第二十六話:神は死んだ
第二十六話
「冬治君、今ちょうどこの町が出てるよ」
「あれ、本当だ。へぇ、駅前って以前神社があったのか」
いつだったか由乃が駅前の神社跡地を調査していたって聞いたかなぁ。
「あそこに神社があったなんて想像つかないよねー」
「そうだなー……お、由乃も見てみろよ」
由乃の風邪が治った週の日曜日、リビングでテレビを見ていたら由乃がいつもの破廉恥な着物で降りてきた。今日は水色か……初めて見る色だけれど悪くないな。
「何?」
「なぁ、またそんなの着てると風邪ひくぜ?」
「いいのよ。これから出かけるんだから」
「そうか、気をつけろよ」
「あんたも来るのよ」
「え?」
テレビを消され、首を掴まれる。テレビはすぐさまユウカにつけられて駅前を映していた。一匹、変な奴と黒子の面が映ったような気がした。
「あ、おい。首は掴むなよっ。ちょっと力を入れたら大変な事になるだろうが。入院とか嫌だぞ」
「あんたが抵抗しなければ大丈夫よ。ユウカ、お留守番お願い」
「はーい」
「助けてユウカっ」
「お助けユウカちゃん出動っ。すぐさまひっくり返して冬治君を助けるよ……ひっ、二人ともいってらっしゃい」
珍しい事もあるもんだ。普段はユウカにビビりまくり……でもないな。本当に最近はユウカがおどかしても全然動じなくなった。とうとう克服したのだろうか。
ものすごい眼力でユウカを消滅させると今度はこっちをじろりと見た。ユウカには聞くようだが、そんな顔では俺に通用しないぞ。
「ユウカの事、怖くないのか?」
「あたりまえでしょう? そりゃあ、ユウカが部屋にこもって出てこなくなったら意思疎通できなくて恐いんだろうけど、リビングでゴロゴロしているだけじゃないの。家族を怖がって、どうするの」
なるほどね。
由乃がそう言うとは思わなかったので何だか嬉しくなってしまった。
「ほら、あとは自分で歩きなさい」
「ああ、はいはい。それで、どこに行くんだ? 研究室か?」
「馬鹿ね、デートよ、デート」
「ほぉー、デートか……え? デート? お前いつの間に男なんて出来たんだ。俺は聞いてないぞっ」
妹が出来たらこんな感じか? 精一杯お兄ちゃんっぽくしてみた。
「あのね、あんたとデートするの」
「一体どういう風の吹き回しだ?」
「……この前、風邪をひいたでしょ。あの時の、お礼よ。部屋から出て行けって言っちゃったし。お礼と、お詫びを兼ねてるのっ。だから、仕方なくデートしてあげるの」
お礼とお詫びで仕方なくデートって日本語間違ってないか?
たかがデートだ。しかも、一緒に買い物とかよくしている。だから、デートとは言わない……と、思うし、そもそも風邪をひいて見るのは当然だろう。
「何だ、そんな事を気にしてたのか。俺は気にしてないから無理してデートする必要はないぜ?」
全く、意外と義理堅い所もあるんだからなぁ……。
「ほら、無駄に金を使う必要ないから今日は家でごろごろしてよう……ぜ?」
あれ、おかしいな? 由乃の身体が全く動かないぞ?
「はぁ……ったく、これから三十分後、駅前で待ってるわ」
そういって行ってしまった。
「何なんだ?」
最近の由乃は柔らかい表情を見せてくれるようにはなった。しかし、同時に何を考えているのかわからなくなる時がある。俺をちらちらと見ては難しくうなったり、嬉しそうな顔をしたかと思うと、暗い顔になったり忙しい。
もしかしたら、そうなのだろうか? 俺に報告したほうがいいのか、それともしなくてもいいやと思っているのか……それで悩んでいるのか。
「男が出来たら女の子は変わってしまうって言うが……それはそれで悲しいものがあるな」
駅前に三十分後集合だなんて変な話だ。しかし、遅れるわけにもいかないだろう。
歩いて十分程度で駅前に着いた。このまま待っておこう。
「ん?」
頭の中に変な音が聞こえた気がした。鈴の音と、木材がこすれる音か? 社寺の本殿が頭の中で開いた気がした。
「そうか、そういやここはさっきまで中継があってたな」
脳みそが勝手に考えたんだろう。俺はそう思って目を閉じ深呼吸を何と無くしたのだった。
「ここに神社があったのか。そう言われると何だかパワーをもらえそうだ」
跡地に何を期待しているのだろうと俺は笑ってしまった。
そして、それから四十分後……俺はまだ一人で駅前に居たりする。連絡をしようにも携帯電話を家に置いてきた状態で出てきている。間抜けだ。
「遅い」
由乃は我儘そうに見えて時間を守るいい子だ。あの年齢でNKKって組織に属しているからでもあるだろうが、元から真面目な子なのだろう。
だから、何か用事があって遅れているかNKKから緊急の連絡が入ったのではないか?
俺はそう思ってそのまま待つことにした。
「あれから三時間、俺すげー」
五月中旬ともなれば暑い。しかし、不思議と上着を脱ぎたいとも風が欲しいとも思わなかった。
「全く来ないし……もしかして事件か? 誘拐されたのか?」
吸血鬼を誘拐出来るとかどんな人間だ。
吸血鬼を滅ぼす弾丸は存在する。撃ちこまれれば、というか、弾丸が掠るだけで身体が灰に成り、消滅するのだ。
これには当然ながら欠点があって至近距離……そうだな、五メートルぐらいから撃たないと吸血鬼には当たらない。
ガトリングやアサルトライフルみたいに連射可能ならいいが……一発、十万円ぐらいする。何故か弾詰まりが起こりやすい為、ガトリングやアサルトライフルの場合は特注品を買うしかない。しかも、足元を見てくるお値段の高さで、一括で払わなくてはならない。
まぁ、こんな感じで結構お財布にきついのだ。誘拐して身代金をせしめるなら億単位要求しなくちゃ採算は取れないだろう。
夕方、ようやく暑さもなくなってきた。何処かに行った人たちが疲労と喜びの表情で俺の前を通過していく。
しかし、俺に気づいていないのかぶつかりそうなぎりぎりの距離を歩いて行った。
「あれからずっと立ってるのに全然疲れねぇし、腹も減らないなぁ……しかし、由乃の奴遅いなぁ」
そしておそらく夜、何だか悟りを開いた気がする今の俺なら何時間でも待てるに違いない。
目を閉じ、五感を捨てる。俺を見ている誰かを、そしてその誰かを見ている何かを、そのまま芋づる式に意識を拡大していく。
人は俺を見ることはできない。炉辺の石の意思のようなものだ。他人の考えを読むことは人間には不可能、ましてやそこらに転がっている石の気持ちなんて誰もわかるわけがない。俺は吹けば飛び、蹴られても飛ぶような存在。誰も俺の事を見ることはできず、俺自身も誰かを感知することはできない。
このまま意識を拡大して行きつく先は一体、何だ? 神様か?
「神様がいると言うのなら、または完璧だと言うのなら。神が作った人と言う生命体は完ぺきなはず。しかし、どうだ? 完ぺきではない。つまり、神はいなかった。もしくは、人は神以外の何かに作られたと言う事になる……そもそも、神が現物を欲しがるわけもない。大人が子供銀行の金を欲しがるか? 答えはノーだ」
「冬治っ! こんなところに居たのねっ」
黒いいつもの服だ。相変わらず、露出の高い服である。しかし、今は何とも思わなかった。
「ああ、何だ、由乃か。お前のおかげで俺は世界がクリアに見える。信じてないって顔だな。うん、よし。ここに天国と地獄があるとしよう? ついでに天使や悪魔もいるとしていい。鬼もだ。人はなぜ、生まれるか……決まっている。子を成すために生まれるのだ。何かしらの方法で自分の意思を、想いを次世代に続ける事が出来なければ人は地獄に落ちる。たとえ結婚せずとも、世界に微細な影響を与えればそいつは天国へ行くだろう。だがな……」
「冬治っ、戻ってきてっ」
「不意打ちとは大人げないな」
やろうと思えば鉄をも砕く吸血鬼の一撃。しかし、当たらなければ意味など存在しない。空を切り、世界をほんの少しだけ動かすだけだ。
そう、拳を避けるのなんてほんの少しだけ身体を動かせばいいのだ。何も大げさに体を動かす必要なんてない。
「えっ、嘘っ。人間が反応できるはず無いのにっ。考えるな感じろってやつ?」
「考えるな感じろ、ではない。考える必要はなく、感じる必要性もない。ただ、ある、ないの二つだ。ある、なら避ける。ない、なら避けない。唯それだけなのだ」
実にシンプルでわかりやすい二択。神がいる、いないと長年争っても人間に結果はわからない。理解が出来ないだけだ。それだけは言える。
「嘘……これが駅前の神社跡地の影響? 普通、人間が浮く?」
再度由乃は俺へ攻撃意思をもって接してくる。
それを全てよけきって俺は由乃に言った。
「今の私は何者も、何事も動じないし拒まない」
「いい加減冬治を返しなさ……じゃあさ、冬治。ちょっとこっちきて」
「わかった」
「避けないでよ?」
「いいだろう」
「じゃ、いくわよ」
吸血鬼由乃はこのぐらいで大丈夫よねと呟いた。ふむ、俺の身体の心配だろう。速度、威力共に申し分はないが人間の頭を粉砕するには至らない。威力が強かったとしても記憶の一部が……。
ガッ、ピーーーー。
「はっ、夢か?」
上半身を起こす。そこには暗がりが広がっていた。もう夜のようだ。
「一体俺は? っつー……頭が痛い……」
これが二日酔いってやつか? でも、酒なんて飲んでないぞ
「アホ冬治っ。二日間も何してたのっ」
上から声が降ってきた。どうやら、膝枕をしてもらっているらしい。
堪能する前に俺は由乃へ弁明することにした。
「何って、お前が来なかったからただ待っていただけだろ。お前こそ適当な嘘をつくんじゃない」
「じゃあ、これを見なさいっ」
ものすごい剣幕だ。携帯電話を押しつけられて曜日を確認しながら、何故だか正座してしまった。
「……マジかよ」
「そうよっ。後一日見つからなかったら警察に連絡……は、出来ないからNKKに連絡する所だった。やっぱり、ちゃんと調査しておけばよかった」
「え? 何?」
「何でもないわよっ。大体、冬治はねっ……」
それから散々叱られてようやく正座から解放されるのであった。
「神隠しにでも遭ったのかと思った。駅前の調査を兼ねるつもりだったのに、あんたはいないし……焦った」
心底安堵したような表情を見せ、涙を浮かべていた。何だか俺が悪い気がするので、肩を叩いて慰める。
「お、おいおい、神隠しって……スケールでかすぎだろ。吸血鬼はいるけど、ありえねぇよ」
「でも、約束の時間に冬治はいなかった」
「おかしいな、十分前にはついたんだ。それから、ずっと待っていたよ」
「時間どおりに私は来たもの」
「いや、それでもだな……」
全く、由乃の奴もおかしなことを言いだすもんだ。
ここは逸らしたほうがよさそうである。また泣きだしそうだし。
「話は変わるけど、デートはどうなったんだ?」
「今度の日曜日、行くわ」
「そうか。じゃあまた駅前集合か」
「駄目っ」
結構強い口調で拒否された。其処まで強く言う必要はないだろうと言おうとしたら由乃が泣いていた。
「一緒に、家から出るの」
「あ、ああ、わかったよ。ほら、ハンカチ。」
俺からハンカチをふんだくると目を何度も拭いた。
「ほら、帰るわよ」
「りょーかい」
帰る前に一度、俺は駅前を眺める。
目をつぶれば俺はまた世界になれる気がした。
悟った人達が俺を手招いている。神様という存在か。うん、吸血鬼もいるんだ。神様だっていたっておかしくない。もしかしたらこれを調査して報告したら由乃も喜ぶんじゃないんだろうか? うん、何だか理由はわからないが由乃が喜んだら俺も嬉しいな。
「行かないで」
「え?」
凄く気分が良くなっていたところを冷たい手が遮った。一体誰だと振り返ると、俺の手を掴んでいたのは由乃だった。
「帰るのっ。あんたの家はそっちじゃないわっ」
「わかったよ……って、そんなに力いっぱい握るなってば」
「別に力一杯掴んでない。そんなことしたらあんたの腕、折れるでしょ」
「嘘付けよっ……」
何だか不思議な体験をした一日だった。実際は二日らしいが……確かに俺は駅前に居たはずなんだけどなぁ。
由乃にあの駅前を調査してみたいと申し出たら一瞬にして顔色が変わった。
「駄目」
「え、でも……」
「それでも行くと言うのなら……あんたの足をへし折るわ」
眼がマジだったので俺は調査をやめた。
そして、俺は一人で駅前に近づく事を禁止されたのであった。




