第二十四話:二兎追うものは一兎も得ず
第二十四話
ユウカの夜は早い。十時には寝ている。そして、朝も早い。毎日同じ時間に起きて実に規則的な生活を送る幽霊なのだ。草木も眠る丑三つ時……ユウカも眠っているので由乃も安心して寝る事が出来る。
「おはようユウカ」
「おはよう」
おめめもぱっちり開いていて、伸びをする姿を見ると幽霊とは思えなかった。
「あー、朝日が気持ちいいなー。やっぱり、日光は浴びないと駄目だね」
重ねて言おう。幽霊とは思えない。
「透明人間かなぁ」
「え? わたしは幽霊だけど?」
「知ってるよ」
未だに由乃はユウカのことを究極の透明人間として認識しようと頑張っている。
確かに、壁とか突き抜けて遠慮なく来るし、物も掴める、触ることだって出来る。俺らを拒絶すれば触れられなくすることも可能らしい。
「怖い?」
うらめしやーと俺の前へいきなり現れる。
「別に」
「久しぶりに冬治君を驚かそうかな。ねぇ、冬治君はどういうのが怖い?」
「そうだなぁ、ユウカがいなくなったら怖いかな。朝起きて、ユウカがいなかったら怖いと思うよ」
そういうとユウカは黙りこんでしまった。そして、少しだけ照れた顔をになった。うん、見ない表情だから新鮮で面白いな。
「あ、新手の口説き文句?」
「え?」
みんなー、朝ごはんよーという朱音さんの声が聞こえてきた。
口説き文句はさておき、幽霊と一緒に朝食を食べるのも慣れちまった。
「おはよー……」
「由乃、おはよう」
「おはよう由乃ちゃん」
寝ぼけ眼の由乃がそのまま洗面台へと向かっていく。いつもだったらここでユウカも由乃について行く。
醤油を取ろうかと思ったところでユウカがこっちを見ていた。
「何だ?」
「冬治君お醤油取ろうか? 欲しそうな顔してるけど」
「よくわかったな」
「まぁね」
顔を洗って戻ってきた由乃は狐につままれたような表情をしていた。
「どうした?」
「ユウカが鏡から出てこなかった」
毎日やっているのでどこから来るのかわかっているのか。しかし、耐性が全くつかない由乃はわかっているのに驚かされてしまうと言う悲惨な目に遭っている。
「ごめん、由乃ちゃん。今日は冬治君に醤油を取ったりして忙しかったから」
「別に、私はいいけどさ」
それでもどこか物足りなさそうなのはユウカの事を日常としてとらえ始めていたんだろうな。
羽津女学園へと向かい始めると今日もユウカが俺の右肩にひっついていた。重さは感じないが、いるのは感じる。
「今日もユウカを連れていくの? 巫女がいたんでしょ?」
隣を歩く由乃は俺の両肩に乗って組み体操の真似をしているユウカを見ていた。
「授業中はさすがにうろうろしていないだろうからな。またユウカに見回ってもらうつもりだ」
「了解。まーかせてっ」
ユウカは敬礼すると消えてしまった。
「あんた、何だか幽霊使役しているみたいね」
「まさか……お願いしてるだけだろ」
「見返りあげないと化けて出られるわよ」
それもそうだな。
今日の授業が終わったらユウカと一緒に遊びに行こうと俺は思うのであった。
念のため、富木さんの行動に注目していたが朝早くに来ていたと言う以外は特に変わったところは無いようだ。
「ん?」
そして放課後、携帯にメールが来ていた。
どうやらユウカからのようで題名は文字化けしていて中身はヘルプと書かれているだけだった。
「……マジか」
富木さん以外に巫女がいたのか? それとも、人外を見つけて襲われた? 何とかなるだろうと楽観視していた自分を責めそうになり、首を振る。
「今はそれどころじゃないな……屋上か、待ってろ、ユウカっ」
結果がどうであれ、危険な目に遭っているのは間違いない。後で自分を責めればいいだろう。
ユウカは屋上から助けを求めていた。
「助けてー」
「……」
「なすが、きゅうりが襲ってくるっ」
嘘ではなかった。なすやきゅうりに二膳分のお箸が付けられて蠢いている。
「あれは確か、精霊馬だったか?」
行きがキュウリで、帰りがなすだったかなぁ。キュウリが馬で、なすが牛だったきがする。
「そうだよ。そして、それだけじゃない……あれには牛頭馬頭を憑けてるから」
「え」
屋上の影から出てきたのは富木さんだった。俺とユウカの間に入り、動かない。ごずめず? なんじゃそりゃ。
「夢川君。あなたはあの霊にとりつかれてる。去年、河川敷で事故があり、一人の少女が溺死した。あの人は、その霊だよ」
「そ、そうだったんだ」
俺が言ったわけではない。ユウカがきゅうりとなすに襲われながら呟いていた。死んだら記憶も消えるのかね、ほら、富木さんもびっくりしてユウカを見てるよ。
「悪いが富木さん、俺はユウカを助ける。だから、どいてくれ」
一歩足を前に踏み出すと富木さんは一瞬ひるんだ顔をした。もう泣きそうだ。
「ど、どかないもん」
いつもは眼を見開いて逃げだすのに頑張っている。目を瞑って震えていた。うっ、可愛い……。
富木さんは可愛いけれども、今はユウカに集中しなくてはっ。
「本当に憑かれちゃいないんだ」
「駄目っ。来ないでっ」
どうしてもどいてくれないようだ。富木さんも本気を出したのか身体を発光させると言う非日常的な事をやりだした。だったら、俺もユウカを助けるために本気を出させてもらおうか……。
両手を夕焼けに掲げ、両足を広げる。
「な、何それ」
足元には円形の魔法陣みたいなのが出来上がっている。しかし、そんなものに負ける俺ではない。
「更にここからっ……こうするっ」
そして次に肘を曲げ、自分の脇前に手をもってきて爪を立てる形にする。
「……ぐえっへっへっ。富木さんのおっぱい、揉んじゃうぞーっ」
「ひいいいいっ」
わきわき動かしながら突進すると不退転の覚悟の富木さんを退ける事が出来た。
結界みたいな魔法陣? も普通に突破する事が出来た。
「助けに来たぞ」
なすときゅうりを掴み上げ、割り箸を取って食べてやった。そして俺は倒れているユウカを抱き起す。
「大丈夫か、ユウカ?」
「冬治君……良かったの?」
「ああ、気にするな。どうせただの野菜だろ? 食べても問題ないんじゃね」
きゅうりとなすびの踊り食いとか初めてだ。
「そっちじゃなくて、富木さんの方。あれはさすがに気持ち悪かったよ。ああ、冬治君は本当に富木さんの胸を揉むつもりなんだなーって……ちょっと引いた」
真顔で言うのやめて、傷つくから。
「……いいんだ。八方美人は薄命って言葉があるだろ? 誰にでもいい顔をしていたら俺の身が亡びる」
「でも本当のところ……富木さんは脈無しだから嫌われても別にいいかなと少し思っているでしょ」
「ほんのちょっと、ちょびっとだけな」
二兎追うものは一兎も得ず……自分に近い方から手を出して捕まえるのが鉄則だろうよ。まずはユウカを捕まえてからお楽しみの時間である。
「っと、冗談はこのくらいにしておかないとな。さ、帰るぞ」
「うん」
富木さんは俺に恐れを成したようで完全に姿は見えなかった。
少しだけ、悪いことしちゃったかな……もしかしたら停学喰らうかもしれない。男性恐怖症の富木さんをこれ以上恐がらせたら完全に嫌われちまうかな。
「……っと?」
その時、背中に軽い衝撃を覚えた。
「元気出したよ」
俺の背中に抱きつくようにして乗っているユウカが身近に感じられた。
「ユウカ、何だか距離が近くないか?」
「え? 触りたい?」
「誰もそんな事は言ってないっ」
今日はユウカを助けられた事だけでも良しとしよう。




