でちゃんと復習しているじゃない。というか、教科書もらったでしょ?」

 この人、何言ってるの?

 俺の表情を見て自分の説明が悪かったと思ったのか、俺の対面に座った。

「えっとね、教科書をまずもらうでしょう?」

「ああ、もらうな」

 俺の教科書を由乃は手にとった。

「教科書を開く」

「はい、開いた」

 そしてぱらぱらとめくっていき、教科書を閉じた。

「終わった。これで覚えるでしょ?」

「……?」

「え?」

 何かおかしい事を言ったのかという少し困った顔をする。うん、これはこれで珍しい表情だ。出会った頃より多くを見せてくれる由乃が何だか嬉しい。

 しかし、それとこれとは別である。俺は助けを求めることにした。

「……朱音さーんっ。朱音さーん」

 今の俺、いじめっ子かもしくは金持ちに散々自慢されて泣きつく子どもだ。

「どうしたの冬治君? 泣きそうな声出して……由乃に泣かされたの?」

 そして朱音さんは俺の普段とは違う声にびっくりして自分の部屋から出てきてくれたのだった。

「吸血鬼ってみんな由乃みたいな天才なんですくあっ」

 あまりの噛みつきぶりに朱音さんが驚いている。今の俺に恐れる者なんて何もない。

「え、えーと? 話がちょっと見えないわ。由乃、冬治君をいじめたの?」

「ママっ。あたしは別に冬治をいじめていたわけじゃないから。冬治がよくわかってないから説明してあげただけで……」

 俺は由乃が教科書を一度見ただけで覚えたと言う事を話した。朱音さんは困ったように頷いている。

「吸血鬼全部が全部そうとは限らないわ。由乃がそうなのよ」

「……マジで」

 こっくりと首を縦に動かされた。

 これで満足したかと由乃に見られたが俺の悲しみは癒されない。

「ユウカーっ、ユウカーっ」

「え、今度はわたし? 本当にどうしたの冬治君っ」

 朱音さんと一緒にテレビを見ていたであろうユウカを呼び出して説明をする。大きく口を開けて由乃を見ていた。

「え、由乃ちゃんってそうなの?」

「な、何? おかしなこと?」

 不安げな由乃も実に珍しいが、今はそれどころではない。

「おかしいと言うよりは……凄い事かも」

 ユウカはがっくりと膝をついた。俺? 俺は既についているさ。

「……由乃に勉強教えてやるかって思ってマジ、すみません」

 朱音さん以外が知らされたことに対してかなりのショックを受けて部屋に引っ込んだ。

 俺もリビングから分け与えられた自室へと引っ込んでいる。

「あー……」

 ショックだ。どれだけショックだったかというと……凡人は努力しても限界があるってことだな。うん、天才にも限界はあるかもしれないが凡人の比じゃないだろう。

 やる気を完全にそがれた俺は机に突っ伏してため息をついた。ちょっと休憩するか。

 そんなとき、ノックする音が俺の耳へと届く。

「冬治?」

 そして、由乃の声が聞こえてきた。

「いる?」

「いるよ」

「入っていい? 勉強してるわよね?」

「入っていいぜ。ちょうど休憩しようと思ってたから」

 そういって才女様が俺の部屋に入って来られた。気のせいか、後光までさしている気がする。

「あ、あのさ、教えてほしいところがあるんだけれど」

 申し訳なさそうな由乃の顔を見て俺はちっぽけなプライドが滅茶苦茶にされて風邪にさらわれている感覚に襲われた。

「その慰め方マジ止めて。一番情けない」

「そうじゃなくて、本当の事だってば。本を読んだだけじゃわからないから」

 一体何の事だと思って首を動かす。というか、こいつにわからないことが俺にわかるわけないんじゃないのか。

「……デート本?」

 ここらの地域を中心に組まれたローカルな代物だ。そういえば、クラスメートたちもよく読んで俺に意見を求めていたっけなぁ。そんな俺を和也先生が羨ましそうに見てたのを思い出す。

 それから、いくつか選んでデートプランを立て、自分とあう人は誰だー……みたいなゲームしてたら富木さんと全く同じデートプラン立てて彼女、卒倒したんだっけ。ああ、酷いことしたなぁ。

「聞いてる?」

「聞いてるよ。それで、何のためにそんなの買ったんだ?」

「えーっと……今度の日曜日、その、あの……好きになったわけじゃないけれど、気になる男の子がいるから誘おうかなって」

 今度の日曜だと? 余裕だな……試験は金曜からまたがって火曜まであるんだぜ? ああ、そうか。由乃は勉強しなくてもいいのか。

 しかし、由乃が気になる男の子だと? 一体、どこの組の奴だ? いやいや待て、俺以外、女学園は女の子しかいない。つまり……NKKの誰かってことか。

 由乃が男とデートする。それだけで気分が滅茶苦茶重くなった。パワースポットの駅前でも行こうかな。ああ、俺はあそこに行く事を許可されてなかったな。

 俺が暗くなったのを見て由乃は変に明るい声を出し始める。

「ほ、ほら、この前も冬治と一緒にデートしたじゃない? あまり男の友達って知り合いいないの」

「そうか……それで俺はどうすれば?」

「一緒に色々と周って……感想を教えてくれればいいかな。多分、参考になるから」

「ああ、そうかい……うーん」

「駄目? 忙しい?」

 不安そうな顔でこっちを見てくる。

「わかった、いいぜ。ここに住まわせてもらっているしな……しかし、そいつが由乃とデートするんならそっちが計画立てるんじゃないのか? こういうのは男が頑張る方じゃないのかよ」

「あ、えーっと……ゲリラでっ、ゲリラであたしの方から提案するの」

「なるほど」

 何だか慌てているのは気のせいだろうか。

「ま、いいや。それで、試しのデートとやらはいつ行くんだ?」

「明日の放課後」

「え? マジかよ……」

 今週末テストだぜ? 何故俺が、そこまでして見ず知らずの男の協力をせにゃならんのだ。テスト勉強を以前からしてないほうが悪いんだぞと言われたらそれまでだけどさ。

「駄目、かな……」

 なんて破壊力だっ。

 上目遣いで由乃がこっちを見てきただけでやばい。普段とのギャップが凄いだけにかなり心動かされる。しかし、俺には成績というものがかかっているのだ。ここは心を鬼にして断らなければならないのだ。

「……しょ、しょうがねぇな。いいよ、明日で」

「ほんと? やったっ!」

 ぴょんととび跳ねた。

 こんなに嬉しそうな由乃は見た事がないな。本当、出会ったころに比べてころころと表情を変えるようになったもんだ。以前は少し硬いところがあったし、怖い表情ばかり俺に見せていた。駆け引きや騙したり、時には力で俺を屈服させて雑用させていたしな。

「じゃ、明日ね。絶対に忘れないでよ? 忘れたら血を全部飲みほしてやるんだから」

「……ああ」

「おやすみ」

「おやすみ……」

 鼻歌なんて歌いやがって。ちくしょー……。

「あー、やめだやめだっ」

 勉強なんてやってられるかっ。やる気を回復させるために休憩したはずなんだがなぁ……余計、やる気をなくしてしまった。それどころか誰かわからない男に求刑したくなってきた。

「好きな人、かぁ……」

 俺も好きな人に手紙は出したんだけどな。すぐに連絡してくれって言ったのに返って来なかった。

「……はぁ」

 手紙を出してから結構経った。最初で最後、それ以上は向こうに間違いなく負担がかかるからもう、忘れたほうがいいんだろうよ。

「……色恋に現をぬかしている場合じゃねぇ。中間テストの心配をしないと」

 教科書を枕の下に置いて、俺は眠ることにしたのだった。

 余談だが、俺が見た夢は女の子とデートすると言う実にすばらしい夢だった。あははー、やったねー……朝目を覚ました時、凄く辛い気持ちになったけどな。

 その夢の相手がだれだったかは忘れてしまった。

 おそらくそれは吸血鬼、由乃とは違う吸血鬼だったんだろう。

「ん? 何で由乃が関係してんだ」

 そして俺は、それ以降デートを見る夢なんて見なくなった。


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